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30 月からの使者

 そんな優しい時間も、長くは続かなかった。


 突如、空が不気味に暗くなり、白々とした月が雲間から姿を現す。まるで夜そのものが俺たちを飲み込もうとしているような感覚だった。


 不意に、頭上から何かの気配を感じた。視線を上げると、夜空に二つの人影が浮かんでいた。


 一人は赤と白を基調とした豪奢な衣装を纏い、鋭い眼光を放つ男。もう一人は、全身を白い服で包み、長い杖を手にしている痩せた男だった。


 彼らは静かに降り立つと、月明かりに照らされた姿が鮮明になる。どちらもただの人間ではない、圧倒的な威圧感を放っていた。


「我は月華七聖人が一人、『紅月の刃』」


 赤と白の男が静かに名乗りを上げる。声は冷たく響き、剣の刃のような鋭さがあった。


「我も同じく月華七聖人が一人、『白銀の月影』」


 杖をついた男が続けて名乗る。その声は穏やかに聞こえるが、油断ならない底知れぬ力を感じさせる。


 俺は一歩前に出て、彼らを睨みつけた。


「何をしに来た? お前らに構ってる暇はない」


 挑発とも取れる言葉に、杖の男が冷静に答える。


「我々の姫を返してもらいたい」


 その一言に、俺は眉をひそめる。すぐ隣でかぐやが小さく震えた気配が伝わってきた。


「かぐやはお前らのものじゃないぞ」


「貴様のものでもない!」


 紅白の男が怒りに満ちた声で遮る。

 だが、俺はその言葉に対して平然と返した。


「そうだな。だから、こいつ自身に決めてもらう。それなら問題ないだろう?」


 一瞬、彼らは言葉を失った。だがその間にも、二人の目は鋭く光り、かぐやを逃がす気がないことを物語っている。


「かぐや、どっちに行きたい? お前の好きな方を選んでいいぞ」


 俺は振り返り、彼女の目をしっかりと見つめながら言った。

 かぐやは一瞬戸惑ったように視線を揺らしたが、やがて強い決意を込めた声で答えた。


「やだ! 私はもうノエルの配下で友達だもん!」


 その言葉が空気を切り裂くように響いた。

 紅月の刃が顔を歪め、杖を持つ白銀の月影は微かに目を伏せる。彼らの沈黙が、その場を支配した。


「姫、どうかお戻りください。我々は全てを水に流します。裏切りの件も、なかったことにしますので」


 杖をついた白銀の月影が、落ち着いた声で語りかける。その声音には懇願の色が混じっているが、その裏には冷徹な計算が透けて見えた。

 しかし、かぐやは一歩も引かず、鋭い視線を返す。


「そうやって、すぐに私を利用しようとするわね。あなたたちも少しは反省したらどうかしら?」


 彼女の言葉には怒りと失望が滲んでいる。紅月の刃が眉をひそめ、目を細めて言葉を挟む。


「姫、これは反抗ではなく、ご自分のためでもあるのです。我々の元に戻れば、あなたの地位も名誉もすべて元通りになる。それ以上の提案があるとでも?」


「……地位や名誉なんていらないわ」


 かぐやは毅然とした態度で応じる。その瞳には、迷いのない強い意志が宿っていた。


「私はもう、過去に縛られるのはやめたの。だから、そっちには戻らない。それが私の答えよ」


 一瞬の沈黙が場を包む。冷たい風が吹き抜け、木々がざわめく音だけが響いていた。


「もう、お話になりそうにもないですね」


 杖を持つ白銀の月影が低く呟いた。言葉の最後に、明らかな敵意が込められている。

 次の瞬間、彼の足元から淡い光が広がり、杖に霊気が宿る。青白い輝きが杖を包み込み、空気が震えるように感じられた。


「戦うつもりか……」


 俺は彼らの意図を察し、かぐやの前に立ちはだかった。


「かぐやを奪うためなら、こちらも全力で応じるだけだ」


 紅月の刃が口元に薄い笑みを浮かべ、腰の剣に手をかける。


「いいでしょう。我々も手加減はしませんよ」


 こうして、緊張の糸が切れるように、戦闘が始まろうとしていた。


 俺は即座に複数の魔法陣を構築した。

 炎属性最強の魔法——


「『地獄殲滅業火(フレア・ヴェノムス)』」


 魔法陣から幾つもの炎の玉が発射される。

 その威力は町一つを焼け野原にできるほどの威力。


「そのような貧弱な魔法では我々を止めることは出来ませんよ」


 俺が撃った魔法は青白い光の中に吸い込まれていき、何事もなかったかのように消えた。いや、吸収されたと言った方が正しい。

 どうやら俺が知っている魔法はあちらからすれば低次元の魔法とされているらしい。そうなると俺の知っている既存の魔法では歯が立たないだろう。


「かぐや、少し下がっててくれないか。流れ弾が当たってしまうかもしれない」


「私も戦うわよ! これは私の問題でもあるし」


「お前の力では敵わない」


「で、でも……」


「ここは俺に任せとけ。お前はここで待っとくといい」


 俺は『幻想空間(ルナリア・リリック)』を使い、この場所を隔離する。

 白い空間に変わったその瞬間、かぐやの姿は消えていた。この空間は俺がかぐやを守るために構築した隔離領域。

