23 吸血衝動は収まらない
不気味な音が鳴り響く白い霧の中でかぐやとエティシは対峙していた。
エティシは一歩前へと進んだ。
そう思ったときには視界からは消えていた。
「あらあら。どこを見ているのかしら?」
かぐやが後ろを振り向けば、もう既に黒い蔓にて背中を貫いていた。しかし、背中からは血が溢れ出さなかった。
「『黒の蔓』、この蔓はね、貫いた人の血をなくなるまで吸いつくすのよ」
エティシは不敵な笑みを浮かべる。
「どいうことか分かるかしら? あなたに勝ち目はないってことよ」
エティシは更に黒い蔓を自身の周りに生み出す。そして、ゆっくりとかぐやの方に近づいていく。数本の黒い蔓がかぐやを貫き更に追い詰めていく。
かぐやは黒い蔓をどうにかしようと魔法陣を構築する。
「抵抗するのは辞めた方がいいわよ。その状態で魔法を行使すれば痛い目をみるわ」
エティシはかぐやの目の前に立ち、牙をだす。首元に口を近づけば、その牙でかぐやの血を吸っていこうとする。
次の瞬間、エティシの牙が凍りついた。彼女は瞬時にかぐやと距離をとる。
予め『犠牲』を使い、自身に一定以上の負傷を負おえば、『凍氷』が発動するようになっていたのだ。
「いつ魔法を使ったのかしら?」
かぐやの背中を貫いた黒い蔓も凍りつき、粉々に砕け散る。
同時に『治癒』の魔法で貫かれた背中が治っていく。
「あなたと会う前からよ」
かぐやは地面に巨大な魔法陣を構築する。魔法を発動すれば、地面は凍り、エティシの足元も凍った。
「どんな魔法を使ったのか分からないけど、これならどうかしら?」
エティシは目の前に魔法陣を構築させる。そこに白い光の粒と黒い光の粒が流れ込んでいく。
そして黒い炎と白い炎が現れ、混ざっていく。放たれたのは灰色の炎。
「『灰焰霊炎』」
かぐやはそれを防ぐように灰色の炎を『凍氷』で凍らせていく。しかし、凍らせてもあっという間に溶かされていく。
灰色の炎は勢いが収まらず、真っすぐかぐやの方に向かっていく。
「『疾風』」
かぐやは自分を風で飛ばし、灰色の炎を寸前で躱した。
「なかなかやるわね。さっきのは避けられないと思ったのだけど……本気を出さないと負けちゃいそうね」
その体はより、精霊へと近づき、魔力も先程とは比べものにならないほどに跳ね上がった。
不気味な音は大きくなっていき、それに呼応するようにエティシの魔力も増していく。
「……うぅ。何よ、この音……」
不気味な音はかぐやの魔力を減らしていく。
「この音は私の魔力を増やし、相手の魔力を減らしてくれるの。私のお気に入りの魔法『霊杯旋律舞』」
「音を聞かなければいいっていうことかな」
かぐやは自身の耳を凍らし、不気味な音を最小限までに抑えた。
「大胆な事をするわね。そんなことをしても勝てるはずもないのに」
不気味な音は鳴り響き、さらにエティシの魔力が増していく。
「あなただけには負けたくないわ」
かぐやは『凍氷』で氷の剣を創る。
少しぎこちない形をしているが、強度はそれなりのものである。
「ふふふ。無駄だということを思い知らせてあげましょう」
エティシの赤い瞳は更に赤く輝き、牙はより尖がっていく。
「こうなるともう吸血衝動は収まらないわ。精々、頑張ることよ」
エティシがそう告げれば、次の瞬間にはかぐやの目の前にいた。
かぐやはそれに対応するように、氷で盾を創る。エティシはかぐやの腹部をその氷の盾ごと殴り、氷の盾は砕け、かぐやは後方へと吹っ飛んでいった。
「……くっ……」
エティシは更にスピードを上げ、かぐやに飛び込んでいく。
かぐやは自身の体を凍らせ、嚙まれないようにするが、エティシはその氷にしがみつく。
氷に少しずつひびが入っていく。
その牙がかぐやの肩に触れる。
「『氷結嵐』」
次の瞬間、かぐやに纏わりついた氷は弾け飛び、嵐となってエティシに襲い掛かる。
「無駄な足掻きを……」
エティシの周囲に巨大な黒い蔓が一本生え、氷の嵐を叩き潰す。
「あなたの血が……欲しいわ」
エティシは先程よりも速く、かぐやに噛みつく。
かぐやはそれに反応できずに首元を嚙まれてしまう。
体内に毒を入れられ、瞼が重くなっていく。
「私は……負けない……」
毒に抗えず、そのまま眠りについてしまう。
――私はここまでなのかな。結局、昔と変わらなかったわ。
――折角、ノエルから魔法を教わって自分の身を守れるようになったと思ったのに。
――こんなところで終わっちゃうなんて。
途端、別の者の声が聞こえてきた。
――かぐや――
その柔らかく、どこか落ち着かせる声にはかぐやの懐かしい想いを蘇らせる。
――あなたは誰?
