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喫茶 トキカサネ ~この一杯だけ、時間が止まる~  作者: MMPP.key-_-bou
第三部 ~この背中を、見ていた~

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第二話 「父が見ていたもの」

 教室の窓から、午後の陽射しが斜めに差し込んでいる。

 世界史の授業中だが、俺はノートに落書きをしていた。いや、落書きじゃない。昨日の夜、父がぼそっと言った一言を、何度もなぞっていたのだ。


「進路、悩んでるか?」


 あの人はいつもそうだ。核心には触れず、でも刺さる言葉を置いていく。

 問いかけるようで、見透かすようで、逃げ道を残してくれる。


 授業のチャイムが鳴って、ペンを止める。

 もうすぐ三者面談だ。クラスの友達はみんな、親とどう話し合うかでワイワイしている。でも俺は、正直うまく話せる自信がない。父との間には、目に見えない「空白」がずっと横たわっている。

 それでも、あの一言が心に残っていた。


 家に帰ると、父は台所で珈琲を淹れていた。自分で豆を挽いて、手動のドリップで淹れる。面倒なことが好きな人だと思っていた。でも、今は違う。

 その姿を見ていると、なぜか安心する。一定のリズムでお湯を注ぐ姿が、世界からざわざわした音を消してくれる。


「……飲むか?」

「うん」


 父がマグカップをもう一つ用意する。青い、ゴツゴツしたやつ。あれ、もしかして……?


「これ、俺が作ったやつじゃん」

「だな。小三の図工」


 そう言って、父は笑った。懐かしさと、少しの誇りが混じったような笑みだった。

 俺はそのカップを両手で持ち上げて、珈琲を一口飲む。少し苦い。でも、なんか落ち着く味だ。


「お前、昔は毎日、なんでも話してたよな」


 ぽつりと父が言った。


「今は、まあ……それでいいんだけどさ。たまに、ちょっと寂しい時があるんだよ」


 俺は驚いた。父がそんなことを言うなんて。


「俺さ……進路、まだ決めてない」


 口に出すと、胸の中のもやが少し晴れた。


「そうか」


 父はそれだけ言った。そして、もう一口、珈琲を飲んだ。


「……悩むのが、仕事みたいな時期だからな」


 その言葉に、なぜか泣きそうになった。

 父は、きっと俺のすべてを知っているわけじゃない。でも、ちゃんと“見て”いてくれていた。


 次の日の夜。父の部屋にそっと入ると、デスクの上に見慣れないノートが置いてあった。

 表紙には「ATARAI NOTE」と書かれていたが、横に小さく「未来ノート」とメモが貼られていた。

 中をめくると、そこには父の手書きの言葉が並んでいた。


「自分のやりたいことを、思いつくだけ書いてみる」

「小さな頃に好きだったものは?」

「人のために何かした経験はある?」


 まるで、俺の頭の中の整理を手伝ってくれるかのようだった。

 このノートを、父は俺のために作ってくれたのかもしれない。

 いや、そうだ。父は、何も言わずに、こういうことをする人だ。


「……なんでだよ」


 胸の奥が、きゅうっとなる。

 俺はその晩、一ページ目にこう書いた。


「父みたいに、人の話をちゃんと聞ける大人になりたい。」


 数日後、三者面談の日が来た。

 教室の前に、父と並んで歩く。俺のことを見て、先生が少し笑った。


「お父さん、お若いですね」

「いや、もう50だよ。でも、まだちょっと走れるかもな」


 冗談っぽく言ったあと、父は俺の肩を軽く叩いた。その手が、不思議とあたたかかった。


「じゃあ、今日はよろしくお願いします」


 そう言って、俺たちは席に着いた。

 先生が進路の話をし始める。でも、俺はすぐにこう切り出した。


「まだ、決まってません。でも……決める気はあります」


 先生が驚いたようにこちらを見る。

 父が、うなずいてくれる。

 あのノート、そしてあの一杯の珈琲が、今の俺をここに立たせてくれている。

 進むべき道はまだぼんやりしているけれど、少なくとも今は、自分の足で立てている気がした。


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