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52 月華の秘術②

 目の前にいるのは月華七聖人である一人の男。

 その姿は黒い靄で覆い隠されており、その強さは未知数。


「なぜ、裏切った?」


 蒼月の医者は強く、そして警戒するように尋ねる。

 敵の強さがどのくらいなのかは分からないが、蒼月の医者が冷や汗をかいているところを見れば、決して油断出来ない相手なのだろう。


「はっ。この世は全て我らが王、月の王ツクヨミ様のもの。その何人たりとも邪魔はさせん」


 男は弓を構え、こちらに向ける。

 交渉の余地はなし。その行動が全てを物語っている。


「ここは僕に任せてくれないかな。君はこの場所の反対側に行って欲しい。月の王は太陽の届かない月の裏側にいる」


 蒼月の医者はポケットから蒼い手袋を出し、それを着用する。

 金色の筋が一本入っており、全体にはキラキラとした金色の粉末。微少だが、その輝きは一目でわかる。


「俺が簡単に行かせるとでも思うか? お前らはここで諸共死んでもらう」



 ***



 目の前にいるは死者の軍勢。突然、呼び出されたかと思えば、厄介事を頼まれる始末。

 その中心にいて、取り囲まれているのは二人、イザベルと鈴花。戦力としては申し分なし。が、今回に限っては、数が多すぎるため、苦戦は必然だろう。


「ったく、人使いが荒いな」


 少々、気だるそうに頭を搔きながら、ぽつりと言葉を漏らす。

 それも仕方がない事。いきなり呼ばれては、戦闘状態。月で動けるように新たな魔法?と言っていいもなのかは分からないが、酸素がなくても呼吸できるようにしなければならなかった。


「これも師匠のため」


 そして、隣にいる鈴花は相も変わらず師匠への強い執着心と忠義心。師匠のことが絡めば、これとでもかと言うほどにポジティブ思考になる。


「燃え盛れイグニス」


 イザベルは静かに唱え、手に持っていた魔剣イグニスからは炎が纏わりつく。その炎は赤く、否蒼く燃え盛っている。

 最初にノエルと戦った時よりも遥かに強くなっており、以前のような慢心や驕りは一切ない。


 イザベルは力強く、剣を振り、周囲は音一つしない静寂に包まれる。

 そのひと振りで開戦の合図となり、動かずじまいだったこの状況が大きく動き始める。


「『光雷帝(ルミナス)』」


 鈴花は上空にこの戦場を一面を覆いつくすかのように魔法陣を構築する。

 そこに一つの魔力が集まり、ゆっくりとその魔法陣が組み立てれていく。

 それは膨大で計り知れないほどの魔力と魔法陣。意思のない亡者にはそれを止めようとせず、ただひたすらにこちらに近づいてくるだけ。


 十秒が経過し、その魔法は放たれる。周囲は眩しい程に光り、その威力は規格外にも匹敵し、数千の敵を一斉に葬った。

 その姿を見れば誰もが思うだろう。神の御業だと。


「とんでぇもねえ威力だな」


 流石のイザベルもその光景には驚いている。威力だけならばあのノエルにも並びうる逸材だ。

 そう理解するまでに時間はかからなかった。


「これで師匠に褒めてもらえるかな」


 先の魔法を放ったばかりでもまだ余裕がありそうで、師匠のことしか考えていなかった。

 そこには最早、先程の死者の軍勢のことなど気にも留めていないのだろう。


「っ! 燃え盛れイグニス!!」


 イザベルと鈴花を囲むように炎柱がそびえたち、あらゆるものを内側に入れさせない結界と化した。

 そしてその数秒後、十本の矢が一斉に。それを防いだと思えば、矢は消失し、炎柱は掻き消された。


 追撃するように矢が二本。それを止める手立ては今のイザベルにはない。

 もう一度、炎柱を展開するのにも時間が掛かるし、それ以外に防御の術を持っていない。


「『光雷(ルクス)』」


 白く輝く雷が二本の矢を相殺する。

 流石の鈴花も吞気な事は出来ず、目の前の敵に集中する。


「助かった」


「敵の矢は魔力の流れを乱します。気をつけてください」


 足音が近づいてきて、二人の目の前に現れたのは黒い靄のかかった一人の男。

 赤い弓を手にしており、不敵な笑みを浮かべる。


「俺の名は『月蝕の弓』。お前らを始末するものだ」


 名乗りを終えると同時に百もの矢が正面が飛んでくる。

 それらは全て確実に二人を狙っており、動かなければ、それぞれに五十の矢が突き刺さる。


「『光雷(ルクス)』」


 百もの矢を全て撃ち落とし、攻撃を凌ぐ。

 それとほぼ同時に男は二人の目の前にまで詰めてくる。鈴花が放つ次の魔法までには間に合わない。

 しかし、イザベルがそれをカバーし、魔剣で敵を凌ぐ。


「なかなかに上出来なコンビじゃねぇーか」


 黒い靄の男は数歩後ろに飛び下がり、二人に感嘆する。

 それは余裕の表れでこうでもしている内に攻撃をしようとしても全て防がれそうなくらい隙は無い。


「だがな、少し詰が甘いんじゃないか?」


 後ろから一本の矢が、鈴花の背中を思いっきり貫き、血が噴き出す。

 回復をしようとも、出来ず、矢を抜こうにも抜けない。それどころか、一向に傷口は開いていく一方。


 その光景を目にしたイザベルは動揺するも、ここで隙を見せれば、全滅してしまう。だから、剣を構える。

 はっきり言ってこの戦いはイザベルと鈴花二人がかりで戦って勝てるかどうか。早々に鈴花が離脱してしまった時点で勝ち目は薄い。


「はっ。上等だ、やってやる!」


 魔剣に蒼い炎を乗せて覚悟を決めた。

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