5.断罪の行方――想像を超えた未来へ
婚約式に続いて行われるお披露目は、王宮主催の夜会となっていた。
会場はシャンデリアと光魔法でキラキラと星屑をちりばめたように輝き、宮廷音楽隊が招待客を和やかな歓談にさそう手伝いをしていた。
聖堂への参列を許されなかった貴族たちも、王宮に出入りを許されていれば、基本的にすべての家門が夜会に招待されている。幸か不幸か、その会場でも人々の話題は『婚約者不在の式』が中心だった。
「王太子殿下だけで婚約式とは、交流国に示しがつかん。本当に、嘆かわしい……」
会場の一部がざわついた。
内務大臣であるトラン・ヒューバート侯爵の声が響いたからだ。
ヒューバート侯爵は若いころから有能で内政の功労者としても名を馳せている人物だ。
そして、大臣となった今、彼の宮廷内での支持率は高く、同時に、その彼が第二王子派筆頭であることも周知の事実だった。その彼の一言が大きく会場のムードを変えた。
「やはり、ユリウス王太子殿下は優しすぎるようだ。」
「全くです。」
「健康面で不安の残る婚約者をそのままに、式を終えてしまうとは、まったくもって情けない。」
王宮内でユリアが毒を盛られたことは誰もが知っていた。だが、婚姻式のお披露目の場でそれを口にすることは憚られたらしい。それでも、その事実を伏せたままユリウスへの批判を強めるあたり、彼らは明らかな第二王子派なのだろう。 そうした露骨な批判に、一部の貴族は顔を顰め、また他の貴族は、このお披露目が権力争いの天秤を大きく傾けるだろうと予測して、その空気を読むのに必死になっていた。
「ヒューバート卿、近々この件に関して、貴族会で議論に上げるというのはいかがでしょうかな。」
「王太子としての役目が果たせず、婚約者も不安要素しかないとあっては、継承権を持つのは」
コホン
ヒューバートが大きく咳払いする。
「それに関してこの場で言及するのは無粋だぞ。王太子殿下の祝いの場であることに間違いはないのだからな。気を付けて発言せねば、不敬罪にもなりかねん。」
散々失礼な発言を重ねておいて、その場を収めているような態度に、王太子派の貴族はもちろん、中立貴族たちも歯噛みした。現状、王太子派と中立派を合わせても、第二王子を指示する者たちの数には到底及ばない。数の暴力――現王宮で、それが当然のようにまかり通ってしまうのは、ヒューバート卿の数十年に渡る功績と、その彼を筆頭にした第二王子派の人数が圧倒的に多いからだった。
コツン、コツン
大理石を叩く音が響く。
婚約式に参加していた者たちの到着を知らせる音だ。
「ビリングストン国王夫妻、並びに王太子ユリウス殿下、交流国の特使のみなさまのご入場です。」
高らかに声が上がり、特使たちを先頭に王族が入場してくる。
そして、ユリウスの横には――意識不明と噂されていたユリアの姿があった。
会場が一気にざわめく。
「今日、このよき日に、ユリウス・フォン・ビリングストンがユリア・イグナシオと、正式に婚約を交わしたことをここに通達する。」
ざわめきの中、凛としたユリウスの声が会場いっぱいに響いた。
ユリウスの言葉に、ざわめきが消え、その威風堂々たる姿に、人々は息をするのも忘れた。
目の前の人物が『顔だけ王子』と馬鹿にされてきたその人とは、程遠かったからだ。
ワインを口にしてほろ酔い気分で赤らんだヒューバート卿の頬が、一瞬で真っ青になる。
それもそのはず……自分が揶揄していた王太子本人が、美しい婚約者を伴って目の前に立っているのだ。
唖然とするヒューバートの前に、ユリウスがユリアを伴って歩み寄る。
「ユっ、ユリウス王太子殿下!!」
王族を前に礼を尽くすことも忘れた様子に、ユリウスは呆れ顔で声をかける。
「どうされたのです。何かあわてさせるようなことがあったのですか?わたしも、昔はよく言葉に詰まってしまった。そういう時は、深呼吸をするといいと聞いたことはないかい。」
名指して声をかけられたヒューバート卿は、えさを求めて口をぱくぱくさせている魚のようだ。
「そうだな……卿が落ち着くまで、わたしのほうから大切な話をさせてもらうとしようか。」
ユリウスがにっこりと微笑むと、会場の女性たちから、一斉にため息がこぼれた。
「まずは紹介させてもらおう。わたしの婚約者、ユリア・イグナシオ公爵令嬢だ。」
