28 師匠
十月三十一日の深夜、もうすぐ日付が変わりそうな頃であった。
目の前の霧は徐々に消えていった。
霧が晴れれば、辺りは人混みが混雑しており、大広間の中央に立っていた。
「やっと見つけたわ」
声がした方向を振り向けば、そこにはかぐやとイザベルがこちらに向かってきていた。
「無事だったようだな」
「こっちは大変だったんだからね、いきなり周りが霧になったと思ったら、変な吸血鬼と会って……」
かぐやが視線を落とせば、いきなり話を止めた。
俺が気絶した鈴花を抱いているからだろう。
「……って!? 鈴花、大丈夫なの!? 何があったの?」
「少し、厄介事があってな。命に別状はない」
「それでネクロスは倒せたのか?」
イザベルが俺に問いかける。
「ああ。倒したのは倒した。のだが、吸血鬼の王は原初の吸血鬼が一人、ゼファーに利用されていた。この件に関してはまだ裏があるかもしれない」
原初の吸血鬼オリビアは何者かにネクロスは変えられたと言っていた。
もし、その原因がゼファーならば、オリビアは気づいているはず。
しかも転生する前からいつでもできたはずだ。
転生後に変わったということならば、他に犯人がいるとしか思えない。
「それでそのゼファーってやつは倒したのか?」
「ああ。当分は何も起こらないだろうが、いつ襲ってくるか分からない。気を緩めるなよ」
次の瞬間、辺りが真っ白の空間へと変わる。
「ノエル、イザベル、かぐや、鈴花、以上の四名は最終試練合格だ」
上空から響いた声は物語の神の声だ。
その言葉を告げば、元の場所に戻っていた。
「どうやら、最終試練は乗り越えられたようだな」
「あなたが断ったときはどうなるかと思ったわ」
「いらない心配をかけてすまなかったな」
「全く本当にそうだわ……」
かぐやはそっぽを向き、顔を赤らめていた。
時計台の方に視線を移せば、もうすでに日付が変わっていた。
「そう言えば、お前、魔法が上達したな」
その言葉を聞いたかぐやは更に顔を赤くし、恥ずかしそうに種を返す。
「べ、別に、そんなに…上手くなったわけじゃ、ないし……それに、鈴花の方が、私なんかより上手だわ」
素直に喜べばいいものを何故、卑下してしまうのか……。
「それにあの蒼い月は凄まじい権力だったな。あれは前の世界で使っていたものか?」
「……多分、そうだわ。私でもあれが何で使えたのかはよく分からない」
かぐやは首を傾げながら、考え込む。
俺の腕で何か動いているのが感じられた。
視線をそちらの方に移してみれば、鈴花がゆっくりと瞼を開ける。
「……ん、んん…………先、輩?」
「目を覚ましたか」
俺は鈴花をゆっくりと下ろす。
鈴花は涙ぐんだ目でこちらに寄り掛かってきた。
「……怖かった、私が私じゃないみたいになっていくのが。さっき戦ってたときに私が壊れていくようなそんな感覚がした……」
俺は鈴花を強く抱きしめる。
「安心しろ。俺がなんとかしてやる。たとえ、お前が壊れそうになっても俺が救ってやる」
「…ありがとう」
鈴花は礼を言いながら、我慢していた涙を零した。
それを隠すかのように顔を俯かせる。
鈴花は涙を拭い、こちらの方を向きながら口を開ける。
「……師匠、と呼んでもいい?」
俺はその言葉を聞いて、少し驚いた。
「先輩はたくさん教えてくれた。勉強も魔法も。そして、助けてくれた。だから私も強くなりたい。先輩に頼らなくてもいいように」
そして、鈴花は上目遣いをしながら言った。
「だから、師匠って呼んでもいい?」
俺はその言葉を聞いて、思わず笑ってしまった。
「俺はお前にたいしたことはしていないのだがな。呼びたいならそう呼べばいい」
「水を差すようで悪いんだけどさ。俺たちの事わすれてないか?」
イザベルが申し訳なさそうに言う。
「そんなわけないだろう」
俺がそう言えば、かぐやが呆れたような顔をしながら言った。
「絶対忘れてわよね……」
***
あれから数日。
今日は終業式の日でいつも通り、学校へと行っているのだが、ここ最近、鈴花の様子がおかしい。
「おはようございます、師匠」
