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27 吸血鬼の王

「さて――」


 俺はスクリーンに流れた映像を見終え、ネクロスに向けて静かに言葉を放つ。


「――俺の配下が一枚上手だったようだが、次の手はどう出るつもりだ?」


 霧の奥から響くネクロスの笑い声が静寂を切り裂いた。


「確かに、我が配下は敗れた。しかし、お前が追い詰められている状況に変わりはない」


 霧の奥から黒い影がゆっくりと現れる。その影は徐々に鮮明になり、黒い仮面と黒いマントを纏った者が姿を現した。


「ここでお前には死んでもらう、魔王」


 ネクロスの黒い手袋から一本の白い糸が伸びる。表面は見た目に反して高速で回転しており、まるで切断の刃だ。ネクロスはその糸を鞭のように振り、俺に向けて襲いかかる。

 俺がそれをかわすと、地面が深く抉られていた。


「流石は魔王。その程度では当たらぬか」


 ネクロスはさらに白い糸の数を増やしていき、合計十本が手袋から現れる。それらの糸は獲物を狙う蛇のように、こちらに襲いかかってくる。俺は冷静に一つ一つの軌道を見極めながら、身を翻してかわし続けた。


「これだけでは永遠に俺を捉えられないぞ」


 ネクロスが苛立った表情を浮かべる中、俺は指先に魔力を集中させ、小さな魔法陣を構築した。そして『凍氷(フロスト)』を発動し、十本の白い糸を一瞬で凍りつかせる。


「確かに避けるだけではつまらないだろう。今度は俺の攻撃を受けてみろ」


 俺は『黒雷(エボン)』を放ち、黒い雷の糸を鞭のように操る。凍りついた白い糸は力強い衝撃で砕け散るが、ネクロスはすかさず別の白い糸で反撃してくる。黒い雷の一撃はネクロスの仮面にかすかにヒビを入れたものの、大したダメージには至らなかった。


「所詮、魔王の魔法もこの程度か。退屈なものだな」


 ネクロスはさらに多くの白い糸を生み出し始めたが、それらは回転せず、霧の向こうに伸びていた。霧の中にある影が徐々に浮かび上がる。


「貴様の配下は勝利したが、奴らの無事を確証できるのか?」


 ネクロスが低く嗤うと、霧の向こうから一人の少女が姿を現した。短く輝くような水色の髪――それは紛れもなく鈴花だった。


「鈴花が目的だったか」


「そうだ、魔王よ。お前が動けばこいつの命はない。大人しく魂を差し出すのだ」


「……いいだろう。ただし、俺の配下を傷つけるな」


 俺は『誓約(アクシオ)』の魔法を展開し、契約を結ぶ準備をする。ネクロスはそれを見届け、魔力を注いだ。

 契約が結ばれた瞬間、俺は自らの魂を慎重に『魂滅(ヴァリス)』で取り出し、ネクロスに手渡す。


「これで終わりだ、魔王は俺のものだ!」


 徐々に体が消えていく感覚を覚える中、ネクロスが歓喜に満ちた表情を浮かべる。だが、次の瞬間、彼の手が地に着いた。


「言っておくが、俺の魂は重すぎる。軽い心では到底扱えまい」


 ネクロスは魂を握り潰そうとするが、それさえ叶わない。

 彼は魂を放棄し、俺はそれを回収する。


「返してくれるとは中々の優しさだな」


 ネクロスの息が荒い。


「貴様の魂を奪うには時期尚早だったようだ……だが削り続けてやる」


 ネクロスは再び糸を操り、鈴花を動かす。 

 糸に魔力を込め、鈴花に送れば、鈴花の手から魔法陣が浮かび、鈴花の手から『地獄殲滅業火(フレア・ヴェノムス)』が放たれ、その威力は圧倒的だった。

 しかし俺は同じ魔法で迎え撃つ。


「中々の威力だ。ここまでの威力だせるとは」


 ネクロスは鈴花にさらに魔力を注ぎ、幾つもの『地獄殲滅業火(フレア・ヴェノムス)』を放たせる。しかし俺はそれを一つずつ相殺していく。

 冷静さを失わず、鈴花を救い出す瞬間を見極めるべく、目の前の脅威を迎え撃った。


 地獄の業火がぶつかり合い、周囲は炎と激しい魔力の衝撃で満たされる。

 爆風が霧を吹き飛ばし、辺りに散らばった火花が消えるまでの間、俺とネクロスは静かに向き合っていた。鈴花の表情は苦しそうだが、その目には抵抗の意思がわずかに宿っている。

