22 原初の吸血鬼
白く濃い霧の中だった。
パレードらしきような影が見えるが、霧の向こう側から不気味な音が鳴り続いている。
かぐやはその中を彷徨っている。
後ろから足音が聞こえれば、彼女はそこで足を止めた。
ふり返ればそこには一人の女性が立っていた。暗い紫色で鍔の広い三角帽子を被り、黒いワンピースを着ている。
「あなたは誰?」
黒いワンピースを着た女性は、ふふふ、と笑った。
「初めまして。私は原初の吸血鬼、エティシ・シュメール」
彼女はゆっくりとかぐやに近づいていく。
よく目を凝らせば、エティシには精霊の特徴の一つである四枚の羽がうっすらと見えたりするときがある。彼女は言わば半分吸血鬼の半分精霊だ。
「何をしにきたの? 皆はどこにやったの?」
「私はね、君を殺すように命令を受けているの。堕月の姫」
「何よそれ。私、そんな風に呼ばれてるの?」
エティシは不気味な笑みを浮かべる。
「あら。知らなかったの? あなたは月を裏切ったのよ。そう呼ばれて当然だわ」
かぐやはそれに反論するように言うかと思えば、冷静な口調で言い返す。
「ふーん。私には関係ないわ。あっちが勝手に私に何かを期待したりしているだけだもの。それに今はただの人間」
霧がさらに濃くなっていく。
「あらあら。てっきり怒るのかと思ったのだけど……まあいいわ、私はあなたの血に興味があるだけだしね」
エティシの目は赤くなり、小さい牙が生え、四枚の羽がはっきりと現れる。
そして、前に歩き出しながらゆったりとした上品な口調で話しを続ける。
「私はね、人間の血を求める女性の精霊と言われているの。時々、自分が精霊なのか吸血鬼なのかよく分からなくなるわ」
かぐやは警戒するように後ろず去りする。
「何の話?」
「私もあなたも一緒だねって話。私は精霊の掟を破って、吸血鬼の吸血衝動も抑えられず、仲間を殺しちゃったことがあるの」
エティシは遠くを見つめながら思い出すように言う。
「だからね。裏切って居場所を無くしたところが私たちはそっくり。……でも、一つだけ違うところがあるの。それはね、あなたには居場所が出来ていること。そんなあなたはどんな味がするのか気になってね」
かぐやは険しい表情をしながら、エティシに尋ねる。
「血の味が気になるからって、人を殺したの?」
エティシは不気味な笑みを浮かべながら、返事を返す。
「人を殺す? 何を言っているのかしら。私は人間の血なんて興味がないわ。私は強い吸血鬼の血にしか興味がなかったのよ。人間の血に興味が湧いたのはあなたが初めて」
***
イザベルは白く濃い霧の中で真っすぐ歩いていた。
少し歩けば、愉快な音楽が聞こえてきた。その音楽が流れたとともに人影が現れる。
「汝を今から処す」
人影から白のシャツに黒のジャケット、エレガントな蝶ネクタイで、厳格さと品位を感じさせる吸血鬼が現れた。
「誰だ、お前?」
「私の名はオリビア・エヴァンス。原初の吸血鬼が一人、死者の血を求める者」
放つ言葉にはどれも風格があり、重みを感じる。
「他の奴らはどこにやったんだ?」
「先に名を名乗るのが礼儀というもの」
「……俺の名はイザベル・デュラン。魔族の四天王だ」
「ふむ。では先程の質問に答えよう。汝の仲間は他の者が対処している。助けたければ私を倒すのが道理」
オリビアは腰に掛けてあった剣を鞘から抜き出し、一歩近づく。
その動作には無駄がなく、熟練された剣士のような振る舞いだった。
「お前らは何が目的なんだ? 何かした覚えはないのだが」
オリビアは目を瞑り、一瞬だけ考える。
目を開ければ、口を開く。
「無礼を承知の上で申す。汝の質問に答えることは出来ない。私は王の命令通りに動く配下にすぎぬ身分故に迂闊に喋ることが出来ないのだ」
