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25 王への不信

 イザベルとオリビアの戦いは、まるで永遠のように感じられた。

 霧が再び二人を包み込むように、周囲の視界がわずかに歪んでいく。だが、二人の間に流れる空気は、静寂とは裏腹に火花を散らしている。

 イザベルは、すでに最初の数回の戦闘の中でオリビアの動きの精緻さに確信を持ち、彼の心に潜む微細な揺らぎに気づいた。


「オリビア」


 イザベルは冷静に、だがその言葉には挑発的な響きを込めて呼びかける。


「お前が命令に従い続けるのは、何のためだ?」


 オリビアは一瞬だけその言葉に反応し、目を細めたが、すぐに無表情を取り戻して答える。


「それが私の役目というもの」


 その言葉に揺らぎはない。

 だが、イザベルはその答えがどこかひっかかる。


「そうか」


 イザベルは少しだけ微笑むと、再び魔剣イグニスを握り直す。彼の周囲に渦巻く魔力が一層強まり、炎のように燃え上がる。


「なら、答えを出させてもらおう。」


 イザベルは一気に踏み込むと、魔剣を振り下ろす。

 その一撃には、ただの力強さだけではなく、魔法の力を込めている。

 炎の刃がオリビアに向かって鋭く迫り、周囲の霧さえも焼き尽くす勢いだ。


 オリビアはそれに一切の迷いなく反応し、冷徹な眼差しで剣を受け止める。

 しかし、その瞬間、イザベルは魔剣を引き戻し、すぐに別の方向へと攻撃を繰り出す。

 予想外の連撃に、オリビアは少しばかり後退し、体勢を崩しそうになる。


 その隙間を逃さず、イザベルはさらに踏み込んで剣を横に振る。だが、オリビアは驚異的な反応速度でそれをかわし、剣で彼の攻撃を打ち払う。

 その衝撃で、再び魔力が爆発的に弾け、周囲の霧が一気に吹き飛ぶ。


 イザベルはすぐに距離を取ると、冷静にオリビアを見据えた。

 オリビアもまた、すぐに構えを取って一歩前に進む。

 二人の間に再び静かな緊張が広がった。


「本当に…お前は――」


 イザベルの言葉には、少しだけ感嘆が込められていた。


「――命令に従う、それが唯一の道だと思っているのか?」


 オリビアはその問いに答えなかった。

 ただし、その目に、ほんのわずかな影が浮かんだことにイザベルは気づいた。

 それが何を意味するのか、彼にははっきりとは分からないが、確かな違和感を感じていた。


「命令は絶対だ」


 オリビアは再び無表情で言い切る。


「それが私の存在意義である」


 その答えに、イザベルは深く頷いた。

 彼がどれほど自らの役目に忠実であろうと、その背後にあるもの、彼の内に潜む迷いを見逃すわけにはいかない。

 イザベルは、戦いの中で感じ取った微かな違和感が、オリビアにとって何か大きな意味を持つのだと確信していた。


「ならば、もう一度だけ聞こう。」


 イザベルは低く、だが確信を込めて言った。


「お前は本当に、王の命令にだけ従っているのか? それが、お前の選んだ道だと言い切れるのか?」


 オリビアはその問いに対して答えを出す前に、しばらく沈黙した。

 イザベルはその沈黙の中で、彼の表情を観察していた。

 そして、ようやくオリビアが口を開く。


「…私の選んだ道である」


 その言葉は、どこか迷いを含んでいた。

 イザベルはそれを見逃さなかった。


「お前の道は、他にもあったはずだ」


 イザベルは続ける。その声に、何かしらの優しさが含まれていた。


「だが、お前はそれを選ばなかった。命令に従う道を選んだ。それが、必ずしも最善の道とは限らない」


 オリビアの表情に、さらに微細な変化が現れた。

 イザベルはそれを見逃さなかった。彼の内面で、何かが揺れ動いている。

 それは、戦う相手としては予想外の反応だ。オリビアのような人物が、迷うはずがないと思っていたからこそ、イザベルはその反応に驚きを感じる。


「命令を…」


 オリビアがつぶやいたその言葉には、どこか詰まったような響きがあった。

 彼の剣は今、少しだけ下がり、ほんの一瞬、力が抜けたように見えた。その瞬間、イザベルは全力で突っ込もうとするが、オリビアはすぐにその場を飛び退き、素早く構えを取る。


