Bon appétit !
この島でのフィールドワークも一年近くが経過した
すっかり僕はこの無人島で暮らす為の手段を確立し終えて居たし、専門にしている生態系の調査も順調だった
これら二つの事柄には僕の師でもある前任者の残したノートが密接に関係していて、ノートによって得た知識で僕は食料を獲得し、危険な動植物を回避し、動物学の研究もスムーズに行う事が出来て居た
出発の前には僕の幼さを理由に師も両親も僕を心配したものだったが、あと数週間して帰郷すれば、さすがに大人達も僕を認めざるを得ないだろう
島での生活の中で『友達』も出来た
これも、皆が僕を認めざるを得ない理由の一つになり得ると思って居る
岩場に潜伏する為に全身が真っ白な色をした鳥類の一種で、一般には獰猛な肉食種のため人には懐かないとされて居る
『彼』の飼育に成功したのはまったくの偶然で、嵐の翌朝、壊れてしまった彼らの巣の中から、卵を割って誕生している彼を僕が保護したのが切っ掛けで、『彼』は僕に懐き始めた
『刷り込み』による物だと思う
要するに『彼』は、僕を親だと認識して居るのだ
彼らの生態については、師のノートの中にも記述が有った
「飼育に成功した事は一度も無い」という文言が記録のかなり早い部分に大事そうに記載されていて、師すらも辿り着けなかった偉業の達成への期待から、ページをめくる指にも熱がこもったのを覚えて居る
『彼』が育つ事に、僕は師の残した記録を読み進めて居る
記録が詳細かつ正確である為、育成に苦労する事はまったく無かった
ばかりか、彼から学ぶ事柄すら僕には存在して居た
百舌の早贄を知っているだろうか
捕まえた動物を、彼らは生きたまま枝などに串刺しにして保管する
そうする事によって鮮度の高い保存食を多く得る事が出来るのだ
生活の安定からか、彼らは鳥類にしては高度な知性を有していて、僕もコミュニケーションの中から彼らの食料保存法を幾つか知る事が出来た
この情報も膨大な量の記録をつけており、帰国後に発表するつもりだ
………という日記を付けている内に、拠点となるこの小屋に『彼』が帰ってきた
僕は記録する手を止めると、表に出て彼を迎えた
近頃は翼を広げると数m程にもなる大きさに成長していて、ついに飛ぶ事も出来るようになった
僕は彼に親代わりとして色々な事を教えていたが、飛ぶ事だけは教えられなかったのが心残りだった為、始めて彼が飛ぶのを視た時は喜びのあまり、着地した彼と抱き合って喜んだものだった
思えば、彼は既に「大人」と呼んで差し支えない
師の記録もそろそろ続きを読まなくてはならない時期だった
『彼』がくちばしで僕の腕を掴み、引っぱる
誘っているのだ
僕は彼を包むように抱きしめると、頭に口付けた
彼の躰が強く抱きしめ返してくる
抱擁を終えると、彼は何かしらの意図を持った挨拶の仕草で僕を視て、優しく鳴いた
そして、さっき腕を掴んだように僕の首をくちばしで挟むと───不意に、挟んだまま僕の躰を小屋の扉に叩き付けた
痛い
痛い
打ち付けた背中がおかしくて、呼吸が出来ない
叩き付けられた扉が破れて、僕は小屋の中に投げ飛ばされた
テーブルが倒れる
湯気を立てていたコーヒーと日記帳と食器が、壊れて混ざり、一つになった
衝撃で、床に師の記録書が落ちた
開いた本はしおりの入った、これから読もうとしていたページで開いて止まる
『この鳥は独り立ちする際に』
『親鳥を捕食する』
一瞬だけこれから起ころうとしている事の手掛かりが視えた気がしたが、もう事態は僕の腕力で何か出来る状態には無かった
ひゅうひゅうという、空気漏れの様な呼吸が聞こえる
ああ
これは僕の呼吸の音か
鈎爪が僕の両肩に突き刺さり、躰が持ち上がっていくのが解った
小屋の近くには樹が映えている
高い樹だ
大きめの獲物を獲ったとき、彼はいつもこの樹に真上から獲物を落下させて串刺しにする
僕は振り返って彼の眼を視た
彼はいつもと変わらない感謝の眼差しで、僕に向けて頷いた




