第二話 「珈琲がつむぐ輪」
朝のオフィスはいつもとは少し違う空気に包まれていた。
開発課のメンバー7人が、それぞれの席に着き、朝の挨拶を交わしながらパソコンを立ち上げる。
そこには、緊張と期待が混じり合った不思議な空気があった。
若手の佐藤は、新入社員として配属されてから1年ほどがたち、簡単なものとはいえ初めてのプロジェクトを任され、胸の内は不安でいっぱいだった。
「おはようございます!」
元気よく挨拶をするが、その声にはどこかぎこちなさが残る。
隣の席では、中村が朝のメールチェックをしながら微笑む。
「佐藤君、昨日の資料の修正は進んでる?」
中村は入社5年目、落ち着いた物腰で若手の面倒をよく見ている。
「はい、まだ不安もありますけど…頑張ってます」
佐藤は少し力の入った声で答えた。
その時、部長が部屋に入ってきた。
「みんな、今週の進捗はどうだ?」
会議が始まる前のざわめきの中、山下がふと課長・新来の席を見る。
新来はいつもの青いマグカップを手に取り、丁寧にハンドミルで豆を挽き始めていた。
山下は少しの勇気を振り絞って声をかけた。
「課長、珈琲、淹れてもらえますか?」
新来はにっこりと微笑みながら応じた。
「いいよ。みんなで一緒に飲もう。仕事の合間のリラックスタイムだ。」
会議室に移動し、珈琲の香りが部屋いっぱいに広がる。
「珈琲の香りってさ、ただの飲み物以上の力があると思うんだよね。落ち着かせてくれるだけじゃなくて、人の心をつなげる力もある。」
新来の言葉に、佐藤は目を輝かせて聞き入る。
「そんな力があるんですか?」
新来はうなずきながら話した。
「俺も若い頃、失敗ばかりだった。課長に言われたんだ。『焦るな。着実にやれ』って。あの時、落ち着くために飲んだ珈琲の味は今でも忘れられない。」
その時、隣にいたベテランの鈴木が声をかける。
「そうそう。若手の頃は失敗するのは当たり前だ。大事なのは失敗から何を学ぶかだ。」
鈴木は40代半ばで、仕事の経験も豊富。若手からの信頼も厚い。
中村も続ける。
「こうしてみんなで珈琲を飲む時間があるから、自然と話しやすくなるんですよね。」
部長も頷く。
「忙しいときこそ、こういう時間を大切にしよう。皆で支え合うチームになってほしい。」
その後、プロジェクトのトラブルが発覚。小さな設計ミスが発見されたのだ。
佐藤は動揺しながらも、すぐに山下に報告した。
「すみません!設計にミスが見つかりました!」
山下は冷静に対応し、チーム全員に共有。新来も穏やかな表情で言った。
「大丈夫、失敗は怖くない。そこから学べばいい。」
ミスはすぐに修正され、プロジェクトは軌道に戻った。
午後、社内カフェで山下は部長に声をかけられた。
「山下、最近の成長は素晴らしい。焦らず自分のペースでいい。期待しているぞ。」
山下は感謝の気持ちを込めて答えた。
「ありがとうございます。課長や皆さんのおかげです。」
夕方、新来はひとり静かに珈琲を淹れ直しながら考えた。
「珈琲の力で、みんなの距離が少し縮まった気がする。これからも、この時間を大事にしよう。」
帰宅した山下は、自分の部屋で青いマグカップに珈琲を注いだ。
「この一杯が、俺を変えてくれる気がする」
遠く離れた実家では、高校生になった弟が同じ青いマグカップでほうじ茶を飲みながら、兄の成長を見守っていた。
珈琲はただの飲み物じゃない。
それは、人の心をつなぎ、時間を共有し、誰かの背中をそっと押す小さな奇跡だった。