大切な宝物を包み込むように、ユリウスの腕はユリアの腰元にしっかり回され、軽く添えられているはずのもう片方の手は、ユリアの手をしっかりと握っていた。
「君には格別に世話になったようで、彼女から個人的に話す機会が欲しいと言われていてね。」
ユリウスが促すようにユリアの手を放すと、彼女が美しいカーテシーを見せる。
「お初にお目にかかります。この度、ユリウス王太子殿下の正式な婚約者となりました、ユリア・イグナシオと申します。お披露目の夜会を始める前に、卿へいくつか確認させていただきたいことがございますが、よろしいでしょうか?」
会場は、いつの間にか息を呑む音さえ響きそうなほどの静けさに包まれていた。ユリアの声は、会場のすべての人にはっきりと届いた。
「めでたい席で、確認事項などと無粋なことを……やはり」
悪意の込められた言葉を遮るように、ユリアが素早く話を続ける。
「国王陛下より、許可はいただいております。この件に関しての全権もゆだねていただいておりますので、お付き合いくださいませ。ほんの余興と思っていただければさいわいですわ。まさか、陛下のお言葉を無下になさるような真似はなさいませんよね。」
落ち着いた口調とは裏腹に、その言葉が示唆する嫌な予感に、ヒューバートの背中に冷たい汗が流れる。
「これはまた、面白いことになったな。」
王族と共に入場した特使たちの一人、隣国の皇太子が、凍てつく会場の中央で、王宮の重鎮と平然と渡り合うユリアを見つめて笑った。皇太子は、外交予定のある諸各国に、自分個人の諜報員を放っている。婚姻式直前に、その諜報員の一人からビリングストン王国の内政に関して『面白い情報』が送られてきた。
「奴の話じゃ、この国の王位継承権は近々大きく変わるだろう……だったんだがな。」
効かされていた情報より、はるかに面白い展開に、好奇心がそそられる。目の前で『何か大きなことが起こる』その予感に、胸が躍るのが止められなかった。
「本日、こうして無事に婚約式を迎えることができましたが、実はわたしは、十日ほど生死を彷徨っておりましたの。」
「ほぅ、それは大変でしたな。」
「えぇ、あなたからの贈り物がよく効いたようで、解毒に問題はありませんでしたが、意識回復には時間がかかりましたのよ。」
ユリアの『解毒』という言葉に、一気に周囲がざわめく。
「その言い方では、まるでわたしがあなたに毒を盛ったように聞こえてしまうが?」
「はい。そう申しました。」
迷いなく肯定する言葉に、驚く者、顔を青ざめる者、好奇心が隠せない者、反応はまちまちだった。
「不躾にもほどがある。いくら王太子殿下の婚約者とはいえ、失礼だぞ。」
「わたしが証拠もなく、このような公式の場で無味滑稽な発言をするような愚か者だとおっしゃるのですか?」
視線が一瞬で鋭くなる。
「ケンドルさま、彼らをここへ。」
使用人が数名、ユリウスの側近であるケンドルに連れられてヒューバート卿の前にあらわれる。
「この者たちが何か?」
「ええ、この使用人たちは証人ですわ。」
「はっ。下級貴族出身の使用人どもの証言でわたしを陥れるつもりか。」
「こちらをどうぞ。」
ユリアがケンドルから受け取った書状の束をヒューバートに手渡す。
「これは……」
書状が何を意味するかを瞬時に悟ったヒューバートの目が鋭く光る。
「その書状は、彼らが命を賭して証言すると証明した魔法誓約書です。つまり、嘘をつけば命の保証はありません。それでもまだ、彼らが嘘をついていると、しらを切るおつもりですか?」
想像通りだっただけに、ヒューバートは誓約書をパラパラとめくり、破棄しようと手をかけた。
「こんなもの、いくらでも捏造できよう。」
苛立ちを隠そうともせず、ヒューバートが悪態をつく。
「卿の手で、それは、破れませんよ。それにしても、聞き捨てならない発言でしたね。」
その言葉に、白いローブを纏った男性がコツコツと足音を立てて歩み出る。
「法務局、誓約管理官のオルティスだ。あなたは今、我々法務局の仕事を真っ向否定したのですよ。」
「……」
「捏造というならば、あなたにも誓約に基づいて証言をいただきましょう。」
「そっ、それは。」
あわてるヒューバートに、口角をわずかに上げて、ユリアは少し大袈裟に声を張る。
「わたしはどちらでもよろしいですよ。誓約の元で真実を明らかにするか、誓約できず自らの罪を認めるか。それ以外の選択肢があるというのなら、見せていただくのも面白いかもしれません。」
