49 個人面談
久々の投稿になってしまいました。
すみません。
教室に入ると、既にざわざわとした朝の空気が満ちていた。冬の低い陽射しが窓から差し込み、机の上に長く影を落としている。
席にカバンを置き、上着を椅子の背に掛けた瞬間――
「やっと来たな、ノエル」
低めの声が背中にかかった。振り返れば、短く整えられた金髪が朝の光を受けて輝いているイザベルが、肘を机につきながらこちらを見ていた。目つきは鋭いが、口元はどこか余裕の笑みを浮かべている。
「何だよ、朝から妙にご機嫌じゃねぇか」
「別にご機嫌じゃない。ただ、お前に伝えとくことがある」
「……なんだ?」
「今日、お前の個人面談だろ。覚えてるか?」
「あー……そういえば、そんなのあったな」
俺が気のない返事をすると、イザベルは小さく鼻で笑った。
「やっぱ忘れてたか。先生に言っとこうか? 『ノエルは昨日まで球技大会のことしか考えてませんでした』って」
「やめろ、余計なこと言うな」
そんな軽口を叩きながら、イザベルはプリントを俺の机に放った。見ると、個人面談の予定表だ。午後一番の枠に俺の名前が書かれている。
「……で、何話すんだっけ? 進路とか?」
「進路、生活態度、あと部活の話もな。お前、体育関係で色々目立ってるし」
「目立ってるって言うな」
「事実だろ」
軽く笑って、イザベルはまた前を向いた。その背中がやけに落ち着いて見える。こういうとき、こいつは妙に年上っぽく見えるからずるい。
チャイムが鳴り、授業が始まる。だが、俺の頭の片隅にはずっと「面談」という言葉が残っていた。何を言われるか、何を聞かれるか――正直、あまり気が進まない。
昼休み、弁当を食べ終えたころ、またイザベルがやってきた。
「午後一番だな。緊張してるか?」
「別に」
「そうか。じゃあ、もし泣きそうな顔して帰ってきたら、俺が慰めてやる」
「お前に慰められるくらいなら、面談で怒られたほうがマシだ」
そんなやりとりをしているうちに、昼休みは終わった。
午後の授業が終わると、イザベルが俺の名前を呼ぶ。
「ノエル、そろそろ面談の時間だ」
「……はい」
教室を出ると、廊下は夕方の光で薄く染まり、静まり返っていた。足音だけがコツコツと響く。
面談室の前まで来ると、ドア越しに先生の声が微かに聞こえてきた。どうやら前の生徒がまだ話しているらしい。
俺は壁にもたれ、窓の外に視線を向けた。グラウンドでは部活の掛け声が遠くに聞こえる。冬の空は澄み、どこか冷たくも落ち着く色をしていた。
――さて、何を話すことになるやら。
小さく息を吐き、順番を待った。
「――じゃあ、藤條くん、入って」
前の生徒が出ていくのを待ってから、俺は面談室に足を踏み入れた。
中は暖房が効いていて、冬の冷たい空気から解放される。机の向こう側には担任の片山先生が座っていて、柔らかい笑みを浮かべていた。肩までの髪をきちんとまとめ、落ち着いた雰囲気の人だ。
「はい、そこにどうぞ」
言われるまま椅子に腰を下ろす。片山先生は手元の資料をめくりながら、俺の成績表に目を通していた。
「まず成績ね……主要科目は平均より少し上、体育と実技は突出してるわね」
「悪いことじゃないですよね?」
「もちろん。ただ、このまま伸ばせば、進学や将来にも使える武器になるわ。スポーツ推薦の話も来ているし」
俺は少しだけ視線を伏せた。
進路なんて、今はまだ具体的に考えていない。少なくとも、「藤條悠太」としての人生では。俺が“ノエル”であることを知っているのは、イザベルと鈴花、かぐやの3人だけ。
片山先生を含む、他の全員にとってはただの一生徒だ。
「生活態度は……特に問題なし。ただ――」
先生が顔を上げて、意味ありげに言葉を切った。
「最近、女子生徒との交流が多いみたいね?」
「それ、ダメですか?」
「ダメじゃないけど……噂はあっという間に広がるものよ。気をつけなさい」
苦笑で返そうとした、その時だった。
コン、コン、と軽やかなノック音が響く。
「失礼します」
落ち着いた低い声と共にドアが開き、背の高い人物が現れた。
視線が合った瞬間、俺の中に既視感が走る。――この人は、以前、一度だけ会っている。あの時も同じように、空気を一瞬で変える存在感を放っていた。
片山先生が少し驚いた様子で立ち上がる。
「え……どうぞ、中へ」
その人物は短く礼をして、俺と先生の間に視線を送った。
黒髪をきっちりと整え、深い色のスーツを纏ったその姿は、理性的で隙がない。名前はまだ知らないが、この人がこの学校の理事長であることは間違いない。
「少し、この生徒と話をしてもよろしいですか?」
「……はい。ただ、今は面談中ですので」
「承知しています。ですが、今このタイミングが良いと思いまして」
その眼差しが、真っすぐに俺を射抜く。
俺は、目を逸らさなかった。逸らせなかった。
理事長はゆっくりと室内に足を踏み入れ、俺の正面に腰を下ろす。
「久しぶりだね。藤條悠太君」
低く響く声に、俺は小さく息を呑んだ。
――この人、一体俺に何を話そうとしているんだ。
「それで、何の用でしょうか?」
俺は慎重に言葉を選び、言葉を綴る。
前会った時から思っていたが、理事長から滲み出るオーラは只者ではない。
「話して置きたいことがあるからね。片山先生、少し席を外して貰っていいかな」
「あ、はい、わかりました」
この場に残ったのは俺と理事長の二人。
その場に緊張が走った。