――それは言えない。だけど、ここで負けちゃだめだ。
――分かってるわ。
――でももう無理なの。私には何の力も残っていない。
――力が残ってたとしても、もう勝てない。
――どうしてだい?
――私の攻撃は全部通らなかったもの。
――攻撃が通らないんじゃ、勝てるわけがない。
――君はすぐ諦めちゃうね。昔からそうだ。
――だけど、なんだかんだ君は最後の最後まで諦めない。
――君なら出来るはずだよ。
――でも……
――勝てないものは勝てないわ
――大丈夫。僕が力の使い方を教えてあげる。
――君だけの魔法が使えるようにしてあげるから。
――だから、僕を信じてくれないかい?
その柔らかな声は消えていき、無音となった。
毒が体内にめぐっているため体を起こす事さえできない状態だ。
そんな状態でも自身の真下に魔法陣を構築し、『疾風』で体を飛ばす。
エティシはその勢いに飛ばされ、後方で着地する。
「……私は……負けない……わ」
かぐやは半分起きた状態でエティシに向かって言う。
「まだ足掻くのね。懲りないわね」
エティシは黒い蔓を生やそうとする。
そのとき、エティシは固まった。まるで時が止まったかのように。
「……ま、さ、か……」
かぐやの遥か頭上に薄っすらと綺麗な丸のような影が現れる。
「蒼い月……蒼月セレスティア。まさか、思い出したというわけ? 速く殺さないと」
エティシは黒い蔓を全力でかぐやの方に飛ばす。
霧は晴れていき、頭上にあった丸い影は蒼く光り、この場の空間を宇宙空間とさせた。
「「月は蒼く輝き地上を照らす。生きる者の魂を飛ばし、次へと繋げる。月明りは全てを無に帰す」」
かぐやの声と優しく、落ち着くような声が混じり、宇宙空間に響く。
万物万象を全て滅ぼす蒼い月が輝く。
「「――『蒼月セレスティア』」」
その蒼い光がエティシを照らす。
かぐやに向かった黒い蔓は消え、エティシの体も薄くなっていき、その赤い瞳は黒色へと変わっていた。
「だ、だめ!!!!!!!!」
エティシはそう叫びながら地面に倒れた。
宇宙空間のような空間はなくなり、白い霧の空間へと戻った。かぐやはゆっくりと地面に足を着ける。
かぐやもぼろぼろで立つことが精一杯だが、エティシは立つことさえ厳しい状況だ。
「……後悔……するわよ」
エティシは力を振り絞り、言葉を発する。
「そんなのどうでもいいわ」
エティシはかぐやのその返答に予想をしていなかったのか、驚いていた。
「後悔なんてもうたくさんしたわ。だけど、後悔して死ぬなんてことだけはしたくないわ」
「ふふふ。最後にあなたと会えて良かったわ」
エティシは不敵な笑みを浮かべる。
「あなたの血は美味しかった。いつかまた会えたら、今度は友達としてあなたの血を飲みたいわ」
「私はまだあなたのことが嫌いだわ。……でも少しくらいは飲ませてあげるわ」
かぐやはそっぽを向きながら言う。
「あらあら。そんなに照れちゃって……私に血を吸われるのがそんなに気持ちが良かったのかしら」
「ち、違うわよ! 気持ちいとか……そういのじゃないんだから……」
かぐやは自分に言い聞かせるように言う。
「……やっぱり、吸血衝動は収まらないわ」
エティシはそう言って、完全に体が消えていった。その魂さえも。




