19 勉強会
翌週の木曜日の放課後――
俺はいつも通り学校の授業を終え、帰ろうとしていた。すると、隣の方からこちらをじーっと見つめているかぐやが何かもの言いたげそうな顔をしている。
「どうした? そんなに見つめられても何も出てこないぞ」
「……あなたって、中間試験大丈夫なの? いつも授業中、ノートを取っていないけど」
かぐやは首を傾げる。
多少、勉強をすれば余裕だろう。
「くはは。なんだ、そんなことか。授業内容ならばこの頭に刻んである」
「……ほんとかしら?」
「そんなに疑うのなら、俺と勝負でもするか?」
かぐやは一瞬、沈黙する。そして、何か思いついたように言う。
「いいわよ。勝負しましょう。合計の点数が高かった方の勝ちね」
「満点を取らなければ俺には絶対に勝てぬがいいのか? それともハンデでもくれてやろうか」
かぐやは怒ったような口調で言う。
「舐めないでもらいたいわ。私はあなたよりも長く生きているもの。それに試験には自信があるわ」
確かに俺より長く生き、この世界についても俺より知っているのだろう。
「俺も混ぜてくれねか?」
こちらの方に寄って来たイザベルが言った。
「構わぬ」
俺が短く返事をすれば、イザベルは意気込むように言う。
「今度こそ負けねえぞ」
まあ、二人には申し訳ないが良くて引き分けといった所だ。ハンデをやれば、俺に勝てるかもしれないが、それで勝っても嬉しくないだろう。
「……勉強を教えてもらいたい」
淡々とした声が近くから、いや俺の背後から聞こえてきた。後ろを振り向けばそこには鈴花が立っていた。『転移』を使ってここに来たのだろう。随分と魔法の上達が速いものだ。
「いいぞ。だが、魔法を数日で使いこなせるお前が教えてもらうことなどない気もするが?」
鈴花は首を横に振る。
「暗記は得意……それ以外は苦手……」
「なるほどな。ならばこの後、俺が分からぬ所を教えてやろう」
鈴花は微かに微笑む。
「……ありがと」
「それでは、早速場所を移すとするか」
俺は教室の床に魔法陣を構築させ、そこに魔力を注ぐ。発動したのは『幻想空間』だ。
周囲にあった机や椅子、黒板が消え、その代わりに一つ大きいテーブルと四人分の椅子が現れる。周りの景色は俺の家のリビングを再現している。
「さて、勉強会といこうか。俺は鈴花に教える。お前たちは各々やるがいい」
「分かったわ」
「分かったぜ」
二人は席に着き、黙々と勉強し始める。集中力だけで言えば、俺に引きを取らぬほどだ。心配するところもないだろう。
俺は視線をかぐや達の方から鈴花の方に移す。
「それで、何から教えて欲しい?」
鈴花は無言になり、少々考える。そして、淡々と答えた。
「……国語……物語の問題」
「いいだろう。何が分からぬのだ?」
「登場人物の気持ちが分からない」
なるほど。確かに、感情表現に乏しい鈴花にはあり得ることだ。
「そうか。なら、今回の物語に出てくる主人公の気持ちはどこまで理解している?」
鈴花は少し間を置いて、答える。
「……悲しい……けど、嬉しくなる……?」
苦手とは言っていたものの基本的なところは抑えられているな。あともう一歩、深く考える必要があるといったところだ。
「そうだな。だが、なぜ悲しい? なぜ嬉しくなった? その間に何が起きたのだ?」
俺は鈴花に問う。そして、俺は鈴花の方に近寄りながらさらに言う。
「もっと深く見ろ。深く深く、登場人物の気持ちを見るのだ。そうすれば登場人物の気持ちを理解できよう」
俺は鈴花の目の前まで行き、肌触りの良い顎を持つ。俺は鈴花の目をじっと覗く。前の世界でもいないほどの綺麗な目だ。
「折角、いい目を持っているのだ。それくらい出来るだろう」
照れているのか、彼女の頬が少し赤らむ。
「綺麗な目だ」
俺は真っすぐと見つめながら言う。鈴花はさらに頬を赤くし、顔を俯かせる。
「……恥ずかしい」
「なぜだ?」
「……真っすぐ見られてる」
「誰にだ?」
「……先輩に」
「やれば出来るではないか。その調子で物語を読んでいけば、前よりは理解がしやすくなるだろう」
鈴花は微笑みながら、淡々と言う。
「……ありがと」
彼女は席に戻っていき、勉強をし始める。
かぐやからは呆れ混じりの鋭い視線が向けられている。特に何か迷惑をかけた覚えはないのだがな。
「何か迷惑でもかけたか?」
かぐやは少し怒りっぽく返答する。
「勉強中にいちゃつかないでもらいたいわ」
「それはすまなかった。お前にもやってやろうか」
俺がいたずらっぽく言えば、彼女は顔を赤くし、それを隠すように顔を伏せる。
「そ、そういう、わけじゃないわ!!!!」
顔に思いっきり、羨ましいと書いてあるのだがな。心というものは一筋縄では分からないものだ。俺もまだまだ心の奥底を見ないといけぬな。
「……それで、余裕そうにしてるけど大丈夫なの?」
かぐやは疑問の表情を浮かべる。
「勉強など一分もあれば十分だ」
彼女はさらに怪訝そうな顔をする。
俺は鞄から教材を全て取り出し、魔法陣を構築し、魔力を流す。
魔法を発動しようとしたその時、かぐやが怒りっぽく言う。
「魔法を使うのはずるいわ」
魔法はずるい、か。魔法を使えるようにするのにも努力が必要なのだから、それは実力の一部としてカウントされてもいいと思うのだが……まあ別に魔法を使わずとも簡単に覚えられる。
「そうか。魔法を使っても使わなくても変わらないのだがな」
俺は教材を一冊、手に取る。そして、高速でめくり読んでいった。その間、僅か0.0001秒ほどだ。それを見て、驚いたようにかぐやは言った。
「もう一冊読み終わったの!?」
「何を勘違いしている? そんなわけないだろう――」
かぐやはほっとしたように胸に手を当てる。
「そうよね」
「――全て、読み終えたのだ」
かぐやは理解が追いつかなかったのか、一瞬固まる。そして、先程以上に驚くように言う。
「……嘘でしょ!? 一秒もかかっていないじゃない。流石に嘘、よね?」
「本当だぞ」
彼女は絶望を感じたかのように崩れ落ちた。
そこまで驚くことでもないと思うのだがな。転生者ならば大体の奴がいい目を持っているのだ。練習すれば誰でも出来るだろう。流石に0.0001秒で俺と同じ量を読むのは厳しいかもしれないが、一分以内だったらいけるといったところだ。
それに前の世界のときは、俺よりも速読に優れたものはごまんといる。俺はその優れたものに引きを取らぬために練習しただけだしな。
「……なんか、勝てない気がしてきたわ」
「何をいまさら弱気になるのだ。速読が出来ぬからと言って、試験で満点が取れないというわけではないだろう」
「それもそうね」
かぐやは弱弱しい声を発しながら、しぶしぶ勉強に取り組んだ。




