1.お受けしましょう、王家のわがまま
望むと望まざるとにかかわらず、ユリア・イグナシオ公爵令嬢に王命が下った。
「一年後、お前はユリウス王太子と結婚することになった。」
ビリングストン帝国、四代公爵家当主、ニルス・イグナシオ公爵が心苦しそうに娘にそう告げた。
どうやら王家と公爵家のあいだで何かあったようだ。
――巻き添え、余波を受ける、理不尽に巻き込まれる……どう言い換えても、覆すことは不可能よね。
仕方がありません、わたしなりにこの状況の利用価値を見出すまでですわ。
やけに物分かりがいいのは、諦めているから――ではなく、彼女の場合は別の目論見があったのだ。
***
尊敬するお父さまが、目の前で頭を下げている。
ユリウスは、次期国王で第一王位継承権を持つ王太子だが、お世辞にも人望があるとは言えない。
気弱で決断力には欠け、離れに引きこもっているため『顔だけ王子』という不名誉な通り名まである。
最近は、第二王子に人気を取られているとの噂もあり、宮廷内の権力争いに敏感な貴族たちは、その動向に目を光らせているようだ。そんな中での中立公爵家令嬢との婚姻が決まったとなれば、勘繰りたくもなる。
「承知いたしました。」
父の真摯な態度に、事の重大さを読み取ってしまったユリアには、それ以外の答えはなかった。
「すまん……二週間後には王太子妃教育が始まる。陛下が離れに部屋を用意されたとおっしゃった。」
「引っ越し、ですね……わかりました。」
淡々と現実を受け止めるユリアを、イグナシオ公爵は心配そうに見つめる。
「大丈夫ですわ、お父さま。王家の思惑があるのでしょう?」
たとえ王命とはいえ、筆頭公爵でもある父が簡単に縁談を受け入れたとは思えない。
不名誉な名のつく王太子とあれば、なおのことだ。
両親は優しく寛大で、興味のあることすべてに専門の教師をつけ、学ばせてくれた。
その結果、ついた名前が『公爵家随一の適材適所のエキスパート』。
ユリア・イグナシオは、人を見る力に優れた令嬢と誰もが認める存在になっていた。
「我が家に力がつきすぎたようだ。王家はユリウス王子の後ろ盾として我が公爵家を王族に取り込み、力を吸収する大義名分が欲しいのだろう。」
「わたしも公爵家の娘です。政略結婚は覚悟していましたわ。ユリウス殿下は想定外でしたけれど、恐らく陛下の狙いは……。」
「みなまで言うな、すまないな。」
「お父さまが謝る必要はありませんわ。」
ユリアは安心させるように、にっこりと微笑んだ。
「ユリウス殿下……相手に不足はありません。」
「ほどほどに頼むよ。」
娘の言葉の意図を理解して、公爵が苦笑いする。
どうやらユリアは王家の目的を理解し、興味をユリウスに向けたようだ。
王宮の離れに引きこもる『顔だけ王子』。
その運命は、一人の公爵令嬢との出会いによって――大きく変わろうとしていた。
***
「初めまして。ニルス・イグナシオ公爵の長女、ユリア・イグナシオでございます。」
美しい所作でカーテシーを見せるユリアに、侍女や従者も息をのむ。
王宮の中庭に整えられたテーブルに、目元を王家独特の薄紫の髪で隠し、うつむいたままユリウスが座っている。
「あっ、その……」
返事をしているのだが、下を向いているため周囲には何も聞こえない。
ぼそぼそと音がするだけだ。
「同席させていただいても、よろしいでしょうか?」
このままでは、埒が明かないと悟り、淑女らしくないとわかっていたが自ら声をかけた。
「あっ…あぁ、座ってくれ。」
あわてた様子で席を促すユリウスの所作は美しいが、いかんせ自信のなさが随所にうかがえる。
そうして着席はしたものの、会話は一向に進む気配さえない。
ユリアはユリウスの前に腰を下ろし、静かに時間が流れるまま彼とその周囲を観察していた。
やがて離れた場所に立っている使用人たちの囁く声が聞こえてきた。
「婚約者との顔合わせだというのに、一言も声をかけられないとは……やはりダメ王太子ではこんなものだな。」
「『顔だけ王子』に嫁がされるとは、お気の毒なこと。」
ピシャッ
まるで、聞こえてきた声が合図であったかのように、大きな音とともにユリアが手にした扇子を閉じた。
ユリウスの肩がビクリと跳ねる。
「そこのあなた方、少しよろしいかしら。」
