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43 球技大会

 球技大会が迫る中、教室では種目決めの話題で盛り上がっていた。大会ではサッカー、バスケットボール、バレーボール、卓球、ドッジボールの五種目が用意されており、各生徒は自分の出場する競技を選ばなければならなかった。


「さて、そろそろ決めるか」


 イザベルが椅子の背もたれに体重を預けながら言う。その声をきっかけに、周囲のクラスメイトたちもあれこれ相談を始めた。すでにいくつかの競技は定員が埋まりかけており、のんびりしていると希望の競技に出られなくなる可能性がある。


「ノエルはどれにする?」


 イザベルの問いかけに、俺は手元の一覧を眺めながら考え込む。サッカーやバスケのような団体競技は、個々の実力だけでなくチームワークが重要になってくる。だが俺は、シンプルな勝負の方が好ましいと感じていた。


「……そうだな」


 一覧の中から、俺は比較的個人の力量が試される競技を探し、すぐに一つの種目が目に留まった。


「卓球にしようと思う」


「お、奇遇だな。俺も卓球を考えてたんだ」


 イザベルが口角を上げながら、どこか楽しげに言う。もともと運動神経のいい彼が選ぶ競技なら、それなりに動きやすいものだろうと思っていたが、意外と俺と好みが似ていたらしい。


「じゃあ、俺たちでシングルに出ようぜ。ダブルスもあるけど、やるなら本気で勝負しよう」


「……いいだろう」


 俺たちは互いに頷き合い、卓球のシングル枠に名前を書き込んだ。


 そのとき、静かに書類を見つめるかぐやの姿が目に入った。彼女は珍しく真剣な表情を浮かべ、じっと競技一覧を見つめている。


「かぐやは何にするんだ?」


 俺が声をかけると、かぐやは少しの間沈黙した後、小さく答えた。


「バレーボールかなー」


「ほう、団体競技か」


 意外だった。彼女の性格からして、どちらかというと個人競技の方が向いていると思っていたからだ。バレーボールはチームワークが必要なスポーツだ。かぐやがそこに挑もうとしているのは、少し意外に思えた。


「お前ってバレーできるのか?」


 俺の問いかけに、かぐやは一瞬ピクリと肩を揺らした。そして、バッと俺の方を睨みつけるように振り向き、大きな声で言い放つ。


「できるわよ!!」


 その表情には自信と、それ以上に『バカにされたくない』という感情がにじんでいた。



***



 放課後、俺は特に急ぐ理由もなく、のんびりと帰ろうとしていた。


 昇降口へ向かう廊下は、既にほとんどの生徒が帰った後らしく、静まり返っている。

 窓から差し込む夕日が長く伸びた影を作り、廊下の端の方に小さな人影がぽつんと佇んでいるのが目に入った。


 ――鈴花だ。


 水色の髪が茜色の光を帯びて、どこか儚げに揺れている。

 窓の外をぼんやりと見つめている彼女の様子は、何かを考えているようにも、ただそこにいるだけのようにも見えた。


「……鈴花?」


 俺が声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。


「……師匠」


 久しぶりに聞くその呼び方。

 相変わらず感情の起伏が少ない声だが、何となく今日はいつもより抑揚が薄い気がする。


「どうした? まだ残ってたのか」


「……うん」


 鈴花は視線を少し落とし、何かを言おうとしたようだが、結局言葉を飲み込んだ。


 ……珍しいな。こいつが言葉に詰まるなんて。


「何かあったのか?」


 俺が訊ねると、鈴花はわずかに口を開け、迷うような沈黙の後、ぽつりと答えた。


「……バレーボール」


「バレーボール?」


 唐突に出てきた単語に、思わず首を傾げる。


「出る……ことになった」


「お前が?」


 鈴花は運動が苦手ではないが、積極的に競技に出るタイプではない。

 特に団体競技には興味がなさそうだったはずだが――。


「無理やり、じゃない……けど……気づいたら……」


 鈴花は小さく眉を寄せ、俯いた。


「……かぐやか?」


 俺が尋ねると、彼女はゆっくりと頷いた。


 やはりな。かぐやが何か仕掛けたのだろう。


「嫌なら断ればよかったんじゃないのか?」


 俺の問いに、鈴花は一瞬だけ沈黙した後、静かに呟いた。


「……少し、興味があったから」


 意外な答えだった。

 こいつが自分から何かに興味を示すことは珍しい。


「ふうん……なら、頑張れよ」


「……うん」


 鈴花はこくりと頷き、そっと俺を見上げた。


「師匠は?」


「俺は卓球に出る」


「……そう」


 それだけ言うと、鈴花は再びゆっくりと歩き出し、俺の隣を静かに通り過ぎた。

 小さな背中が、夕日に染まりながら遠ざかっていく。


 ――こいつが、自分の意志で何かをやろうとしているのなら、それは悪いことじゃない。


 俺はそんなことを思いながら、彼女の背中を見送った。

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