34 あの日、伝えたかった言葉
本日、二本投稿(^^♪
抵抗をやめた造をじっと見据えながら、俺はゆっくりと一歩ずつ彼に近づいていく。
「なぜ、俺を狙ったんだ?」
問いかける俺の声には静かな力が込められていた。だが、それでも造は顔をそむけ、頑なに口を閉ざしていた。
「お主に教える義理などないわ」
短く、冷たく、造の答えが返ってくる。その言葉には、彼の固い意志が感じられた。
それでも俺は視線を外さない。沈黙が場を支配し、時間が重たく流れる。風の音さえ聞こえない竹林の中で、ただ互いの呼吸音だけが微かに響く。
そして――その静寂を破ったのは、意外にも造の方だった。
「……仕方がない。お主には話したくはなかったが、話さねば儂を縛るつもりじゃろうからな」
彼の低い声が、どこか遠くを見つめるように響く。その瞳には、深い憎しみの色が交じっていた。それは、長い年月を経ても消えることのない感情の澱のようだった。
「儂がお主を殺そうとしたのは、お主が憎いからじゃ」
その言葉に対して、驚きはしなかった。ある程度予想していた内容だ。それでも、なぜ俺が憎いのかという理由だけは理解できなかった。
「……だが、正確にはお主そのものが憎いわけではない」
造は深く息を吐くように続ける。
「お主のその瞳が、儂が憎むべき相手のものとよく似ておったのじゃ。そやつのせいで、儂は――かぐやに会えなくなってしまった」
かぐや。その名を聞いた瞬間、造の目の奥に潜む悲しみが浮かび上がる。それは、怒りとも後悔ともつかない、言葉にできない感情が交じり合った色だった。
「お主にはすまんが、これは八つ当たりというわけじゃ」
その言葉は、重く、どこか虚ろに聞こえた。
「なるほどな……」
俺は造の言葉を一つ一つ噛みしめながら、視線をそらさず問いかける。
「それで、俺を殺せたらお前は満足するのか?」
その質問に、造は何も言わず、ただ首を横に振った。その動きは、どこか諦めにも似た重さを感じさせるものだった。
「いいや、最初からお主を殺そうとなど思ってもおらぬ。むしろ――お主に殺してもらえればよかったのじゃ」
造の声には、今までの険しさや怒りは微塵も感じられなかった。ただ虚しさだけが残っていた。
「お主を殺すと言ったのも、本気でやり合えば儂は死ぬと思ったからじゃ。それでこの結果じゃ。みっともない話よ」
彼は一度ため息をつき、少しだけ間を置いた。そして、弱々しくも真剣な眼差しで俺を見つめる。
「……少し、儂の話を聞いてもらえないか?」
造の瞳にはもはや憎しみの色は見られなかった。代わりに、深い哀しみと後悔が滲んでいた。
「儂には妻がおった。共に静かな暮らしをしておったよ。竹を取って、それを売って、ささやかな日々を楽しんでいたのじゃ。それが、あの日――竹を取っている最中に、偶然赤子を見つけた」
造の瞳が少しだけ柔らかくなる。その赤子がかぐやであったことは、彼の声からすぐに分かった。
「それがかぐやじゃ。儂は妻と一緒に、かぐやを我が子のように可愛がった」
造の唇が微かに震えた。その表情は、懐かしい記憶を思い出す幸せと、そこから遠ざかってしまった悲しみが入り混じっていた。
「その頃の暮らしは……天国のようじゃったよ」
彼の瞳には薄く涙が浮かんでいたが、それをぬぐおうとはしなかった。
「やがて、かぐやは成長し、美しくなった。世間でも有名になり、儂はこう思ったのじゃ――この子を幸せにするために結婚相手を見つけようと」
造の声には、かつて抱いていた親心が滲んでいた。その後の話を続けるたび、彼の声は徐々に震え始める。
「そうして、結婚相手を探し、かぐやは帝と結婚した。儂は心の底から喜んだ。我が子のように育ててきたかぐやが幸せそうにしておったのじゃ」
造の瞳が遠くを見つめる。その先には、もう戻らない過去が広がっているかのようだった。
「帝はかぐやを溺愛し、かぐやもまた、帝にべた惚れじゃった。そして……年が経つにつれ、かぐやは儂に顔を見せる回数が減っていった」
彼の声が一瞬詰まる。そして、沈黙を挟んでから、再び口を開いた。
「儂がかぐやと会ったのは、前世で儂が死ぬ一年前。それが最後じゃった。儂は子離れもできぬ未熟者なのじゃ」
造は自嘲気味に笑った。しかし、その笑みは儚く、すぐに消えてしまう。
「それ故に――帝を憎んでしまったのじゃ。心のどこかで、帝がかぐやを奪ったと思ってしまった」
言葉の端々には、彼の中で整理しきれていない感情がにじみ出ていた。
「……儂は、最後に一度でいい。もう一度、かぐやに会いたかったのじゃ。たった一目でいい。死ぬ寸前でいいから……」
造の頬を涙が伝う。絞り出すような声は、彼の苦しみと後悔をそのまま言葉にしていた。
「儂はもうじき寿命で死んでしまう。この体も、この思いも、何もかも無意味じゃ。もう儂の願いも、何一つかなわぬ……」
その姿は、先ほどまで敵意に満ちていた男とは思えないほど小さく、儚いものに見えた。
「かぐやはまだ生きているぞ。」
その言葉に、造の表情が微かに揺れた。
「……それは知っておる。」
造は力なくそう答える。その声には、どうしようもない現実を受け入れているような諦めが滲んでいた。
「だが、月の者がそれを許さないのじゃ。」
造の目は遠くを見つめる。そこには、何度も思い描き、そして打ち砕かれた願いが浮かび上がっているようだった。
「ならば、俺がお前の夢を叶えてやる。」
そう言いながら、俺は造に巻き付いていた赤い鎖を解いた。そして、彼に手を差し伸べる。
造は驚いたように目を見開くが、その視線の奥には困惑が混じっている。
俺はこの老人の姿に、かつての親友とも呼べる剣聖の面影を重ねていたのかもしれない。愛する者を想い続け、ただその幸せを願う――その姿はどこか懐かしく、胸に温かさを与えた。
「無理じゃ。」
造は俺の手を見つめながら、深いため息をついた。
「奴らは強い。それだけではない。数も多いのじゃ。お主の心遣いには感謝しておる。だが、儂の願いは儚い夢に過ぎん。……それでも、もしできるなら、かぐやに伝えてくれぬか――儂はお前の幸せを願っている、と。」
その声には、本心からの祈りが込められていた。だが、同時にそれが叶わない願いだと諦めている響きもあった。
「無理な話だな。」
俺は毅然とした声で返す。
「それを伝えたいのなら、本人に直接伝えることだ。」
造が驚いたように顔を上げる。だが、俺は動じることなく言葉を続けた。
「俺は魔王だ。どれだけ無謀だろうと、それを覆してみせる。それが俺だ。」
俺は一歩、造に近づき、強く言い放った。
「お前の願い――それを叶えるのが俺の仕事だ。だから、安心して俺に任せろ。」
造はしばらくの間、呆然としたままだったが、やがて目を伏せた。そして、微かに震える声で言った。
「……儂の命、どう使っても構わん。お主がそこまで言うなら、信じるしかあるまい。」
その言葉には、かすかな希望と、再び動き出す決意が込められていた。
次回の更新は二週間後となります。
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