表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/55

40 三学期

 冬休みが明け、三学期が始まった。

 二週間の休みというのは意外と長いもので、いつもの通学路が懐かしく感じる。


「おはようございます、師匠」


 久々に淡々とした声で『師匠』というあだ名を聞いた。

 後ろを振り返れば、水色の髪をした少女、鈴花がいた。


「ああ、おはよう」


 鈴花は相変わらずの無表情で、歩調を合わせるように俺の隣へと並んだ。

 彼女とは部活の関係でよく話すが、学校が休みの間は連絡を取ることもなかった。こうして並んで歩くのも久しぶりだ。


「冬休みはどうだった?」


 俺が何気なく尋ねると、鈴花は少し考える素振りを見せた後、ぽつりと答えた。


「……特に変わりはありませんでした」


 それは鈴花らしいと言えばらしい答えだった。


「師匠は?」


「まあ、適当に過ごしたよ。ダラダラしたり、ちょっと勉強したり……」


「……師匠が勉強を?」


 鈴花がわずかに目を見開く。


「そこに驚くのかよ」


「はい。師匠は基本的に勉強は後回しにするタイプかと」


「お前、俺のことをなんだと思ってるんだ……」


 俺が苦笑すると、鈴花は「事実です」と淡々と返す。


 そうこうしているうちに、校門が見えてきた。

 冬の冷たい空気に混じる、どこか懐かしい学校の匂い。

 ああ、またここでの生活が始まるんだなと実感する。


「今年もよろしく、鈴花」


 俺がそう言うと、鈴花はこくりと頷いた。


「はい。今年も、師匠にはしっかり指導してもらいます」


「……お手柔らかにな」


 俺は肩をすくめながら、再び学校の門をくぐった。



***



 教室に入れば、何人かがもう既にいた。

 自分の席に着こうとすると、後ろの方から声が聞こえた。


「よう、ノエル」


 金髪の髪をした男、イザベルだ。

 彼は椅子の背もたれに腕をかけ、リラックスした様子で俺を見ていた。

 その口元にはいつもの余裕そうな笑みが浮かんでいる。


「久しぶりだな、イザベル」


 俺が席に座ると、イザベルは椅子を少し引いて俺の方に寄ってきた。


「冬休み、どうしてたんだ? お前、全然連絡よこさねえし」


「特に何もしてなかったよ。まあ、ちょっとは外に出たけどな」


「ふーん? 怪しいな」


 イザベルが俺の顔を覗き込むようにして、ニヤリと笑う。


「どうせまた、なんか変なことに首突っ込んでたんじゃねえの?」


「そんなことはない」


「ほんとかよ?」


 疑わしそうに目を細めるイザベルに、俺は適当に肩をすくめてやる。

 まあ、実際には色々あったが、話すと面倒になりそうだった。


「まあいいや。今度また遊びに行こうぜ。冬休み中に新しい店見つけたんだよ」


「へえ、どんな店なんだ?」


「いい感じのカフェだぜ。お前も気に入ると思う」


 イザベルは楽しげに言う。

 そういえば、こいつは妙にカフェに詳しいんだったな。


「考えとくよ」


「おう、絶対来いよ?」


 そう言って、イザベルは満足げに笑った。

 俺は少しだけため息をつきながらも、こうして他愛ない会話ができることに、なんとなく安堵していた。


「おはよう」


 イザベルと話しているともう一人、かぐやが教室にやってきた。

 かぐやはいつものように落ち着いた表情で教室に入ってきた。

 艶やかな黒髪がさらりと揺れ、清楚な雰囲気を纏っている。


「おはよう、かぐや」


 俺がそう言うと、彼女は微かに微笑みながら俺の隣の席に座る。

 すると、イザベルが俺とかぐやを見比べて、ニヤニヤと笑った。


「へえ、お前ら随分仲良さそうじゃねえか」


「別に普通だろ」


「いやいや、そんなことねえって。なんつーか、雰囲気が違うっつーか……冬休みに何かあったか?」


 イザベルは肘をつきながら、じっとかぐやを見つめる。

 かぐやは特に動じることなく、淡々とした口調で言った。


「私とノエルはただのクラスメイトよ。あなたが思っているような関係ではないわ」


「そーかそーか。ま、そういうことにしといてやるよ」


 イザベルは肩をすくめながら、それ以上は突っ込まなかったが、まだ何か言いたそうな顔をしていた。

 そんな彼を無視しつつ、俺はかぐやに目を向ける。


「冬休みはどうだった?」


「特に変わったことはなかったわ。けれど、あなたの方が忙しかったんじゃない?」


 かぐやの鋭い視線が俺を射抜く。

 まるで、俺が何か隠し事をしているのを見透かしているかのようだった。


「別に、大したことはしてないさ」


「そう。ならいいけれど……」


 かぐやはどこか意味ありげに俺を見つめた後、小さく息を吐いた。


 イザベルはそんなやり取りを見て、「やっぱり怪しいな」と小声で呟くが、俺は気にしないふりをした。


 俺の問いかけに、理事長は穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 その仕草には、まるで全てを見透かしているかのような余裕があった。


「やはり、そう聞くか。……まあ、当然だな」


 彼は軽く頷くと、指先で机の上をトントンと叩いた。


「君がすでに気づいているかもしれないが、私はただの学校の理事長ではない。

 だが、それを知ったところで、君にとって大きな意味があるかどうかは分からないな」


「はぐらかさないでくださいよ。あなたは俺のことをよく知っているみたいですが、

 俺の方はあなたのことをほとんど知らないんですから」


 俺は理事長を真っ直ぐに見据えた。

 彼はしばらく俺を観察するように沈黙を保っていたが、やがて静かに口を開いた。


「そうだな……少しだけ教えてやろう」


 彼は背もたれに寄りかかり、静かに語り始めた。


「私は“門を見守る者”の一人だ」


「門……?」


「ああ。この世界と、もう一つの世界を繋ぐ『門』だよ」


 俺の眉がわずかに動く。

 理事長は俺の反応を見て、微笑を深めた。


「君がどこまで知っているかは分からないが、この世界と異世界の境界は厳密に存在するものではなく、

ある条件が揃えば行き来が可能となる。だが、それを無秩序に許せば混乱を招く。だからこそ、我々のような者が必要になるのさ」


「……つまり、あなたはその境界を監視している立場ってことですか?」


「端的に言えば、そうなるな」


 理事長は静かに頷いた。

 彼の言葉を反芻しながら、俺は一つの可能性に思い至る。


「……俺をこの世界に呼んだのは、あなたですか?」


 俺の問いに、理事長はわずかに表情を曇らせた。


「それは違う」


 即答だった。


「私はただ、門の動きを監視しているだけだ。君がこの世界に来た理由については、私も完全には把握していない。だが、一つだけ確実なことがある」


 理事長は俺の目をしっかりと見つめ、低く言い放った。


「君は“選ばれた”のだよ」


 その言葉の重みが、じわりと俺の胸に染み渡る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