淡々と俺に挨拶をしてきたのは後輩である鈴花だ。ここ最近は俺の事をずっと「師匠」と呼んでいる。
それだけなら特に問題はないのだが、学校の休み時間なんかでもそう呼ばれているのだ。
しかも学年一の美少女と呼ばれるほどなのだがら、それはもう周りの視線がすごい。
「おはよう。それでその『師匠』という呼び方、学校ではやらないでくれないか」
「嫌です」
間もなく、一瞬にして断られた。
正直、これが来年も続くと精神的につらい。
「周りの視線とか、気にならないのか?」
「気になりません」
「ほら、変な噂が立つかもしれないぞ?」
「大丈夫です」
全て即答された。
確かに「師匠」と呼んでいいとは言ったものの、流石にここまでして言われるとは思いもしなかった。
今まで名前か魔王かでしか呼ばれていなかったものだから、少しもどかしい。
学校に着き、それぞれのクラスに行くのだが、その時にも師匠と呼び、周りから鋭い視線が向けられる。
クラスに入れば一安心、という訳にもいかない。
この噂はもう既に全校生徒に知れ渡っている。
普段通りの席に着けば、かぐやが話しかけてくる。
「大変そうね」
「まさか、こんなことになるとは思いもしなかった」
「まあ、どうせ休み明けには噂にならないよ」
「そんなものか」
人間の噂話は理解しがたいな。
チャイムが鳴り、先生が扉から入ってくる。
朝の連絡を一通りすると、最後に釘を刺すように先生が俺に言ってきた。
「藤條君は放課後に先生のところに来てね」
何かやらかした覚えは全くないのだが、何かやらかしてしまっただろうか。
終業式を終え、先生の言われる通り、先生の所に行った。
少し歩き、先生が立ち止まったのは応接室の前だった。
「理事長からお話があるみたいだから、くれぐれも失礼のないように」
応接室の中に入れば、一人の男が椅子に座っていた。
年齢は五十代ぐらいといったところか。
隙を感じさせないその姿勢とは裏腹の穏やかな視線は不気味感を増していた。
男が口を開く。
俺に告げた言葉はたった一言。
「藤條悠太、君には退学をしてもらう」
「……退学?」
思わず聞き返す。咄嗟のことに声が上擦る。
「何故ですか?」
男はその問いに答える代わりに、にやりと唇を歪めた。目元には余裕と愉悦の色が浮かぶ。
そして、笑い声を漏らしながら、あっさりと続きを告げた。
「まあ、流石に退学っていうのは嘘なんだがな」
俺の困惑を楽しむような声音だった。
「お前に会いたいっていう者がいる。それだけだよ、藤條君」
男の言葉に、俺は眉をひそめた。
「会いたいって……誰が俺に?」
自分の声が微かに震えているのがわかった。知らない誰かが俺を指名してきた? 一体何のために?
男はゆっくりと背もたれに体を預け、こちらをじっと見据えたまま微笑を浮かべている。
その態度は、俺の反応を試しているようにも見えた。
「まあ、急ぐことでもないさ」
男は指先で机の上に置かれた茶色い封筒を軽く叩いた。
「この中に詳細が書いてある。読んでおくといい。だが……覚悟はしておけよ。お前が巻き込まれるのは、普通じゃない話だ」
普通じゃない話? その言葉に、嫌な予感が胸の奥で膨らむ。
「冗談じゃないぞ……」
封筒に手を伸ばしながら、俺は呟いた。指先に触れた紙の質感は、妙に冷たく感じられた。
「それじゃあ、また会おう。近いうちに、な」
男は立ち上がり、俺に背を向けると、応接室の出口へ向かって歩き出した。その歩調には無駄がなく、一切の迷いがない。
扉が閉まる音が響いた後、静寂が応接室を支配した。
俺は封筒をじっと見つめる。開けるべきか否か、一瞬迷ったが、結局は好奇心が勝った。
封を破ると、中には一枚の紙と小さな銀色のペンダントが入っていた。
遂に一章が終わりました~。
次話からは二章に突入!!
そろそろストックに追いつかれそう……。投稿できない日が出てくるかもしれませんが、できるだけ毎日投稿、頑張ります!
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