24 忠実なる配下
愉快な音楽が鳴り響く白い霧の中でイザベルとオリビアが対峙していた。
厳格な雰囲気のあるオリビアは手に持っている歪な形の剣先をイザベルの方に向ける。
「王の命に従い、汝を今から処す」
愉快な音楽が流れているせいか、オリビアの発した言葉は厳格さを際立てている。
イザベルはそんなことも気にせず一歩前へと踏み出し、煽るような声で言う。
「俺を殺せるものならやってみろ。そんなに自信があるのならな」
魔剣イグニスは刀身に紅い炎を纏わせる。
その炎は前回使ったときよりも紅く、激しく燃えている。
「先程も申した通り、私が汝よりも強いという保証はどこにもない。だがそこが重要というわけではない。王の命令を実行することこそが私の役目」
オリビアは剣に魔力を込める。魔力が剣に籠れば、その歪な形だった剣が鋭く、綺麗な形の刀身へと変わった。
「じゃあ、試してみるか?」
イザベルの声に、わずかな興奮が滲み出る。戦いの気配が高まり、霧の中の空気がひときわ重くなった。
オリビアは静かに剣を構える。彼の姿勢は完璧で、どこか悠然とした印象を与える。
その冷静さの中には、確かな自信が見て取れる。まるですでに戦うことを決しているかのようだ。
「私はただ、王の命令に従うだけ。だが、負けるつもりはない」
その言葉には揺るぎない決意が込められていた。
イザベルは微笑みながら、その足を一歩前に踏み出す。無駄な言葉は必要ない。ただ、勝負の時が来たことを告げる瞬間だった。
「ならば、やるしかないな」
一瞬の静寂を破って、イザベルは魔剣イグニスを振り下ろす。炎のような刃が、鋭い切っ先をオリビアに向けて放たれる。しかし、オリビアはそれを冷静に受け止め、剣を交差させて防ぐ。
その瞬間、衝撃波が二人の間に広がり、霧が一瞬で巻き上がった。
「速い…」
オリビアはその言葉を小さく呟きながらも、イザベルの攻撃を余裕でかわし、間髪入れずに反撃に転じる。彼の動きは、まるで戦場の舞踏のようだった。剣先が空気を切り裂き、イザベルの肩を掠める。
だが、イザベルはその一撃を寸前のところで躱し、瞬時に間合いを取った。
「なかなかやるじゃねえか」
イザベルは短く笑う。その顔に、いくらか楽しげな表情が浮かんだ。
オリビアは黙って再び構えを取る。
彼の目には冷徹な光が宿っており、どこか無駄のない戦闘の中に、彼女自身の計算高さを感じさせる。
魔族の四天王であるイザベルの力を、彼は正確に測っているのだろう。
「まだ終わらんぞ」
イザベルの声が静かに響いたと同時に、彼は再度攻撃を仕掛ける。今度は更に強力な魔力を込めた一撃だった。
イグニスの刃が炎を纏い、まるで火柱のように立ち上がる。
オリビアはその炎の前でも微動だにせず、目を閉じてその攻撃を受け止める。すると、彼の体から一瞬にして強力なエネルギー波が放たれ、イグニスの炎を打ち消す。
彼の体が放つその力は、まるで王の命令に従うために存在しているかのような、絶対的な力だった。
「汝の力、確かに強い。しかし、それだけでは私に勝つことは出来ない」
オリビアの声が静かに響く。
イザベルはその言葉に少しだけ眉をひそめた。
自分の全力を使っても、それに対抗する力を見せられていることに、わずかな驚きが込められていた。
「足りないか…」
彼は考え込むように呟き、次第にその目に戦意を漲らせた。
「じゃあ、もっと見せてやる。」
イザベルは深く息を吸い込むと、魔剣イグニスを振りかざした。
その瞬間、周囲の霧が一気に振動し、まるで世界そのものが揺れ動くかのような感覚が二人を包み込む。
オリビアは目を細め、その動きを見逃さない。振りかざされた魔剣を受け流す。
イザベルとオリビアの間に再び静寂が広がる。
