第2話 最初の侵入者 ファーストコンタクト
太平洋上に浮かぶ最新鋭の大型輸送艦「くにかぜ」。その広いデッキに、厳重に武装した特殊部隊員たちが整列していた。彼らこそ、幻想郷へ送り込まれる最初の外界の侵入者、特殊偵察部隊「チーム・シーカー」だった。精鋭中の精鋭。彼らは過酷な訓練と、いかなる異常事態にも対応できる精神力を持っていた。
「目標は『指定領域Y』。学術調査隊を支援するための先行偵察任務である」
作戦ブリーフィング。担当官の声は冷静沈着だったが、その内容は、兵士たちにとっては訓練では聞いたこともない非現実的なものだった。
「指定領域Y、我々は暫定的にそれを『アヴァロン』と呼称している。記録にある『結界』によって隔離された未知の領域だ。内部に生息する生命体は既存の生態系データに合致しない可能性がある。『敵対的な未確認生命体』に遭遇した場合、まずは鎮静・捕獲を試みる。不可能と判断した場合、及び明確な殺意をもって襲撃を受けた場合は、自己及びチームを防衛するための最小限の武力行使を許可する」
彼らのヘルメットに内蔵されたAI「ミネルヴァ・アシスト」。それは個々の兵士の判断を補助し、周囲の情報を解析するための高性能AIだった。今回の任務では、AIが結界の特定と潜入ルートの誘導、そして未知の生命体に対する即座の分析と指示を出す役割を担っていた。
隊員の一人が問いかけた。「確認します。任務の第一はあくまで『学術調査のための先行偵察』でよろしいでしょうか?」
担当官は頷いた。「その通りだ。ただし、極めてリスクが高いミッションであることを忘れるな。万が一、チームが全滅した場合、その事実は完全に秘匿される。諸君は、歴史には記録されない陰の任務に就くのだ」
兵士たちの間に緊張感が走る。秘匿任務であるということは、帰還できなかった場合の救出もないに等しいことを意味していた。しかし、彼らは軍人だった。任務は任務。覚悟を決めた表情で、次々と最新鋭のティルトローター機MV-22「オスプレイ」に搭乗していく。機体には、従来のステルス技術に加え、結界の微弱なエネルギーパターンを模倣するシールドが搭載されていた。AIミネルヴァが弾き出した、「結界を攪乱し、知られずに通過するための最善の方法」だった。
真夜中。日本アルプスの人里離れた山奥。静寂を破って飛来したオスプレイが、AIが示す正確な座標の上空でホバリングする。結界の気配など、物理的な感覚器官には全く感じられない。しかし、AIのセンサーはそこにある「歪み」を確実に捉えていた。
「AI、『ミネルヴァ・アシスト』、浸入シールド、アクティブ」
パイロットの合図と共に、オスプレイは「指定領域Y」へ向かって降下を開始する。物理的な抵抗はない。しかし、機体が「何か」を通過した瞬間に、機体全体を一瞬だけ、強いGと、奇妙な色の光が包み込んだ。外部モニターには何も映らない。パイロットとAIにしか分からない、異次元への扉を通過したような感覚だった。
「浸入成功。損害なし」
オスプレイはそのまま、静かに森の中に着陸する。ハッチが開くと、そこには満点の星空の下、外界の人間には未知の樹々が立ち並ぶ幻想的な光景が広がっていた。空気は澄んでいて、独特の湿気と土の匂いが混ざり合っている。外界の排気ガスとは無縁の、清浄すぎるほどの気配。
「AI、周囲環境データを収集中…植生パターン、外界の既知データと78%の不一致。大気成分、誤差1.2%以内で問題なし。微弱な高エネルギー反応を複数個所に検知。未知のエネルギー源と判断」
兵士たちが続々とオスプレイから降り立つ。装備の最終チェックを行い、周囲を警戒する。銃器の他に、センサー、採取キット、鎮静銃、そして何らかの異形生物に対応するための特殊ネットなどが携帯されていた。彼らの肉眼には何も映らない。しかし、AIミネルヴァ・アシストのナイトビジョンには、奇妙な残光や、空気の揺らぎのようなものが映し出されていた。
「ミッション開始。チーム・シーカー、偵察ポイント1へ移動開始」
チームリーダーであるジェイソン中尉は、ヘルメット越しに淡々と指示を出した。隊員たちは四人一組の隊列を組み、静かに森の奥へと足を踏み入れていく。AIの指示に従い、気配を殺しながら、未知なる幻想郷の地を踏みしめた。彼らはまだ知らない。自分たちが踏み入れたこの場所が、科学の理屈が全く通用しない、多様で恐ろしい存在たちが息づく場所であることを。そして、最初の犠牲者が、この静寂の闇の中で、既に彼らを待ち構えていることを。
森の木々のざわめきに混じって、微かに、何か奇妙な歌声のようなものが聞こえるような…聞こえないような。兵士たちの耳には、ただ静かな森の夜の音だけが響いていた。あるいは、彼らの認識の外で、既に「それ」はそこにいたのかもしれない。