40 三学期
冬休みが明け、三学期が始まった。
二週間の休みというのは意外と長いもので、いつもの通学路が懐かしく感じる。
「おはようございます、師匠」
久々に淡々とした声で『師匠』というあだ名を聞いた。
後ろを振り返れば、水色の髪をした少女、鈴花がいた。
「ああ、おはよう」
鈴花は相変わらずの無表情で、歩調を合わせるように俺の隣へと並んだ。
彼女とは部活の関係でよく話すが、学校が休みの間は連絡を取ることもなかった。こうして並んで歩くのも久しぶりだ。
「冬休みはどうだった?」
俺が何気なく尋ねると、鈴花は少し考える素振りを見せた後、ぽつりと答えた。
「……特に変わりはありませんでした」
それは鈴花らしいと言えばらしい答えだった。
「師匠は?」
「まあ、適当に過ごしたよ。ダラダラしたり、ちょっと勉強したり……」
「……師匠が勉強を?」
鈴花がわずかに目を見開く。
「そこに驚くのかよ」
「はい。師匠は基本的に勉強は後回しにするタイプかと」
「お前、俺のことをなんだと思ってるんだ……」
俺が苦笑すると、鈴花は「事実です」と淡々と返す。
そうこうしているうちに、校門が見えてきた。
冬の冷たい空気に混じる、どこか懐かしい学校の匂い。
ああ、またここでの生活が始まるんだなと実感する。
「今年もよろしく、鈴花」
俺がそう言うと、鈴花はこくりと頷いた。
「はい。今年も、師匠にはしっかり指導してもらいます」
「……お手柔らかにな」
俺は肩をすくめながら、再び学校の門をくぐった。
***
教室に入れば、何人かがもう既にいた。
自分の席に着こうとすると、後ろの方から声が聞こえた。
「よう、ノエル」
金髪の髪をした男、イザベルだ。
彼は椅子の背もたれに腕をかけ、リラックスした様子で俺を見ていた。
その口元にはいつもの余裕そうな笑みが浮かんでいる。
「久しぶりだな、イザベル」
俺が席に座ると、イザベルは椅子を少し引いて俺の方に寄ってきた。
「冬休み、どうしてたんだ? お前、全然連絡よこさねえし」
「特に何もしてなかったよ。まあ、ちょっとは外に出たけどな」
「ふーん? 怪しいな」
イザベルが俺の顔を覗き込むようにして、ニヤリと笑う。
「どうせまた、なんか変なことに首突っ込んでたんじゃねえの?」
「そんなことはない」
「ほんとかよ?」
疑わしそうに目を細めるイザベルに、俺は適当に肩をすくめてやる。
まあ、実際には色々あったが、話すと面倒になりそうだった。
「まあいいや。今度また遊びに行こうぜ。冬休み中に新しい店見つけたんだよ」
「へえ、どんな店なんだ?」
「いい感じのカフェだぜ。お前も気に入ると思う」
イザベルは楽しげに言う。
そういえば、こいつは妙にカフェに詳しいんだったな。
「考えとくよ」
「おう、絶対来いよ?」
そう言って、イザベルは満足げに笑った。
俺は少しだけため息をつきながらも、こうして他愛ない会話ができることに、なんとなく安堵していた。
「おはよう」
イザベルと話しているともう一人、かぐやが教室にやってきた。
かぐやはいつものように落ち着いた表情で教室に入ってきた。
艶やかな黒髪がさらりと揺れ、清楚な雰囲気を纏っている。
「おはよう、かぐや」
俺がそう言うと、彼女は微かに微笑みながら俺の隣の席に座る。
すると、イザベルが俺とかぐやを見比べて、ニヤニヤと笑った。
「へえ、お前ら随分仲良さそうじゃねえか」
「別に普通だろ」
「いやいや、そんなことねえって。なんつーか、雰囲気が違うっつーか……冬休みに何かあったか?」
イザベルは肘をつきながら、じっとかぐやを見つめる。
かぐやは特に動じることなく、淡々とした口調で言った。
「私とノエルはただのクラスメイトよ。あなたが思っているような関係ではないわ」
「そーかそーか。ま、そういうことにしといてやるよ」
イザベルは肩をすくめながら、それ以上は突っ込まなかったが、まだ何か言いたそうな顔をしていた。
そんな彼を無視しつつ、俺はかぐやに目を向ける。
「冬休みはどうだった?」
「特に変わったことはなかったわ。けれど、あなたの方が忙しかったんじゃない?」
かぐやの鋭い視線が俺を射抜く。
まるで、俺が何か隠し事をしているのを見透かしているかのようだった。
「別に、大したことはしてないさ」
「そう。ならいいけれど……」
かぐやはどこか意味ありげに俺を見つめた後、小さく息を吐いた。
イザベルはそんなやり取りを見て、「やっぱり怪しいな」と小声で呟くが、俺は気にしないふりをした。
俺の問いかけに、理事長は穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
その仕草には、まるで全てを見透かしているかのような余裕があった。
「やはり、そう聞くか。……まあ、当然だな」
彼は軽く頷くと、指先で机の上をトントンと叩いた。
「君がすでに気づいているかもしれないが、私はただの学校の理事長ではない。
だが、それを知ったところで、君にとって大きな意味があるかどうかは分からないな」
「はぐらかさないでくださいよ。あなたは俺のことをよく知っているみたいですが、
俺の方はあなたのことをほとんど知らないんですから」
俺は理事長を真っ直ぐに見据えた。
彼はしばらく俺を観察するように沈黙を保っていたが、やがて静かに口を開いた。
「そうだな……少しだけ教えてやろう」
彼は背もたれに寄りかかり、静かに語り始めた。
「私は“門を見守る者”の一人だ」
「門……?」
「ああ。この世界と、もう一つの世界を繋ぐ『門』だよ」
俺の眉がわずかに動く。
理事長は俺の反応を見て、微笑を深めた。
「君がどこまで知っているかは分からないが、この世界と異世界の境界は厳密に存在するものではなく、
ある条件が揃えば行き来が可能となる。だが、それを無秩序に許せば混乱を招く。だからこそ、我々のような者が必要になるのさ」
「……つまり、あなたはその境界を監視している立場ってことですか?」
「端的に言えば、そうなるな」
理事長は静かに頷いた。
彼の言葉を反芻しながら、俺は一つの可能性に思い至る。
「……俺をこの世界に呼んだのは、あなたですか?」
俺の問いに、理事長はわずかに表情を曇らせた。
「それは違う」
即答だった。
「私はただ、門の動きを監視しているだけだ。君がこの世界に来た理由については、私も完全には把握していない。だが、一つだけ確実なことがある」
理事長は俺の目をしっかりと見つめ、低く言い放った。
「君は“選ばれた”のだよ」
その言葉の重みが、じわりと俺の胸に染み渡る。