周囲の霧は二人の魔力の衝突により、すでにほとんど消え去っていた。まるで世界が、二人の戦いに全てを捧げるように感じられる。
空気は張り詰め、両者の視線が鋭く交錯する。
イザベルはその場に立ったまま、軽く息を整えながらも、心の中で次の一手を練っていた。
オリビアの剣技は非常に高い。彼の動きは、無駄がなく、隙間を突くように計算されている。そして、何よりもその冷徹な精神力。自分がどんなに攻撃を仕掛けても、彼は一度も焦ることなく、それをかわしてくる。
だが、イザベルにはまだ隠し持っている力がある。
それを使えば、この戦いの流れを一気に変えることができるかもしれない。
「オリビア」
イザベルが静かに声を上げると、オリビアは一瞬目を細め、彼に視線を向けた。
「お前は、本当に王の命令に従っているだけなのか?」
イザベルは力では敵わないと悟ったのか、オリビアに揺さぶりをかける。
オリビアはすぐに答えなかった。だが、彼の瞳の奥には一瞬の揺らぎが見えた。それはほんの一瞬だったが、イザベルはそれを見逃さなかった。
「答えることは出来ない…」
オリビアが低い声で呟く。
その言葉には深い意味が込められているようだったが、すぐに彼は口を閉ざし、再び戦闘態勢に入った。
「汝がどれだけ疑問を投げかけようとも、私の目的は変わらない」
冷たい目でイザベルを見つめながら、オリビアはゆっくりと歩み寄る。
その歩調には一切の迷いがない。
イザベルは一歩後退し、魔力を集中させる。
もう一度、彼にとって最も有効な攻撃を放たなければならない。だが、オリビアの冷徹さと強さに、少しずつだが、イザベルの心の中に新たな興奮が芽生え始めていた。
「王の命令に従って動く者、それは恐らくお前の誇りだろう。しかし…」
イザベルは再び歩き出し、今度はオリビアに真っ向から向かっていった。
魔剣イグニスを高く掲げ、その刃からは炎がうねりを上げ、まるで全てを焼き尽くさんばかりに輝く。
「お前にだって、選択肢があるはずだ」
その言葉が、再びオリビアの心を揺さぶった。
オリビアは一瞬、剣を握り直す。だが、すぐに冷徹な視線でイザベルを見返す。
「選択肢などない」
彼の声は力強く、決意に満ちていた。
「私の使命は王の命令に従うこと。汝を倒すことに疑問の余地はない」
イザベルはその返答に、一瞬だけため息を漏らす。だが、次の瞬間、彼の目が鋭く光った。
「ならば、戦うのみだな」
イザベルの身体から、爆発的なエネルギーが解放される。
魔剣イグニスの刃先が炎のように輝き、その周囲に熱波を引き起こす。
オリビアはすぐに反応し、剣を構え直す。
彼の視線は変わらず冷静で、イザベルの動きに合わせて一歩踏み出す。だが、彼の足元に、わずかな揺らぎが見えたのは、イザベルの目の錯覚ではないかもしれない。
「行くぜ!」
イザベルはその言葉と共に、魔剣を振りかざし、全力で突進する。
炎が空気を切り裂き、猛然とオリビアに迫っていった。
オリビアはすぐに反応し、素早く身をかわす。だが、イザベルはその一歩先を読んでいた。
イザベルは一瞬で剣の軌道を変え、オリビアの体勢を崩そうとする。その攻撃は、イザベルの魔力を込めた一撃であり、炎の刃が空気を震わせるほどの威力を秘めている。
オリビアはそれを冷静にかわし、すぐに反撃に出る。
彼の剣が、イザベルの攻撃を見事に打ち返す。しかし、その衝撃で二人は一瞬、間合いを取る。
その瞬間、イザベルの目にちらりと光ったものがあった。それは、オリビアが剣を構える時に見せた一瞬の揺らぎだった。
まるで彼の内心に、ほんの少しの迷いがあるかのように。
イザベルはその微細な変化を見逃さなかった。そして、確信が湧いた。
「まだ、終わらせてはいけない」
心の中で決意を固めたイザベルは、再び魔剣イグニスを構え直す。次の一手で、戦いを決めるつもりだった。