そう宣言するユリアは、すっかり冷酷な王太子妃のようだ。
「矜持を持っているというのなら、潔く罪を認めてくださいませ。」
恨めしそうにヒューバートがユリアを睨みつける。肩が震え、真っ赤になった顔は、宮廷の重鎮というより、癇癪を起した子供のようだ。数十年かけて準備した計略が、ぐらぐらと崩れ落ちそうになっている。
「わたしの方に、何も情報がないとでも?」
「面白いことをおっしゃいますね。」
ユリアが意味深に微笑む。
「イグナシオ嬢は、王太子殿下の婚約者でありながら、第二王子とも通じている。知る人ぞ知る話のはずだ。」
「あら?第二王子と通じているとは……まぁ、確かですわね。」
平然と肯定する言葉に、会場のざわめきが一気に大きくなる。『通ずる』という言葉が、暗に『不貞』と意味したことを勘繰った人間の動揺だ。
――こんなにも、下世話な噂を信じたい人間がいたことに、失望の色が隠せませんわ
ユリアは明らかに落胆した表情を見せた。それに勝機を見出したヒューバートが声を荒げる。
「それは裏切り行為だ。貴族会議にてイグナシオ嬢の処遇を検討しなければなりませんな。」
まるで勝利宣言のように高笑うヒューバートに静かな足音が近づき、彼の前でその足が止まる。
「ヒューバート卿、その件はわたしにも弁明する権利はあると思うのだが、いかがだろう。」
高笑いに夢中で、その足音の主が誰なのか――視線をあわせるまで、気づくことはなかった。
第二王子その人が、ヒューバートの目の前に立っている。
「あなたが第二王子派の筆頭、内務大臣一派のリーダーということは知っている。」
その言葉に蒼白になったヒューバートの顔は、一瞬で真っ赤な鬼の形相に代わり、ユリアを睨みつけた。
「今ここで、国王陛下の承認のもと、わたしは兄を支える臣下になる決意表明をしよう。わたしの王位継承権は、兄に託されたときのみ有効とし、今後わたしがその立場を脅かすことがないことを宣言する。この場にいる者たちよ、わたしのこの宣言の承認になってほしい。」
事実上の継承権放棄宣言だ。これで、第二王子派は『旗印である王子を失った』ことになる。
「わたしが第二王子殿下と『通じていた』のは、殿下に今後のことを相談申し上げていたからですわ。」
「彼女ほど、兄上の妃にふさわしい人はいないと、提案を快諾させてもらったよ。」
第二王子がユリアを見つめて頷く。その姿が、ヒューバートにとっての決定打となった。
「とんだ隠し玉を持っていたものだ。わしの切り札まで――」
ヒューバートは、そこまで口にして、ある事実に思い当たる。
「まさか、あの報告そのものが嘘だったというのかっ……」
そのつぶやきに目線だけで返事をしたユリアが、声を張って会場全体に告げる。
「未来の王太子妃毒殺未遂は、王族殺害未遂――すなわち国家反逆罪と同等です。よって、トラン・ヒューバート侯爵を内務大臣の役職より罷免。侯爵家は取り潰し、内務大臣一派も、貴族籍を剥奪し、追放とします。」
ついに膝を折ったヒューバートの姿とユリアの宣言に、会場の緊張はピークに達した。その場の四分の一にあたる貴族が、第二王子派の中でも力を持っていた内務大臣一派と呼ばれた者たちだったからだ。婦人たちは慌てたように主人への確認を始め、心当たりのある者たちは気を失ってしまうほどの動揺が広がった。
「ユリア。」
広がっていくざわめきの中に、はっきりとユリウスの声が落ちる。その落ち着いた温和な響きに、周囲は一縷の光を求めて静けさを取り戻す。
「君の処遇は少々厳しすぎる気がするよ。」
「ユリウスさま。」
「貴族籍剥奪で国外追放とすれば、生きていけない者も多いだろう。それに……」
ユリウスがゆっくりと会場を見回す。
「とうやら、ここにいる多くの者たちにその心当たりがあるようだからね。全員を追放してしまっては業務に支障をきたしてしまう。」
「それでは、殿下はどうなさるおつもりですの?」
あれだけの処遇を宣言しておきながら、ユリアが凡庸なフリをして小首をかしげる。その仕草の滑稽さに気づいた者はほとんどいなかったが、ユリア自身はかぶった仮面が剥がれ落ちそうになるのを必死でこらえた。そんなユリアに気づいて、ユリウスが小さく微笑む。
