51 月華の秘術①
扉の向こうはただ灰面の世界が広がる。
そこには空気はないが、魔王である俺には空気なんてものは要らない。故に、いつも通り動ける。
遠くを見れば、青い球体、赤い球体が見え、青い球体には緑が、赤い球体は燃え上がるように炎が。この世界で言う太陽と地球。
つまりは、今いる場所は月。
「何者だお前? ここは人間如きが来る場所ではない」
上空、見上げればそこには一人の男が浮いている。
漆黒の外套を纏い、声を掛けられるまでは気づけなかった。
「我は月華七聖人が一人、『月影の忍』。どうやって入って来たのかは知らんが、排除するまで」
瞬く間にその姿は消えていき、見失う。
気配も何も感じなければ、魔法で探すことも叶わない。
再び瞬きを、瞬間に首元には一つの短剣、背中には三つ、腹に二つ、突き刺さっていた。
そこから血が流れ出る。
「『治癒』」
瞬時に傷は癒され、刺された短剣を全て抜き取る。
不可視の攻撃、これを攻略出来なければジリ貧。そして、それに対抗しうる手段を俺は持ち合わせていない。
つまりは詰み。
「なるほど。これは少し厄介だな」
それから、足、腕、頭に肩や心臓、それらに短剣が刺さる。
今度は先程の倍の速さ、倍の本数で攻撃してきた。
が、それを全て癒し、短剣を抜き去り、破壊する。
「なぜだ? なぜ、それでいて死なない」
攻撃を辞め、そして目の前に姿を現す。
そこには焦りと怒りが垣間見え、両手に持っている短剣を力強く握りしめている。
「怪我をすれば、魔法で治す。普通のことだろう」
「人間に使えるはずが……、まさか、お前が、俺達の仲間を殺した……」
俺の人外の強さに結論を結びつける。
その途端に焦りは驚嘆に怒りは更なる怒りを増して、両手に持った短剣を投げつける。
向かってきた二本の短剣を止め、破壊。可視できるのならば、それはいくらでも対処のしようがある。
刹那、その瞬間に勝負は決する。全身に短剣、その数、百を超え、出血多量で生命を維持できるほどではない。
しかし、それは俺ではなく、月影の忍の方である。
「……な、ぜ」
吐血しながら、疑問の声をあげる。
不可視の攻撃で、対処のしようはなかった。そのはずで、それは敵も理解している。
だからこそ、慢心し何も警戒しなかった。俺が張り巡らした罠を。
目には目を歯には歯を、そして不可視の攻撃には不可視の攻撃を。
俺がこの空間に来て、最初に放った魔法、それは『治癒』ではなく、『幻想空間』。
全てが幻想で偽りの世界を生み出す魔法。敵が刺していたのは俺ではなく、自分自身。
「……このままで、終わる…のか。月華の秘術――禁呪・『死者の新月』」
辺りは光に包まれ、白い視界が広がる。
地面は揺れ、死者の叫びが鳴り響く。地中から出てきたのは命のない亡者。
痩せ細った体がほとんどで、不気味な声を鳴らし続ける。
「最後の最後にまた厄介な事を」
月影の忍はすでに絶命しており、最後の置き土産に死者の軍勢ということだ。
亡者は数千を超え、生半可な魔法では倒しきれない。
それに加え、死者の軍勢の奥、そこに一人こちらを監視する強者が一人。その対処も必須。
⦅皆、聞こえているか。至急、月に来て欲しい⦆
ならば、取るべき手段はただ一つ。配下を呼ぶまで。
⦅月!? どこに行ってるのよ!⦆
凛のもっともなツッコミが入る。
いきなり、月に居ると言われたら無理もない。
⦅事情は後だ。目の前の敵を倒すのに協力して欲しい⦆
死者の軍勢はその場に立ち尽くすだけで動きは一切ない。
後ろにいる強者が指導者なのか、こちらを窺っているだけで沈黙が続く。
途端、一本の矢が目で捉えられない程の速さで迫り、寸前のところでそれを防ぐ。
それは遥か遠くから、奥の強者から放たれた矢であった。
それはこちらを誘っているのか、それともただの奇襲なのかは分からない。
だが、どちらにせよ、このままここにいるのではまた矢が放たれるだろう。
だから、近くまで転移する。
「やっと来たか。待ちわびたぞ。俺は『月蝕の弓』、退屈凌ぎにはなってくれよ」
男は弓を構え、放つ。放たれた矢は正面から、否、全方位から。それを魔法障壁で全て防ぐ。
すかさず、男は俺の合間に入り、掌を向け、腹辺りにあてて来る。
そこから放たれるは想像を絶する程の衝撃。それが、俺を思いっきり吹っ飛ばし、最初に居た地点よりも後ろの方まで吹っ飛ばされる。
そして追撃するように五本の弓が飛んでくる。
防ぐ暇もなく、五本全て命中し、そこから血が流れ出る。
「これは、少々、まずいな」
先程から治癒しても、治る気配が一向にない。寧ろ、傷口は広がっていくばかり。
これも何かしらの能力なのかもしれない。
「すまない。少し、遅れてしまった」
その声と同時に傷が癒されていく。俺の魔法でも治せなかったその傷はいとも容易く消え失せ、矢は消滅したいた。
現れたのは蒼月の医者。
「まさか、彼らが寝返ってたとは知らずに迷惑をかけてしまった」
「そのくらい問題ない」
問題となるのは謎の衝撃波と不可思議な矢。
それらを搔い潜らなければ、倒すことは出来ないだろう。
「なんだ、もう帰って来たのかよ。蒼月」
男は不敵な笑みを浮かべ、真っ赤な外套を外す。
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