 ここには、俺と二人の敵だけが存在している。


「姫はどこだ?」


 紅月の刃が眉をひそめ、冷たく問いかける。


「彼女は安全な場所に移動した。お前らに手出しさせないためにな」


 俺は堂々と答えた。

 かぐやがいなければ、俺は思う存分戦える。そして、彼女を守るためなら、この命すら惜しくはない。


「姫を逃がしたか。だがそれがどうした?」


 紅月の刃が剣を掲げる。その動きには迷いがなく、凄まじい威圧感がある。


「ここでお前を倒し、姫を再び捕らえるまでだ。」


「簡単にはいかないさ」


 俺は拳を握りしめ、空間に新たな魔法陣を描き始める。


「『虚無転生陣(ジェネシス)』」


 空間全体が揺らぎ、俺を中心に黒と白のエネルギーが渦を巻く。この魔法陣は敵の魔力を弱体化させ、俺の力を増幅させる特別な領域だ。


「面白い……だが、その程度の小細工が通用するとでも?」


 紅月の刃が一瞬で間合いを詰め、剣を振り下ろす。その動きは予測不能な速さだが、俺もすでに準備していた。


「『断絶障壁(ディバイン)』」


 透明な壁が剣を受け止める。衝撃で空間が軋む音が響くが、俺の防御はまだ健在だ。その隙を突いて、白銀の月影が杖を振り上げる。


「お前を倒せば、姫も簡単に手に入る。」


 彼が繰り出したのは、鋭い光の刃。それが空間を裂き、俺に向かって飛んでくる。しかし、俺もその攻撃に対応する策を持っていた。


「『反魔法(アマウス)』」


 真逆の魔力を逆向きに流し込んだことによって、彼の攻撃を相殺する。互いの技がぶつかり合い、白い空間が一瞬で激しい光に包まれた。


 俺は再び手を掲げ、魔力を込めた複雑な魔法陣を描く。空間全体が震え、光と闇のエネルギーが俺を中心に集まり始める。ここで一気に畳みかける必要がある。


「これで終わりにする。覚悟しろ!」


 紅月の刃と白銀の月影が同時に動き出す。二人とも俺の一挙一動を見逃さないように、鋭い視線を向けている。


「『火炎魔帝(ブレイズ)』」


 魔法陣が眩い光を放ち、巨大な炎の球が生み出される。この一撃は空間そのものの魔力を喰らいつくすほどの威力を持つ。俺はその球を二人に向けて解き放った。


 紅月の刃は迷いなく剣を振り上げ、全力で魔力を喰らいつくす炎の球に立ち向かう。その剣から放たれた紅い斬撃が、炎の球に直撃し、衝撃波が空間全体に広がった。


 一方で、白銀の月影は杖を掲げ、光の盾を形成する。その盾はまるで銀色の月光を凝縮したような神々しい輝きを放ち、魔力の一部を吸収していく。


「さすがだな……だが、これで終わらせるつもりはないぞ」


 俺はさらに魔力を高め、炎の球に追撃の魔法を重ねる。複数の小型の魔法陣が出現し、そこから無数の黒い雷や炎の玉が二人に向かって放たれる。


「まだだ!」


 紅月の刃が怒声を上げ、全身に紅いオーラを纏う。その力は彼の限界を超えたように見えた。彼の剣が俺の魔法を一刀両断し、まるで道を切り開くように突進してくる。


「俺は負けないぞ」


 俺は最後の力を振り絞り、『断絶障壁(ディバイン)』を展開する。剣が壁にぶつかり、激しい火花が散る。その衝撃で空間全体が揺れ動くが、俺の障壁はまだ崩れない。


 その瞬間、白銀の月影が杖を振り、空間の奥深くから光の矢を放った。矢は障壁を突き破らんと直進し、俺の目の前に迫る。


「しまっ——」


 反応が間に合わない。その時だった。


「ノエル!」


 かぐやの声が響き、次の瞬間、彼女の放った光が矢を弾き返した。空間の外にいるはずの彼女が、どうやって干渉してきたのか分からなかったが、その光は確かに俺を救った。


「かぐや……お前、どうして……」


「だって、これは私の問題だから!」


 かぐやの意志が、空間を越えて俺に力を与える。彼女の光が俺の魔力に共鳴し、さらに強大な魔力を生み出す。俺はその力を利用して、最後の魔法を放つ。


「これで終わりだ。 『氷河魔帝(クライオ)』」


 俺の放った魔法が周囲の魔力を喰らいながら凍てつき、二人を飲み込む。白い空間が揺らぎ、氷が全てを包み込んだ。


 氷河の進行が収まり、白い空間が徐々に消えていく。気がつけば、俺は外の世界に戻っていた。目の前には、疲れ果てた紅月の刃と白銀の月影が膝をついている。


「まさか……ここまでの力を持っているとは……」


 紅月の刃が悔しそうに呟く。


「かぐやはもう……お前たちの手には戻らない。覚えておけ」


 俺は彼らに冷たく告げた。二人はゆっくりと立ち上がり、静かに背を向ける。


「……今回は諦めてやる」


 そう言い残し、彼らは夜の闇に消えていった。


「ノエル!」


 駆け寄ってくるかぐやの姿を見て、俺は微笑む。彼女が無事でいてくれたことが何よりの救いだった。


「大丈夫か?」


「うん! でもノエル、すごく頑張ってくれて……ありがとう!」


 その言葉に、俺は少し照れながら答えた。


「友達、だからな」


 そして、夜の静寂が戻る中、俺たちは再び歩き出した。

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