「全員に誓約魔法をかけたうえで、事件との関連を告白してもらおう。その内容によって、刑罰を与えることにするよ。多くのものは謹慎の上、役職復帰のチャンスを与える。その功績によっては名誉挽回の機を与えようと思う。それで、どうだ?」
ユリアが小さく息を吐く。
「みなさまが『顔だけ王子』と虐げてきたユリウス殿下の恩情です。わたしは愛する殿下のお言葉をお受けしようと思います。殿下の優しさにより、名誉挽回のチャンスをいただけたこと、努々お忘れなきように。」
会場のあちこちから、安堵のため息がこぼれた。
「ユリウス、この度の処遇、見事であった。」
想定外の断罪劇に、動揺が隠せない貴族たちに、重厚な良く知る声が聞こえてきた。国王がユリウスを見つめ微笑んでいる。
「みなのもの、今ここにユリウスを次期国王と認定する。各国の特使たちよ、この旨――しかと届けよ。」
堂々とした陛下の宣誓で、会場は一気に祝福ムードを取り戻した。
「この展開……さすがのわたしも想定すらしていなかったな。」
ようやく落ち着いた会場の雰囲気に、微笑み合うユリウスとユリアの手は、固く結ばれている。その信頼の深さに、皇太子はこの国の安定を見た気がした。
「『顔だけ王子』とは、また面白い呼び名だな。」
皇太子が二人のもとを訪れ、声をかける。
「以前のわたしは、離宮に引きこもり、周囲にそう呼ばれていたんだ。」
「なるほど。」
不躾ともいえる視線で、ユリウスを上下に眺めてにやりと笑う。
「だが今、そんな面影は微塵も感じられないが?」
「それはユリアがいてくれるからさ。」
ユリウスが、ユリアの手を取りそっと口づける。
「しかも、王太子殿は相当な策士と見える。これからの外交には手を焼くことになりそうだ。」
仲睦まじい姿に微笑みながら、皇太子は軽い牽制を投げる。
「その際は、わたしではなくユリアの攻略を勧めるよ。」
意味深に微笑み合う二人を見て、皇太子が意図を察して笑う。
「なるほど。この断罪劇にはシナリオがあったということか。」
「あぁ。そして、準備も演出も彼女無しでは成し得られなかったと告げておこう。ユリアがいなければ、この断罪を成し得ることも、それ以前に、わたしがこの場に立つこともなかったと断言できるからね。」
「これはまた、すごいことを聞いてしまったな。」
皇太子が半ば呆れたように笑う。
「隠すつもりはないんだ。ユリアがわたしを見つけ、変えてくれた。彼女がわたしの唯一無二だからね。」
周囲から感嘆のため息が出るほどの笑顔がこぼれる。
「『顔だけ』という言葉には同意しかねるが、確かに君は美丈夫だな。」
否定も肯定もせず、皇太子が微笑むと、ユリアがそれに同意するように笑いかける。
「ユリウスさまは、『顔だけ』ではありませんのよ。
『見目麗しく、すべて良し』――わたくしにはもったいないほどのお方です。」
「上手く言ったものだ。」
皇太子が豪快に笑う。
「わたしは、ユリアに出会って変わることができた。
ユリア……わたしを諦めないでいてくれて、ありがとう。」
ユリウスがそっとユリアを抱きしめた。
重なり合う唇に確かな愛を感じる――
そのぬくもりに、ユリアは王命を受けた日の願いを果たしたことを実感した。
――政略結婚に、愛を求めるのは難しい。そんな言葉を聞くたび、わたしは悲しかった。
求めていたのは、わたしを心から愛してくれる人。
わたしは、わたしの持つすべてを愛する人に捧げ、支えたいと願ってきた。
ユリウスさま、あなたはわたしを『唯一』と呼んでくださる。
でも、あなたもまた、わたしにとっての『唯一』なのです。
アメジストの瞳に映るユリアは、しあわせに満ちあふれていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
短編のつもりで書き始めた物語ですが、気づけば五話完結となっていました。
完全無欠に見えるユリアが求めたものが『唯一の愛だった』という結末は、
やはり作者の好みだなと苦笑いしてしまいました。
よろしければ、リアクション・ブクマ・評価を残していただければ嬉しいです。
とても励みになります。
そろそろ心のリハビリを終えて、連載中の作品、第二章に取り掛かろうと思っております。
これからも、楽しんでいただけるお話が書けるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。




