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閑話 魔王と剣聖

 外は暗く、吹雪の中で一人、歩いている者がいた。

 太陽のように燃え上がる赤い髪の毛は一つに束ねられ、その漆黒の瞳は人を寄せ付けないほどのオーラを出していた。

 ただひたすらに歩き続けているだけで、周囲の魔物は逃げていき、存在するだけで全ての者から遠ざけられていた。それ故に孤独であった。


 その者には名がない。物心ついた時から既に山の中で一人ぼっちであった。

 両親に見捨てられたのか、いなくなったのかは分からない。

 それでも彼女は一生懸命生き抜き、身を守るためにひたすらに木刀を振り続けた。

 例え、手が痛くても、病気であったとしても、吹雪の中だとしてもひたすらに振り続けた。そうすることで自分自身の生きる意味を見出していた。


 いつしか彼女は剣聖と呼ばれるようになった。

 どんな魔物が襲ってきても、一秒も満たずに一刀両断されている。どんだけの軍勢が攻めてきたも、一瞬にして全て吹き飛ばす。

 もちろん、奇襲も意味をなさない。


 だが、彼女はそれでも自分に厳しく、ひたすらに剣を振り続けた。

 そして今日も、誰もいない山奥で一人、ひたすらに剣を振る。


 彼女は背後に気配を感じた。それも強者の気配だ。


「邪魔だったか?」


 彼女は剣を振るうのをやめ、後ろを振り返った。

 彼女の目に入ったのは白髪のロングヘアに赤い瞳の少年だ。まだ子供なはずなのだが、場違いの魔力を纏っている。


「いえ。それで何の用でしょうか」


「剣聖の腕前を見に来ただけだ」


 少年は彼女をじっと見つめる。

 ここにいるのは二人の強者、それ故この場の空気は非常に重たい。


「あなたが噂の魔王ノエルですか?」


 彼女は少年に向かって言った。


「ああ、良く分かったな」


「それで本当は何の用でいらっしゃたのでしょうか」


 彼女はノエルに問うた。

 そしてその真意を確かめるかのように見つめる。


「俺の配下にならないか?」


 それは彼女にとって予想外の回答だった。

 ただひたすらに剣を振り続けた彼女を雇う者などいるはずもないと考えていたのだ。


「いえ。私はただ剣を振る事が生きがい。誰かに仕えるなど考えたこともありません」


 それでも彼女はノエルの申し出を綺麗さっぱり断った。

 それほど彼女は剣を振る事に恋焦がれていたのだ。


「そうか。ならば、俺と勝負してくれ」


 彼女は黙り込む。

 例え魔王だからと言って、子供とやり合うのは大人げないことだ。人間と魔族、しかし彼女にとってはどうでもいいことだ。

 彼女にとって人間も魔族も何も変わらない。

 だから、彼女は魔族の子供も人間の子供と同じように無力であると考えている。


「いいでしょう」


 それでも彼女はノエルの申し出を受けた。

 この吹雪の中、せっかくここまで来てくれたのだ。勝負くらいは受けてやらないと可哀想だと思ったのだろう。


「じゃあ、行くぞ!」


 ノエルは空に十個の魔法陣を構築する。

 そこに魔力が流れ込み、魔法陣が光り出す。


「いつでもどうぞ」


 彼女は余裕な口ぶりで返答した。何も構えずに。

 実際、彼女にとってはまだ構えすらいらない余裕の範疇なのだろう。


 ノエルの構築した魔法陣から自分のからだくらいの大きさの炎の玉が放たれる。

 魔法をまともに扱えない彼女がこの炎の玉に直撃してしまえば、確実に死んでしまう。かといって、避ければ森は火の海となる。

 この吹雪の中、まともに姿形は見えない。


 そんな中、彼女はゆっくりと木刀を上で構える。

 焦りも何も感じさせない、完璧な構えであった。

 そして、木刀をゆっくりと下に下ろす。否、振る速度が速すぎてゆっくり振っているように見えるだけだ。

 次の瞬間にはノエルの放った炎の玉が全て散っていた。


 今の一振りで何回も炎の玉を切り刻んでいた。それは常人には決して辿り着くことの出来ない剣の極み。

 剣聖たる彼女はその剣の極みに辿り着き、孤独となった。


 はずであった。


 気が付けば、彼女の木刀は折れていた。

 彼女には分からなかった。なぜ木刀が折れたのかを。

 今まで一度たりとも真剣はおろか木刀も折られたことがなかった。

 今この瞬間、彼女の孤独も木刀と一緒に折られたのだ。


「私の負けでございます」


 木刀を手放した彼女はノエルに敗北宣言をした。

 これが彼女にとっての初めての敗北であり、最後の敗北でもある、たった一度きりの敗北だ。


「まだ勝負はついていないぞ」


「いえ。木刀が折れました。子ども相手に木刀が折られるなど敗北も同然でございます」


 真剣を使えば、ノエルには勝てただろう。だが、彼女もそこまでして勝敗にこだわることはなかった。

 そしてこんな子供に孤独という呪縛から彼女の心は救われたのだ。

 そんな相手と戦う必要はあるのだろうか、いや決してない。


「お前の名前は何だ?」


 その一言に彼女は困惑した。

 名前を聞かれたことなど人生で一度もなかった。そして、彼女には名前がない。


「名前はありません」


 ノエルは少し考え込む。


「…シア」


「はい?」


「お前の名前は今日からセレシアだ」


 彼女は膝から崩れ落ち、その漆黒の瞳から涙が溢れた。

 今までの苦労と悲しみが今この瞬間に全て出し切るくらいに。

 それほど彼女にとってノエルの言葉が心に刺さったのだ。

 それもそのはず、剣を振り続けた彼女を雇ってくれようとし、彼女の木刀を折り孤独から解放してくれ、名前まで付けてくれたのだ。

 これ以上に嬉しいことはない。


 吹雪の中、彼女はひたすらに泣き続ける。

 そんな彼女を気遣ってか、ノエルはそっと彼女を抱きしめた。


「苦しかったか?」


「…うん」


「辛かったか?」


「…うん」


「俺がお前を救ってやる。だから、俺にお前の力を貸してくれ」


「…ありが、とう」


 まるで子供のころに戻ったかのように彼女はひたすらに泣き続けた。

 ノエルの胸を借り、今までの孤独が埋まるまで。

 彼女は泣きながらも言葉を紡ぐ。


「……本当は私、もっと人と話したかった。家族と過ごしたかった。友達が欲しかった。可愛い服も来てみたかった。恋もしてみたかった…」


 ノエルは彼女の言葉に丁寧に相槌を打った。

 魔族が人間を慰めている。こんな光景を誰かが見れば不自然に思うだろう。

 それでも今ここにいる二人はそんなのは関係ない。

 そして、こんな光景がノエルの望みでもあった。


「…こんなの、我がまま、だよね?」


「お前が我がままというのなら、この世の中の者は全員、我がままになってしまうぞ」


「…でも」


「言っただろ。俺がお前を救ってやる。お前の我がままはちっぽけだというのも教えてやる。だから、俺に力を貸してくれないか?」


 ノエルは抱きしめてた彼女を離し、彼女に手を差し伸べる。


「……ずるいな。そんなこと言われたら断れないじゃん」


 彼女は差し伸べられた手を掴み、立ち上がる。

 もう、既に彼女は泣き止んでいる。もう彼女を泣かせることが出来るのは後に先にもノエル一人なのかもしれない。


 このとき、セリシアは心の内で誓った。

 どんなことがあろうとも、この身を魔王ノエル・ルシファーに捧げるのだ、と。

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