39 蓬莱の力
造の体が光に包まれ、消えていく――そう思った瞬間、彼の輪郭が淡く光を帯びながら、ゆっくりと地面に降り立った。
「……?」
かぐやが小さく息を呑み、驚いた表情で造を見つめる。俺もまた、完全に消え去るはずだった彼がまだここにいることに違和感を覚えた。
造はしばらくの間、じっと自分の手を見つめていた。震える指先を開いたり閉じたりしながら、何かを確かめるように。
「お父様……?」
かぐやが恐る恐る声をかけると、造はゆっくりと目を上げた。その瞳には、驚きと戸惑い、そして微かな諦念が浮かんでいた。
「……やはり、そう簡単には逝けぬか……」
乾いた笑いが漏れ、彼は拳をぎゅっと握りしめる。その手は確かに、血が通い、生気を帯びていた。まるで死の淵から引き戻されたかのように。
「どういうことだ?」
俺が問いかけると、造はゆっくりと目を伏せ、静かに語り始めた。
「……儂はかつて、ある時に『蓬莱の力』を口にしたことがある」
その言葉に、かぐやが息をのむ。
「蓬莱の力……まさか、不老不死の源とされる、あの伝説の?」
造は深く頷く。
「とはいえ、儂が口にしたのはほんの一滴に過ぎん。それでも、儂の寿命は異常なほどに引き延ばされた」
「……だから、お父様は……」
かぐやが何かを悟ったように、ぎゅっと両手を握りしめる。
「……あの時、帝にかぐやを嫁がせた後、儂は生きる意味を見失った。時が経つほどに心は衰え、体はただ無意味に長く生き続けるだけとなったのじゃ」
造の声には、深い悲しみが滲んでいた。
「死にたくても、死ねなかったのか」
俺が静かに問いかけると、造は薄く笑う。
「その通りじゃ。寿命が尽きることなく、ただ時間だけが過ぎ去る。かぐやと会えぬまま、何もできずに生き続けるのは……地獄じゃった」
かぐやは静かに目を伏せた。
「……お父様、ごめんなさい」
その小さな声に、造はすぐに首を横に振る。
「謝ることはない。お主は何も悪くない。ただ、儂はお主の幸せを願っていただけなのだからな」
造の瞳には、かぐやへの変わらぬ愛情が滲んでいた。
しばしの沈黙の後、俺は口を開く。
「つまり、完全な不老不死になるには、壺一つ分の蓬莱の力が必要。でも、お前が飲んだのはたったの一滴だった……だから、不死ではなく、ただ異常なほどの長寿を得ただけ、というわけか」
造はゆっくりと頷く。
「そうじゃ。儂はただ長く生き続けるだけの存在になった。戦っても、傷ついても、命が尽きることはない。だが、肉体が砕ければ、死ぬことはできる」
俺は顎に手を当て、考え込む。
「なら、お前を完全に解放するには、どうすればいい?」
造はしばらく考えたあと、静かに微笑む。
「……それは、儂自身が決めることじゃ。だが、今、かぐやと再び会えたことで、儂は少しだけ、生きる意味を見つけた気がする」
かぐやはそっと造の手を取る。その手は、温もりを持ち、確かにこの世界に存在していた。
「お父様……それなら、もう少しだけ、一緒にいてくれませんか?」
造は驚いた表情を見せた後、ゆっくりと微笑み、そっとかぐやの手を握り返した。
「……そうじゃな。もう少しだけ、お前のそばにおらせてもらおうか」
俺はその様子を静かに見守る。
「蓬莱の力か……」
この世界にはまだまだ、未知の力が眠っている。そう思うと、俺の中で新たな興味が湧き上がってくるのだった。
造が蓬莱の力を受けて長寿を得ていたと知り、俺の中でひとつの疑問が浮かんだ。
「お前が飲んだその一滴……どこで手に入れた?」
俺の問いに、造はしばし沈黙し、遠い過去を思い返すように瞳を閉じた。
「……あれは、かぐやを帝に嫁がせた後のことじゃった」
ゆっくりと語り始める。
「儂はもう、人生に大きな望みを持っておらなんだ。かぐやが幸せならば、それでよかった。だが、ぽっかりと空いた心の穴は埋まらず、儂はただ竹を切り、世間から身を隠すように生きておった」
かぐやは悲しそうに造を見つめていた。
「そんな時、ある日……一人の男が儂の前に現れた」
俺はその言葉に眉をひそめる。
「男……?」
造はゆっくりと頷く。
「全身を黒い衣で覆い、顔を見せぬ不気味な男じゃった。そやつは儂に『蓬莱の力』の入った小さな瓶を差し出し、こう言った」
造は深く息を吐き、低く静かな声で続けた。
「『これを飲めば、お前の望みは叶う』と」
俺の眉がわずかに動く。
「お前の望み?」
「……儂には何のことかわからなんだ。ただ、そやつの言葉には不思議な説得力があった」
造は寂しげに笑う。
「儂はただ……かぐやにもう一度会いたかった。それだけじゃった」
かぐやが切なげに目を伏せる。
「だから、飲んだのですね……」
造は苦笑した。
「その一滴が、儂を不自然な長寿へと導いた。儂の肉体は老い続けたが、寿命が尽きることはなく、ただただ長く生きるだけの存在になったのじゃ」
俺は腕を組み、思案する。
「その男……ただの人間ではないな」
造が受け取った『蓬莱の力』は、確かに本物だった。だが、その力を与えた男が一体何者なのか、それが問題だった。
蓬莱の力を持つ者――この世界で、それを扱えるのは極めて限られた存在のはずだ。
「……その男の正体、少し探ってみる価値があるな」
俺がそう呟くと、かぐやが俺を見上げた。
「……私も協力するわ。蓬莱の力のことも、お父様のことも、放っておけないから」
造は目を細め、優しく微笑む。
「かぐや……」
俺は静かに頷いた。
「よし。まずは蓬莱の力の出処を探るところから始めよう」
これが、俺たちの次なる戦いの幕開けとなるのだった。