にっこりと微笑んでユリアは使用人たちを呼びつける。
聖母のような微笑みに、ほんのりと顔を赤らめて彼らが歩み寄ってきた。
「あなた方は、明日からこちらにいらっしゃらなくて結構ですわ。」
「えっ?」
聖母の微笑みから発せられた言葉は、おおよそ想像もつかないほど辛辣なものだった。
「殿下、わたくしは王子妃教育の一環で、陛下より直々に離宮の人事を一任されておりますの。」
「えっ?」
「ですから、この者たちを解雇させていただきますね。そのように手続きをいたしますが、何か問題はございますか?」
「あっ…そっ…その……いきなりクビにするのは、少し強引ではないかい?」
ユリウスの言葉に、使用人たちがあからさまにほっとした顔をする。
「殿下を軽視する使用人など、必要ございませんでしょう?」
ユリアの流し目が使用人たちに突き刺さる。
「けっ…けれど彼らにも生活があるのだから、いっ…いきなりの解雇には賛成しかねるよ。」
ユリアがにっこりと笑う。
「殿下はとてもお優しいですわ。」
うつむく使用人たちに、わざと冷酷な視線を送る。
「あなた方の失礼な発言と態度に対して、殿下はとても寛大なお心でお許しくださっています。その優しさに気づけなかったことを反省していただけるかしら?」
「はっ、はいっ!」
ことの重大さを悟り、使用人たちは真っ青になっている。周囲の侍女や従者たちも、ユリアの言葉に『明日は我が身』と身体を震わせた。
「お優しい殿下の心遣いを無下にするわけにはまいりませんから、解雇は致しません。けれど、殿下に対する不敬を警告だけで済ますわけにはまいりませんの。三日間の謹慎ののち、わたくしの使用人として働いていただきます。それでよろしいですわね。」
ユリウスが頷いたことを確認して、再び使用人たちを見る。
「名誉挽回のチャンスをいただけたこと、努々お忘れなきように。」
周囲の人間に聞こえるように、声を張ってゆっくりと告げた。
「さがりなさい。」
その一言に、肩を落として処罰を受けた者たちが去っていく。
また二人の間に沈黙が落ちる。ユリアは周囲から人の気配が無くなると、静かに息を吐きユリウスに頭を下げた。
「申し訳ありません、殿下。」
「なっ…何が?」
「出しゃばったことをいたしました。」
「そっ…それはちっ…違うよね。」
はっきりとユリアの意見を否定する言葉だった。
「きっ…君は王子付きの使用人のマナーの悪さを指摘した。あっ…あれは不敬罪になりかねない。けっ…けれど君は、ふっ…不敬罪とは言わず、おっ…温情ある処分をした。」
「殿下」
ユリアは意図したことに気づかれて、驚くと同時に嬉しさを隠せず笑みがこぼれた。
その瞬間、ユリウスが勇気を振り絞って告げた。
「わっ…わたしたちは結婚するんだ。ユっ…ユリウスと呼んでほしい。」
表情は見えないが、ユリウスの耳は真っ赤になっている。
その姿を、ユリアは『愛らしい』と感じた。王太子に対して『愛らしい』は、いささか失礼かもしれないが、傲慢な貴族に多く出会ってきたユリアには、とても好ましく感じた。
「ユリウスさま、あなたはやはりとても優秀な方ですわ。」
「わっ…わたしが!?」
「使用人の立場を思って決断ができる。そして、ご自分の意見もしっかり持っていらっしゃる。」
「それは、きっ…君に対してだったから……」
「ポテンシャル……」
俯きかけたユリウスの顔が、ユリアに向けられる。
「ユリウスさまのポテンシャルは、とても高くていらっしゃる。」
前髪で目元が隠れていようと、ユリアは真っすぐその先のユリウスの視線にしっかりと目を合わせる。
「わたくしが、あなたを変えてみせます。信じてくださいませ。」
自信に満ち溢れたユリアの言葉は、ユリウスの中に何かを見つけた確証を秘めていた。
それが何かはわからないが、ユリウスは、その彼女の微笑みに一筋の光を見つけた。
――彼女の言うポテンシャルを信じることができれば、わたしの人生はきっと変わる。
ユリウスはそんな確信めいた予感に胸を躍らせた。
この予感こそ――すべての始まりだったのだ。
王命の政略結婚に、
真正面から立ち向かうユリア。
彼女の『改革』は、一体何を引き起こすのか――
次回、第二話「婚約者さまは、やはり優秀なお方です」
ユリウスの成長に、ユリアの意外な反応が――
お楽しみに!




