16 勇者と名乗るもの
食堂に行くとそこは生徒や客で席がいっぱいだった。
周りを見渡せば、端っこの方に一人、蒼井鈴花が立っていた。
「悪い。待たせたな」
俺は鈴花に話しかける。
鈴花は首を横に振り、淡々と言った。
「私も今、来たばっか……」
「そうか。今日、俺の友達も来るのだが大丈夫か?」
「……平気」
そう言うと、鈴花は階段の方に歩き出して、二階の方へと昇っていく。
「……席を取っておいた」
彼女はそう言って、四人席のテーブルに座る。
俺がかぐやとイザベルを連れてくることは想定内だったか。
こういうのは本当は俺がやるべきなのだろうが、彼女がやりたいと言って任せたが……ここまでしてくれるとは想定外だ。
「わざわざ席を四人分の席を用意してくれるとはな」
俺は鈴花とは向かい側の席に座る。しばらく沈黙が続き、俺は時計の方を確認する。現在時刻は十二時半だった。
ちょうどその時、階段の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「遅れちまったな。すまん」
来たのはイザベルだった。
「集合時間ぴったりだ。さては、狙っていたな」
俺がそう言うと、イザベルは頭の後ろに手を乗っけた。
「ばれちったか」
「……かぐやはどうした?」
「俺は知らねえぞ。てっきりお前と一緒に居ると思ったのだがな」
イザベルと一緒に来ると思っていたのだが、これは少し想定外だな。
まあ、大方まだシフトが交代出来ていないのだろう。あいつが遅れてくるとは思えぬがもう少し待つか。
イザベルは俺の隣に座る。
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少し時間が経つと俺の脳内に『思念伝達』の雑音が流れてきた。不思議な感覚だ。普段はこんなことはめったに起きない。かぐやかイザベルが誤作動をさせたか?
「イザベル。お前、『思念伝達』を使ったか?」
「いや、使ってねえ。何かあったのか?」
「では、俺の勘違いだったようだ。何も心配はいらぬ」
「そうか」
イザベルではないということは、かぐやの方か。最近は魔法にも慣れてきたと言っていた。魔法に慣れていないあいつがやるなら分かるが、慣れていつあいつがこんなことを起こすとは思えん。少し捜索してみるか。
「イザベル、鈴花。少し、急用を思い出した。すまんがここで待っていてくれ。すぐに戻る」
イザベルと鈴花は頷く。俺は席を外し、食堂を出ていく。
俺はかぐやと『思念伝達』を繋ぐ。
⦅かぐや、聞こえるか?⦆
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⦅聞こえているなば、返事を。どこにいるか教えてくれるか?⦆
⦅————————————⦆
聞こえてきたのは雑音だけだった。これでは、俺の言葉は届いているのかすら怪しいな。何かに巻き込まれているのかもしれないな。
俺は『思念伝達』の微小な魔力を辿っていく。
その魔力を辿っていけば、体育館でその魔力が途切れていた。体育館は使われておらずがら空きだ。ここに用もないはずだと思うがな。
俺は体育館を魔眼でじっくり見る。すると薄っすら結界が張っているのが分かった。かなりの高度な結界で魔力も殆ど感じられないようになっている。
効果で言えば、魔力を乱し、中にいる者を隠すような結界になっている。だが結界の出入りは自由のようだ。普通ならここまで大きな結界を展開をしないはずだ。
俺は結界の中に入っていく。するとそこには、魔法の鎖で縛られているかぐやともう一人、うちの高校の生徒がいた。かぐやは地べたに倒れたまま、深く眠りについているようだ。
「遅かったね。魔王さん。もう少し早ければ、この子を救えたかもしれないのに……って言っても魔王が人助けするわけないか」
俺を一目で魔王と分かったのは転生者、その中でも俺と同じ世界から来た人間か。俺が人助けをしなさそうだ、と言われるのは初めてだな。
「何のつもりだ?」
「あははは、僕はただ君を殺す使命があるんだよ」
彼は見下すように言った。
俺を殺す使命か。まさかとは思うが……
「……勇者なのか?」
「そうだよ。びびった? 僕は勇者、君を殺す使命を持つ者。君は魔王、僕に殺される悪役だ」
こんな奴を勇者にするとは人間も見る目が衰えたか。俺を知っているということは三つの次元に分けた後の者か。人間界には人間しかいないはずだが、なぜ勇者がいるんだ?
