04 魔界の四天王
藤條悠太の心の中にて——
「今日も友達が作れなかった。どうすれば友達が作れるのだ?」
学校に通って数日が経ったが、未だに友達が出来なかった。
最初の頃こそ、友達なんて必要ないと思っていた。しかし、時間が経つにつれて、次第に心の中でその思いが変わり始めていた。
特に、家で母親が心配そうにしている様子を見ると、少しだけその気持ちが芽生える。
「口調を変えた方がいいんじゃないかな?」
ある日、ふと思った。自分の口調が周囲にどう映っているのか、意識することが少なかった。しかし、今更ながらその点について気にしてみることにした。
「口調か? 今の口調では何がいけないのだ?」
反論しつつも、どこか自分の無自覚さを感じた。
冷静になって考えれば、これまでの言動が少し強すぎたかもしれない。確かに、前の世界でも配下はいたが、友達というものは作ったことがなかった。ふと、疑問が湧く。
「……なんというか、生意気っぽい」
その言葉に、少し心が刺さる。
生意気、か。自己紹介で言われたことも、今になって思い返すと、どうやらその通りだったのかもしれない。だが、それが自分のどこに問題を感じさせるのか、全く理解できなかった。
「今日は試練を受けてもらう」
突然、耳元に声が響いた。それは物語の神の声だ。
これから何か大きなことが起きる予感がした。
恐らく、また面倒なことを押し付けてくるに違いない。
「そうだ! 悠太、今日は俺の世界の魔法の話でもするか」
その声を無視して、俺はつぶやいた。
「なっ! 無視をするでないっ!!」
うるさいな。
どうせつまらぬ話でもしてきたのだろうと、軽く流してしまう。しかし、物語の神はさらに声を張り上げてきた。
「まあいい。今日はお前たち二人に試練を受けてもらう。ここで負ければゲームへの参加権は無くなり、ゲームオーバーだ」
試練か。
それならば、これもまたどうせ乗り越えなければならないものだろう。
最終的にはサバイバルが続くのだろうから、こんな試練は無駄に思えてならない。
「ルールは簡単。お前達二人のどちらかが実技試験に出場する。実技試験の内容は決闘。三人勝ち抜けば合格だ」
シンプルだ。しかし、どこかに裏がありそうな予感がした。
簡単すぎるルールは、しばしば罠のように感じるものだ。
「では、俺が出よう」
その言葉を口にした瞬間、俺の背後に一本の道が現れた。
薄暗い通路の先に、まばゆい光が見える。おそらく、その先が試練の会場となっているのだろう。
「どんな手段を使っても良い。他に質問はあるか?」
「特にない」
答えると、すぐに物語の神が口を開く。
「では、健闘を祈る」
その言葉とともに、俺は道を進み始める。通路は薄暗く、石畳が続く。しかし、光に向かうごとに少しずつその不安が和らいでいく気がした。
やがて光に包まれると、目の前には広大な闘技場が現れた。
観客席があるものの、そこには誰一人としていない。まるで、戦いの始まりを待っているかのように、静寂が支配していた。
「よう。また会ったなぁ」
その声で振り返ると、反対側には金髪の男が立っていた。先日、サイコロのゲームで軽くあしらったあの男だ。
ふむ。こんな奴が相手なら、準備運動にもならないだろう。
「お前ぇ、聞いてんのか、ああっ?」
無視して数歩前に進むと、突然、後ろにあった通路が消えてしまった。気づけば、俺は完全にこの闘技場に閉じ込められていた。
「退路が塞がれたのが、そんなに心配か? ここで負けを認めれば、痛い目にはさせねぇよ」
男は得意げに言ったが、俺はただ冷ややかな視線を向けただけだった。
「先日のことをどうやら忘れているようだな。貴様が俺に勝つことは、万に一つもない」
その言葉に男は舌打ちをし、目を鋭く光らせる。
やれやれ、こんな奴に、わざわざ親切に忠告してやったのに。礼儀を知らないとは、このことだ。
それとも、力の差がまだ分かっていないのか?
「言っとくがな、この前のサイコロのゲームは、ここで戦わずに体力を温存して進みたかっただけだ。本気を出してはいない」
ふふっと笑いながら、俺は言った。
実際、男の手にかかるまでもなく、俺がわざと力を抑えていたことを知らないのだろう。気づいていないのは、もどかしい限りだ。
「くくく。いやいや、細工までしておいてそう粋がるな」
男は言うが、俺はそれすらも楽しんでいるような気分だった。
その後、男が剣を抜いたのを見て、冷ややかな一言を投げかける。
「名を名乗ってみろ」
「俺の名はイザベル・デュラン。魔族の四天王だ」
その名を聞いて、少しだけ懐かしい気がした。
どうやら、この男も昔の時代から来たらしいが、いったいどうしてこんなに情けない男になったのだろうか?