 ネクロスが操っているとはいえ、鈴花の意志を完全に封じることはできていないのだろう。


 俺は鈴花の姿を見据えながら、心を固める。彼女を救うためには、ネクロスを打倒し、糸を断ち切るしかない。


「ネクロス、お前は俺が不利な状況であると言ったな」


 俺は両手を広げ、深く息を吸い込む。次の瞬間、空気中の魔力を集め、大地と天空を繋ぐように巨大な魔法陣を展開する。その中心で俺は『破滅の深黒光カタストロフィア・ルーメン』を発動させた。周囲の光が一瞬吸い込まれたかのように暗くなり、次に放たれる光は闇を引き裂くような眩さで放射された。


「この魔法はあまり好きではないのがな、お前の糸は中々い厄介だ」


 ネクロスは瞬時に動き、鈴花を盾にするように糸を操る。だが俺はその瞬間を読んでいた。『深破黒光(カタストロフィア)』の軌道をわずかにずらし、鈴花を巻き込まずにネクロスを狙う。

 ネクロスが一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに白い糸を無数に伸ばし、攻撃を防ごうとする。しかしその防御も限界だった。


 光が貫通し、ネクロスの仮面が粉々に砕け散る。彼の顔が露わになる。苦痛と驚愕が交じり合った表情を見せつつ、彼は立ち上がろうとするが、体の一部が崩れ始めていた。

 糸の操りが弱まり、鈴花が地面に崩れ落ちる。俺は一瞬のうちに彼女の元へ駆け寄り、その体を受け止める。


「鈴花、大丈夫だ。俺がいる」


 鈴花はかすかに微笑みながら、力なく頷く。しかし、その瞬間、ネクロスの残された糸が最後の力で俺たちに向かって伸びてくる。俺は全身に魔力を集中し、白い糸の侵入を拒む。