「まさか、俺を本気で殺すつもりか?」
「もちろんだよ。あ、もしかしてびびっちゃった? 今更、命乞いしても無駄だよ」
はぁ、話にならない。まさか勇者だというのに俺の力が分からぬとは。それでよく勇者をやれたもんだ。
自称勇者がにやりと笑う。
「だって君は六千年前に勇者に倒された魔王なんでしょ。僕に負ける理由はないよ」
彼はそういいながら、手元に剣をだす。その剣を前に突き出す。
六千年も経てば、歴史が変わっていてもおかしくはないが、俺が弱いもの扱いされるとは面白いものだ。
「これが魔王を殺す聖剣。どう、怖気づいた?」
「俺が怖気づいたと言われる時代が来るとは、夢にも思わなかったぞ」
「ふーん。余裕ぶってるけど、君は魔法が使えないんだよ? そんな余裕はないと思うよ」
なるほど。俺がこの結界によって魔法を使えないと思っているからそんな自身が湧くわけか。
「くはははは。六千年も経てば勇者も腐るという訳か」
「何を言っているのかな? 僕は真の勇者だよ。君より強い」
どうやらこいつは救いようもない馬鹿のようだ。正直、相手をしているだけ、無駄だ。ささっとかぐやを救いだして、ここを去りたいことだが……そう上手くは行きそうにもないな。
「勇者だというならば、なぜ俺以外のものを巻き込む?」
「必要な犠牲だよ。君を倒すためのね」
必要な犠牲、か。ここまで腐りきった人間は初めて見るな。前の愚か者の方がよっぽどマシと言える。
「俺を簡単に倒せる程の力があるのだろう。ならば、人質など取らず、正々堂々かかってくればいい」
「そうだよ。だから人質がいるんだよ。君を逃がさないためにね」
「その言い分は分かった。一理ある。しかし、俺達は戦うことを禁じられているはずだが?」
「僕は勇者だ。君を倒せば、こんなゲームは安いものだ」
そこまでして俺を殺したいのか。前の世界で何が起きているかは分からぬが平和とは程遠そうだな。
「俺を殺してどうする? 俺を倒したとて平和は訪れんぞ」
「今更、何を言うんだ。君がこの世に存在するから、平和が訪れないんだよ」
物分かりの悪い勇者だ。
「お前に一つ言いたいことがあるのだが……お前の持っている聖剣は紛い物だ」
「強がるのはいいけど、君が生きていた頃よりも強力な聖剣だよ」
俺の生きていた頃より強い? どこからどう見ても、聖剣の力はほぼ失っているだろうにな。ただの剣に魔力を込めた方がよっぽど強い。
「聖剣の力は神族によって与えられ、その力は剣の所有者の勇気と仲間からの信頼、希望、愛によって構成される。お前にはそのどれもが勇者としては足りぬと思うが?」
「君には見えない力があるんだよ。僕は勇者の素質を全て持ち合わせてる完璧な存在さ」
「自分の力もよく分かっていないとは、お前は思っていた以上に馬鹿なのだな」
「君は僕を侮辱しているのかい。その言葉を撤回させるなら、痛めつけずに楽に殺してあげるよ」
自称勇者はこちらを睨みながら、少し怒り気味で言う。自分が馬鹿だと思われるのは相当、嫌だったらしい。
「くはははは。お前はいつまで自分の方が強いと思っているのだ?」
「何を言って――」
彼がそう言いかけた瞬間、聖剣の光が消えていった。
「何をやった!? 聖剣の力が消えるなんて――てどでも言うと思った? 聖剣が無くても僕は君を殺せるよ」
聖剣の力を失われるとはどういうことか、まだ分かっていないようだな。これは少し荒治療をすることになりそうだ。