17 勇者とは
「逃げる準備をしたらどう? まあ無理だろうけど」
自称勇者は煽るように言った。
「そんなに俺を倒せる自信があるなら、さっさとかかってくるがいい」
俺がそう言うと、次の瞬間には俺の懐に入り、心臓を突きさそうとしていた。俺は彼の剣を指一本で止めた。周囲には爆風が起こった。
「なっ!?」
「そこそこ強いな。まあ、自称勇者なだけはある」
「攻撃一つ止めたくらいで粋がらないでよ」
彼は片手に魔法陣を浮かばせる。そこには魔力が込められていき、やがて白く光る。
「『光雷帝』!!!!」
彼の手からは白い雷がばちばちと鳴り、その雷はそのまま俺の方へと向かう。
「『黒雷』」
俺はその白い雷に黒い雷をぶつけ、勢いを落とす。だがその勢いは止まらず、俺の方へと向かってくる。俺はさらに『黒雷』を白い雷にぶつけて、完全に相殺する。
「へえ。この結界の中でも魔法は使えるんだ。魔力量は凄いね」
「少しは戦うのを止める気になったか?」
「魔法は凄いけど、六千年前の君に僕の動きについて来られるかな?」
先程、指一本で止めたのだが、あれはたまたまだとでも思っているのか?
すると俺の目の前に自称勇者が現れる。そう思ったときには次の瞬間には消えていた。否、俺の背後に回っていた。俺が後ろを振り向けば、聖剣が俺の片腕を斬っていた。
「ほーら。やっぱり、僕の動きにはついて来られない」
運動能力は俺よりも遥かに上だな。
俺は切れた片腕を『治癒』で治そうとする、が、治癒魔法が結界により妨害され治らなかった。
「この結界は治癒魔法は完全に妨害するんだ。治そうとしても無駄だよ」
「くははは、そうか。確かにお前は俺よりも速く動けるようだ。六千年も経てば、魔法の技術も運動能力も俺を超えていてもおかしくはない」
「へー、もしかして、負け惜しみかな。そんなことをしても意味はないよ」
「お前はどうしようもない人間だな。確かにお前は悪知恵も強さもある。そこは認めてやる。だが、貴様には圧倒的に経験不足だ」
「なんのこと————ぐはっ」
自称勇者は口から血を吐く。
「なぜ……」
「言ったであろう。貴様には経験が足りていないと。俺の無防備は姿に警戒を全くしないからそうなるのだ」
俺が腕を斬られて時、『死感』の魔法をかけていたのだ。それにより、彼は何度も死ぬのだ。この結界では十分な魔法は使えないから、本来の効果よりも痛みはあまり感じない。
「この……魔法は――ぐああああ!!!」
俺はゆっくりと彼の前まで歩いていく。
「お前は勇者がどういうものなのかを分かっていないな。六千年前の勇者は誰よりも平和にしようと頑張っていた。神の命に背いてもな」
俺は足元に魔法陣を描く。
「『幻想空間』」
周囲は体育館から真っ白な風景に変わり、やがて霧の濃い森へと風景が変わる。そこは前の世界の魔の森だ。
「ここは貴様ら人間の英雄である勇者が俺と戦った場所の一つだ」
俺は『死感』の魔法を解く。倒れていた自称勇者はゆっくりとこちらを睨むように立ち上がる。
「ただでは済まさないよ」
「ただでは済まさないか、それはこちらのセリフだ。貴様のような者が勇者を名乗るとは非礼にもほどがあるぞ」
「僕は勇者だ」
「まだ勇者と名乗るか。貴様が本当に勇者なのならば、この魔法に耐えて見せろ」
俺は『呪霧』を使い、周囲を魔法の霧で満たす。
「この魔法は邪悪な心を喰らう。お前が勇者ならば、この魔法の霧くらいでは影響されない」
彼は一歩踏み出す。しかし、そこで力が抜けたかのように跪く。そして苦しそうな声をあげる。
「ぐあああああああああ!!!!!」
こんなものか。
「数秒経っただけでその有り様か。勇者とは程遠い、善良な人間ですらないな。よくもまあ勇者と名乗れたものだ」
「僕は……勇者だ。君を殺す……」
「いつまで勇者でいるつもりだ? お前はもう勇者ではないぞ」