 だが、イザベルには感じることができた。

 彼の心に、何かしらのひび割れが生じた瞬間を。


「お前は…」


 イザベルは静かに呟く。

 彼の目には、戦士としての冷徹さとともに、ほんの少しの同情が込められていた。


「お前、もしかして…逃げたいのか?」


 その問いに、オリビアは黙って立ち尽くす。

 彼の剣は今、完全に静止している。

 イザベルの目に映るその光景は、どこか不安定で、普段の冷徹な彼とは違った印象を与えていた。


 その一瞬の静けさの中で、イザベルは確信を持った。

 オリビアは、彼自身が自分の道を選んだのではなく、与えられた道に従い続けることが、ただ「正しい」と信じているのだ。

 そして、その道が本当に正しいのか、疑問を抱き始めている。それが、ほんの一瞬の彼の表情に現れていた。


「お前は、もう自分の道を疑っているんだな」


 イザベルの声は、確信を込めて静かに言った。

 彼の目には冷徹さが残っているが、その瞳の奥に、どこか温かいものが隠れているように見えた。


 オリビアは、何も言わずに剣を握り直す。

 その手が微かに震えているのは、イザベルが言った言葉が心に響いたからだろう。しかし、彼はその震えをすぐに隠し、無表情を取り戻す。


「…私は…」


 オリビアはようやく口を開くが、その声はあまりにも低く、弱々しく聞こえた。


「私はただ、王の命令に従うだけである。それ以外は何者でもない」


「そうか」


 イザベルは短く答えると、再び戦闘態勢に入る。

 その動作は、冷徹そのもので、まるでこの問いが無意味であったかのように見えた。

 しかし、イザベルの内心では、この戦いの結末がすぐには決まらないことを、どこかで感じ取っていた。


 彼は再び魔剣イグニスを構えると、その刃に魔力を注ぎ込む。

 炎が再びその刃から渦巻き、辺りの空気を焼き尽くすような勢いだ。オリビアもすぐに応じ、剣を構え直す。

 彼の目には再び冷徹な光が宿り、まるで自分の疑問を一切受け入れたくないかのように、イザベルを見据えていた。


 だが、戦いが始まる瞬間、イザベルはふと立ち止まり、再びオリビアに目を向ける。


「オリビア、少し考えてみろ」


 イザベルの声が、今度は穏やかに響く。


「お前が命令に従うことが、果たしてお前自身の意志なのか、それとも…」


 その言葉が、再びオリビアの心を揺さぶった。

 オリビアの表情に、また一瞬の動揺が浮かぶ。剣の先がわずかに震え、その目線がイザベルから逸れる。

 まるで自分にとっての真実を見つけようとしているかのように。


「私は…」


 オリビアは口を開くが、言葉が続かない。その瞬間、イザベルはゆっくりと歩み寄り、彼の目の前に立った。


「お前が選ばなかった道があるとしたら、それを歩んでみる価値はないのか?」


 イザベルの言葉は、まるで心の奥底にある問いを投げかけるようだった。


「命令に従うことが必ずしも正しいとは限らない。お前にも、選ぶ自由があるはずだ」


 オリビアの目に、また一筋の迷いが浮かぶ。彼女は目を閉じ、深く息を吸い込むと、ゆっくりと目を開けた。


「自由?」


 その言葉は、小さく、そして、どこか遠くを見つめるような響きがあった。


「私はそれを望んでいるわけではない。私はただ、与えられた役目を全うしたいだけだ」


「だが、お前は本当にその役目を全うしたいのか?」


 イザベルの言葉は、少し強くなった。彼の目には、戦う相手をただ倒すだけではなく、何か別のものを守ろうという意思が込められている。


「お前は本当に、その結果に納得できるのか?」


 オリビアは答えを返さない。

 ただ、無言で剣を握り直し、足を踏み出す。しかし、その動きには少しの遅れがあった。

 戦闘のリズムを取り戻すのに、ほんの一瞬の間を取ったのだ。


 その隙間を見逃すはずがない。

 イザベルはすぐに一歩踏み込むと、魔剣イグニスを一閃させる。

 炎の刃がオリビアに向かって迫るが、オリビアは瞬時にそれをかわし、反撃の刃を繰り出す。

 その動きは見事で、まるで二人の間に何も言葉は必要ないかのように、戦いが再開される。


 だが、イザベルはその攻防の中で、ふと気づいた。

 オリビアが以前のように冷徹に戦っていない。彼の中で、何かが変わりつつある。それは、彼が自分自身の内面と向き合わせる一歩となるのかもしれない。


「オリビア、お前は決して一人じゃないはずだ」


 イザベルが再び声を上げる。

 その言葉には、決して敵として戦うだけではなく、何かを共有しようとする意思が込められていた。戦いながらも、その気持ちは決して揺らぐことなく、彼に向けられている。


「私は王の命令に従うの者。この身は生涯孤独で王に授ける」


 オリビアは何かを決心したかのように剣を力強く握った。

 その瞬間、オリビアはイザベルの目の前まで一瞬で近づき、剣を振るう。

 イザベルはそれに対応するかのように攻撃を受け止める。


 火花が散った次の瞬間には魔剣の炎がオリビアを一瞬にして焼けつくし、オリビアは倒れた。


「なぜ、攻撃を躱さなかった?」


 イザベルはオリビアに問いかける。

 オリビアはかすれた声で答える。


「私は王が信用出来なくなった。この世界に転生して数日が経ち、王は変わられた。私はそんな王についていきたくなかった。だが、それは出来なかった。何年も迷い続けた。今、王を裏切ってしまえばこれまでの人生は何だったのかと後悔すると思った。故に何もできなかった。だが、汝の言葉でようやく決心がついた」


 オリビアのからだの半分がすでに灰と化している。


「王を助けてくれ。何者かに王は変えられたのだ――」


 完全に灰となり、散っていった。

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