イザベルは魔法陣を構築し、そこから魔剣イグニスを取り出す。
「それは面倒なことだな。他の奴らも殺そうとしているのか?」
「その質問を答えるのは難しい。私達が汝らよりも強いという保証はないからだ」
「なるほどな。ってことは殺そうと計画してるってことでいいんだな」
「その解釈の仕方で構わない」
イザベルは一歩前へと進み、言葉を放つ。
「俺を殺すと言っていたが、お前は俺より強いとでも思っているのか?」
オリビアは表情を崩さないまま、冷静に答える。
「先程も答えた通り、私が汝よりも強いという保障はない」
***
心地の良い、眠たくなるような音楽が霧の中で鳴り響く。
その霧は白く、濃く、奥の方には薄っすらと影が見える。
「おやおや、俺の相手はか弱そうな少女ではないか」
霧の中から出てきたのは中年男性のような顔立ちの吸血鬼。黒と赤を基調にした、神秘的で重厚感のあるデザインの服に風になびくようなダークな色合いのマントを羽織っている。
「……ここはどこ?」
男はにやりと笑みを浮かべ、見下すように笑う。
「くくく、不運なことだな。小さな少女よ。ここは王の作り出した結界、ここから抜け出せはしない」
鈴花は淡々と質問をする。
「……あなたは誰?」
「原初の吸血鬼が一人、神殺しの吸血鬼、ゼファー・フォールン」
ゼファーはゆっくりと鈴花の方に近づいていく。
くくく、と笑いながら、言葉を続ける。
「か弱き少女よ。この俺を見ても怖がらないとは実に面白い。名はなんと言うのだ?」
「……蒼井鈴花」
「鈴花。お前の血からは神の血の匂いがするな。転生する前は何者だった?」
鈴花は淡々と答える。
「……分からない」
ゼファーは興味深そうに彼女をじっと見つめる。
「分からない、か。神が転生に失敗することはない。ということはもしかするとお前は神が意図的に作った者なのかもしれぬ」
鈴花は首を傾げる。
ゼファーはそれに構わず話を続ける。
「つまり、お前はこの世に存在するはずのなかった存在ということ。そして、俺の好きな血の味だということだ」
鈴花は表情一つ変えずに淡々と質問する。
「……他の皆は?」
「知らん。運が良けりゃあ全員生きてるだろうよ。俺は専らお前以外には興味がねえんだ」
ゼファーは少し不機嫌そうに言った。そして表情も少し曇った。
「取引をしないか? お前の血を毎日吸わせろ。その代わり殺さないでやる」
鈴花は首を横に振る。
「……それは嫌だ」
***
霧の向こう側から低い声が鳴り響いた。
「さて、今見てもらった通りだが、貴様の配下は人質だ」
人質で何か要求をのみ込ませるつもりか。
ネクロスは続けて喋る。
「ここで一つ、取引をしないか? 人質を解放する代わりに貴様の魂をこちらに渡せ」
ネクロスは俺の目の前に魔法陣を浮かばせる。『誓約』の魔法だ。これに調印をすれば、必ずその誓約を守らなけらばならない。破れば、何かしらのペナルティが与えられる。
俺はその魔法を破棄した。
「……断る。なぜ俺がお前に魂を渡さなければならない?」
「傲慢だな、魔王。貴様は配下を皆殺しにするつもりか?」
「俺が配下を皆殺し? 笑わせるな。なぜ俺の配下がお前の配下に負ける前提で話している?」
「力の差ははっきりしている」
「力の差? お前は力が全てを決するとでも思っているのか?」
力だけが勝敗をきめるのなら俺は魔王になっていない。
重要なのは――
「——己の心。それが勝敗を決する。俺が配下を信じてやらねば、誰が信じる?」
「やはり傲慢だな。ここで見とくといい。貴様の配下の結末をな」
再び、霧の中に三つのスクリーンが現れ、映像が流れる。
そこにはかぐや、イザベル、鈴花の姿があった。