俺がそう言えば、淡々とした声が上空から聞こえてくる。
「反逆者クルト。ただいま神からの信託が下りました。人間よ、反逆者クルトを討伐してください」
空を見上げれば、そこには神からの使い、半神半人ソエルが浮いていた。ソエルはクルトに転移魔法陣を浮かべた。俺もそれと同じように転移魔法陣を描く。
魔力を流し転移をすれば、そこは人間の国、かつて勇者ソラが魔族から奪い返した領土、エルドリアだ。
「さて、クルト。ここは人間の国であるエルドリアだ。これがどういうことか分かるな?」
「……なんで……僕の名前を……」
「さっき居た半神半人が言っていただろう。俺には生物まで自由に幻想をすることは出来ない。つまり、お前は神から勇者失格の烙印を押されたのだ」
クルトの周りに人間が集まっていく。それぞれ武器らしいものを持っている。その内の一人が罵声を吐く。
「何が勇者だ!」
「お前なんか勇者やめちまえ」
「この、裏切り者!!!」
一人の罵声をきっかけに罵声が次々とクルトに向かう。さらには彼を蹴るものまで現れる。
「ああ、うるさい!!! 誰が何と言おうと僕は勇者だあ!!!!!!!」
クルトは怒り狂ったように叫びながら、周りにいた人を一蹴する。数百といった人間はものの数秒で消えていった。
「それでは勇者ではなく、ただの怒り狂った人間だぞ」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、君に何が分かるというのだ!」
クルトは俺に真っすぐ突っ込んできて、剣で刺そうとする。俺がそれを手で受け止めれば、剣は簡単に折れた。
「……な、ぜ?」
「分からぬか? 貴様は人間を裏切り、神を裏切り、勇者としての使命を裏切ったのだ。貴様にはもう聖剣の力はない。その剣はただの鉄の剣となっているのだ」
俺は『幻想空間』を解除する。
「生憎とお前を殺すようなことは出来ぬ。精々、反省でもすることだ。冷静になり、今までの人生をふり返って見ることだな」
俺はかぐやの方に歩いていく。かぐやにつけられた縄を解き、起こす。
「起きろ。こんな所で寝れば、風を引くぞ」
「んん……まだ眠いのよ。もう少し寝かせて頂戴」
起きなかった。ここで寝かせてと言われても、ほっとく訳にはいかない。友達も待たせていることだしな。
「ここは家ではないぞ。学校だぞ」
「……えー。……キスをしてくれたら、起きてあげるわ」
全く仕方がない奴だ。俺は顔をかぐやの頬に近づけ、キスをした。すると彼女はゆっくりと目を開けた。
「……え? ……」
かぐやは顔を真っ赤にして顔を隠した。
「今、キスした?」
「ああ。お前がして欲しいと言っていたからな」
その言葉を聞いてかぐやはさらに顔を赤くする。
「うぅ。……私はなんてことを……」
何がぶつぶつと呟いている。
「さて、食堂に行くぞ。もう一時だ」
「う、うん」
俺はかぐやに手を伸ばし、彼女はそれを掴み、立ち上がる。まだ恥ずかしがっているのか、顔は隠したままだ。
俺とかぐやが体育館を出ようとすると後ろから声がした。
「なんで僕のことを生かしたのだ?」
振り返れば、そこには倒れているクルトがいた。
「さっきも言ったが、殺し合いは禁止されているのでな」
俺はそう言って、後を去っていった。
「怪我はないか?」
「ないわよ。…………その、助けてくれてありがとう」
かぐやは少し照れたように言う。
「お前は俺の友達で配下だからな」
「なんで私があなたの配下ってことになってるのよ」
「嫌か?」
「別に嫌ってわけじゃないけど……」
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいぞ。寝言を言ってた時の堂々さはどこにいった?」
「あ、あれは、違うわよ!!」
かぐやはこちらを睨みつけるように言った。