 ネクロスは崩れ去る前に言葉を吐き出す。


「貴様の勝利は一時のものだ……いつか、また……必ず……ぐはっ」


 ネクロスが塵となる前に腹が貫通していた。

 背後にいたのは原初の吸血鬼の一人、ゼファーであった。


「ふふ、ご苦労様、吸血鬼の王。ここまで働いてくれてありがとう。おかげで、俺の計画が上手くいった」


 ゼファーはポケットから小さな箱を取り出し、それを開ける。

 次の瞬間にはネクロスはその箱の中に吸い込まれていった。


 ネクロスの残骸が箱の中に完全に消え去ると、ゼファーの目には邪悪な光が宿っていた。

 彼は俺と鈴花を見下ろし、冷酷な笑みを浮かべる。


「さて、魔王よ。ようやくネクロスの厄介な糸から解放されたわけだが、これからが本当の地獄だ」


 鈴花を支えながら、俺は冷ややかな視線をゼファーに向ける。


「計画と言ったな。お前の狙いは何だ?」


 ゼファーは一歩前に進み、手の中の箱を回しながら語り始めた。


「簡単なことだ。ネクロスの力を封じ、この世の均衡を崩すことで、新たな混沌を生み出す。それによって支配の礎を築くためだよ」


 俺は眉を潜めた。

 混沌の中で力を欲する者たちの目的はただ一つ——力を握るためにすべてを犠牲にする。だが、ゼファーのような存在にこの世界を任せるわけにはいかない。


「ならば、俺がその野望を打ち砕く」


 俺は鈴花をそっと地面に横たえ、再び魔力を集中する。周囲の空気が振動し、空が暗く覆われていく。ゼファーは面白そうに目を細めた。


「ふふ、さすが魔王。いいだろう、俺もこの力を試す機会を待ち望んでいた」


 ゼファーは手を広げると、暗黒の霧が彼の周囲に集まり、巨大な黒い翼を生み出した。

 その翼は地を裂き、空気を切り裂くような力を放っていた。ゼファーは宙に浮かびながら、翼を広げたまま俺を見据える。


「その力を見せてみろ、魔王」


 俺は両手に力を込め、『深破黒光(カタストロフィア)』の余韻をまといながら新たな魔法陣を描く。

 ゼファーの暗黒の力が全身を覆い、彼の笑みが深まる中、俺は決して逃げない。


「ゼファー、この一撃で全てを終わらせる」


 魔法陣が輝き、無数の光の矢がゼファーを目指して放たれる。

 彼は笑い声を響かせながら黒い翼で応戦し、激しい光と闇の戦いが周囲を包んだ。

 火花が散り、空間が裂けるような衝撃が広がる。鈴花の安否を見つめながら、俺は決意を固めた。


「この戦いの果てに、必ず鈴花を守る。そして、貴様を倒す」


 ゼファーの黒い翼から放たれる暗黒の刃が、俺の光の矢と激しく衝突する。

 大地が震え、空気が焼けるような音が響き渡った。周囲の空間は光と闇の魔力がせめぎ合い、まるで異次元のようにゆがんでいた。


「まだまだ、こんなものでは俺を倒せないぞ!」


 ゼファーは笑いながら闇の霧をさらに濃くし、その中から無数の闇の影が姿を現した。

 それらは形を変え、剣や槍のような武器となり、俺を一斉に襲いかかってくる。

 攻撃は絶え間なく続き、圧倒的な力が押し寄せてきたが、俺はそれを一つずつ撃ち落とし、回避し続ける。


「お前の計画はここで終わりだ!」


 俺は空中で魔法陣を再び構築し、『反魔法(アマウス)』を展開した。ゼファーの闇の攻撃を受け止めつつ、カウンターとして放つ魔力を準備する。しかし、ゼファーは不敵に笑いながら、別の手を打っていた。


「ならばこれでどうだ。お前の力がどれほど強くとも、こちらの力を制御できるか?」


 ゼファーは手をかざし、鈴花の体に向かって黒い糸を放つ。

 糸が鈴花の体に巻きつき、彼女が苦しそうに喘ぎ声を上げた。俺は目を見開き、動揺を隠しきれなかった。


「やめろ、ゼファー!」


「やめて欲しいなら、力を見せろよ、魔王」


 ゼファーの笑みは残酷で、俺の怒りを焚きつけていた。俺は拳を握りしめ、全身に魔力を高めていく。これ以上、鈴花を苦しめることは許さない。

 俺は『壊滅氷河礫(シベ・フロスト)』を発動させ、無数の巨大な氷の流星群がゼファーに向かって放たれる。


 ゼファーの攻撃をものともせず、俺は彼に接近する。

 そして、巨大な氷の一撃を彼の胸元に叩きつけた。瞬間、眩い閃光が辺りを包み込み、衝撃波が広がる。ゼファーの体が大きく揺らぎ、彼の黒い翼が一瞬消え去った。


「これが、お前の力のか……!」


 ゼファーは地面に膝をつき、血を吐きながらもまだ立ち上がろうとする。

 彼の目は憎悪に満ちていたが、俺はその憎しみを跳ね返すかのように立ちはだかる。


「鈴花の命を弄んだ報いだ」


 俺は両手にさらに力を込め、国一つ滅ぼせるほどの威力を誇る『地獄殲滅業火』を発動させた。その業火はゼファーを滅ぼすまで焼き尽くす。


 ゼファーは恐怖を感じたように目を見開いたが、逃げるつもりはなさそうだった。

 彼は最後の力を振り絞り、全ての闇の霧を集め、自らの盾とする。


「これで終わりだ、ゼファー!」


 俺は黒い雷を振り下ろし、ゼファーの防御を切り裂いた。闇が一瞬にして消滅し、黒い光が辺りを包み込んだ。

 静寂の中、ゼファーはゆっくりと崩れ落ち、彼の体は徐々に霧のように消え去っていった。


 倒れゆくゼファーが最後の力で言葉を紡ぐ。


「お前が……この世の希望だとでも……思うな……」


 彼の声は風に消え、完全に姿を消した。俺は深く息をつき、鈴花のもとへと駆け寄る。


「鈴花、終わったよ」


 鈴花はかすかに目を開け、俺を見つめた。彼女の瞳には安堵の色が浮かんでいた。


「……ありがとう……」


 俺は彼女を抱きしめ、心からの安堵を感じた。しかし、まだ道は終わらない。

 ゼファーが最後に残した言葉が心に引っかかり、次の戦いが待っていることを悟る。


 けれど今はただ、鈴花の無事を喜び、共にある瞬間を大切にする。それが今の俺にとって何よりも大切なことだった。

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