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閨蜘蛛

作者: 水無飛沫



朝蜘蛛は神さまのお使い。

夜蜘蛛は禁忌の象徴。




襖の僅かな隙間から(ねや)に忍び込む。

月明かりも遮断した闇の中には、あなたの寝息だけが響いている。

これから犯す罪への期待と興奮に、堪え切れずに笑みが零れた。


(お神酒をたらふく飲んだものだから、酔っぱらてしまったみたい)

誰にともない言い訳を頭の中でさっと述べてから、早く暗闇に慣れるよう、ぢっとあなたを凝視する。



――八つの目があなたを捉える。



好奇心は猫をも殺すと言うけれど、蜘蛛(わたし)はどうなのかしら。

神酒(みき)を私みたいな小さいのが舐めたところでちっとだって減らないように、

あなたを()()()()()したって、きっと大丈夫。誰にもバレやしないわ。



――八つの脚があなたを捕らえる。



あなたの四肢を抑えつける。

血液の通わない、冷たい節足をあなたはどう思うのかしら。

冷たい? 痛い? 怖い?

大丈夫、あなたが暴れないっていうなら、ちゃんと力を緩めてあげるから。

苦しそうなうめき声だって、すぐに違う色の吐息に変えてみせるわ。

ねえ、よく見て。私を見て。

あなたが怖がらないように、人間の顔、人間の身体を模してみたの。

上手に化けられているかしら?


あなたの瞳が、変化しなかった脚に向けられる。

……仕方ないじゃない。あなたを抑えつけるにはこっちの方が都合いいんだから。

でも、残りの四本はあなたを愛撫するために、ちゃんと人間の手に変えたのよ。

ほら、人間よりもたくさんの手があるんだから、きっと楽しいことだっていっぱいできると思うの。


どうしたの?


怖いの?


哀れに泣き叫んで、惨めに懇願するようなら……

もしかしたら――本当にもしかしたらだけど――私、あなたのこと、諦めてあげるかもしれないわよ。


暗闇でよく見えてないのかしら。私がなんなのか、まだ理解できていないの?

……それとも……私を受け入れてくれるのかしら。




     そう


     そうなのね


     やっぱり


     あなた


     ステキ


     とっても


     素敵よ




甘美な感情が溢れてきて、熱い息が胸から込み上げてくる。

酔ってるせいかしら。感情に歯止めが利かなくなっているみたい。


一方的に弄んで蹂躙して、その種をこの身に宿したい。

欲望に身を任せて、私の糸でぐるぐる巻きにしてあげたい。

飢え死にしたあなたを、骨の髄まで食べてしまいたい。


倒錯した感情はきっと生物としての本能なのでしょうね。

四本の手であなたの顔を包み込み、牙であなたを傷つけないように優しく口づける。

舌を絡め、唾液を絡め、躰を絡める。


なんて幸せなのかしら!

恋の成就に魂の奥底が震えている。

あの人も、(ズキリ)こんな感覚なのかしら(と胸が痛む)

あなたも、そう思ってくれる?

身動きの取れないあなたの躰を、夢中でむさぼった。



大丈夫。

ひとつに重なりながら、耳元で語り掛ける。

こんなこと夢に決まっているわ。

現実では起こりえない。

だからなにも心配しないで。

これはただの悪夢。

人でないものに襲われる、悪い夢。

快楽(わたし)に身を委ねて、おやすみなさい。





糸を紡ぎ、命を紡ぐ。

大丈夫。あなたの子種はきっとたくさんの子どもになるわ。


あなたに根を張り糸を張り。

あなたを取り巻くすべての悪いものから、私たちが守ってあげる。

それが私に与えられた役目だもの。






あなたがいけないの。




そうよ。全部。


あなたがいけないの。








最近、小指のツメにも満たない大きさの蜘蛛をよく見かける。

黒曜石の欠片のような、真っ黒な蜘蛛だ。


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