「勝敗はどちらかの死亡か、ギブアップの宣言によって決する」
上空から物語の神の声が響き渡り、闘技場全体を包み込んだ。
「それでは、これより実技試験を開始する!」
直後、イザベルは腰に提げた剣を抜き放ち、その刃が煌々と燃え上がった。
魔剣イグニス、それは彼の四天王としての証だという。
「驚いたかよ? 魔剣イグニス、我が四天王と恐れられた理由の一つだ。これは俺の魔力を何倍にも増幅させる」
「ふむ。貴様、本当に四天王か?」
俺は冷笑を浮かべながら言う。少しでも気を使ってやろうと思ったが、相手がこの程度なら、もう気を使う気にもならない。
「四天王ならばもっとすごい魔剣を持っているのかと思ったまでだ」
「お前に何が分かる!!」
その瞬間、イザベルが地面を蹴り、次の瞬間には目の前に現れた。だが、その速度はとても遅く、全く危険を感じない。
「死ね」
その一撃が横一閃で俺の首を狙う。だが、予想通り、俺はその攻撃を避ける必要も感じなかった。
魔剣イグニスが俺の首に触れた瞬間、その刃はただの木片のようにポキンと折れた。
「何っ!!!」
その反応を見て、俺は冷たく呟いた。
「これが魔剣か」
……これが魔剣かぁ。
――やはり、ただの道具に過ぎない。
四天王の魔剣も大したことはないな。
これでは他の四天王も弱そうだな。
神話の時代の産物と言ってはいるが、普通の剣に魔力を込めた方がよっぽど強い。
「お前! 今、何をした!?」
「ただ、立っていただけだが?」
「教えてくれないのならば、仕方がない」
何を言っているのだ? 本当にただ立っていただけだというのに。
警戒するように男は俺を睨む。
「ハンデだ。魔法を使わないでやる」
「は! ハンデなんかいらねえよ。俺はもう——」
その瞬間、イザベルが口元を押さえ、血を吐いた。赤黒い血が地面に落ちる。
「……馬鹿な! ……これは……」
四天王がこんなにも脆弱な体だとは。俺がかつて見た四天王たちなら、この程度の攻撃でこうなることはなかったはずだ。
「見えなかったか? お前の腹を殴ってここに戻って来たんだ」
多分、何か魔法を使ったとか言ってくるのだろう。だが、こんだけ弱いのなら、見えなくても当然だ。
「か、は……」
再度、俺はイザベルの腹を殴り、その手応えを感じる。イザベルは膝をつき、ぐったりと前に倒れこむ。
「ふむ。この程度で四天王と名乗れるとは随分と弱いものよ。いつの時代の四天王だ?」
「……冥府一三〇〇年、だ」
冥府一三〇〇年。なるほど、時代が変わり、争いがない平和な時代であれば、この程度でも四天王と呼ばれるのか。
「ここで一つ問題だ。史上最恐最悪と恐れられた魔王の名はなんだ?」
「……そんなの、しらねぇよ」
なっ! まさか、知らないとは。どうしても思い出せなかったのか、知らないふりをしているのか。
「俺の存在を忘れたお前には、再びその名を刻む機会を与えよう。俺こそが、世界を三つの次元に分けた魔王ノエルだ!」
「……なっ! まじかよ…………こんなん誰が勝てるんだよ」
その瞬間、イザベルの顔に浮かんでいた余裕は消え去り、代わりに絶望の色が広がった。その目は、死を恐れる者のように震えている。
「絶望の淵にいる者には、俺の力を見せてやろう。特別だぞ」
俺は魔法陣を構築し始めた。闘技場全体を包み込むような、大きな魔法陣だ。その魔法陣には、膨大な魔力が集まり、闇の中で渦を巻き始める。まるで魔力そのものが生きているかのようだ。
「俺が魔王だからと言って、恐れる必要はないぞ。殺しはしない。ただ、四天王がどれほどの力を持っているのか、確かめたいだけだ」
イザベルは完全に硬直し、目の前の魔法陣と俺を交互に見ながら、恐怖に満ちた表情を浮かべている。その体は小刻みに震えており、何も言葉が出ない。
「……た、助け、て……ください。許して……ください……」
彼はついに命乞いを始めた。命を惜しむように、震える声で助けを求めている。
「安心しろ。手加減はしてやる」
構築した魔法陣が、黒い光から白い光に変わる。その変化はまるで闇が消え去り、希望の光が広がるような感覚を与える。
「『魔花畑』」
その瞬間、闘技場は一変した。周囲が美しい花畑へと変わり、色とりどりの花々が一斉に咲き誇った。まるで夢のような光景だ。花の香りが空気に漂い、闘技場が持っていた重苦しい雰囲気がすっかり消え失せた。イザベルはその場に膝をつき、恐怖に震えながら動けずにいる。
花畑の中にいると、彼の絶望的な表情がさらに浮き彫りになり、彼の心が折れていくのが感じられた。魔王の力を感じることができないのだろう。