15 文化祭
三つ目の試練を終え、あれから一か月が経った。
今日は文化祭当日だ。いつも通りの時間に家を出て、学校へ向かう途中、信号待ちの際に薄い水色の髪を持つ少女を見かける。蒼井鈴花だ。この前、三つ目の試練で一緒に謎解きをした後輩だ。
「おはよう。久しぶりだな」
俺は信号のところで立ち止まり、挨拶をする。鈴花は俺の方に振り向き、丁寧に会釈をした。
「……おはようございます」
「そんなに畏まらなくてもいいぞ?」
鈴花は少し戸惑った表情を見せるが、敬語を使った方が楽なのならそれも良いだろう。俺は無理に彼女に気を使わせるほど鬼ではない。
「お前もこの近くに住んでるのか?」
鈴花は首を横に振った。
「……昨日、引っ越した」
なるほど、だから今まで見かけなかったのか。今日が初めての登校だというのも納得できる。数秒後、信号が青に変わり、俺たちは歩き出す。
「そういえば、前に訊きそびれたのだが、転生前の記憶を取り戻したいか?」
鈴花は再び首を横に振った。
「いいのか? いろいろと不便じゃないか?」
「……怖い……」
「怖い、か。まあ、もしかすると嫌な記憶があって、自分で記憶を消したのかもしれないしな。無理に思い出す必要もないか。」
鈴花の気持ちを理解しつつ、俺は一瞬、彼女の目に映る不安を見たような気がした。彼女にとって、過去は重荷なのかもしれない。彼女は少し考えた後、こう言った。
「……助けてくれる……」
お人好しな性格ではないが、知り合いを見殺しにするほど腐ってはいない。俺は一応、力を貸すことに決めた。
「まあな。自分の身を守れるように、一応、使えそうな魔法を送ってやる」
俺は鈴花の頭に手をかざし、『送憶』で魔法の行使の仕方と使えそうな魔法を送った。彼女は驚いた表情を浮かべている。
「ありがとう」
「一通り送ってやったが、頭は痛くないか?」
「……大丈夫」
結構な量の情報を送ったが、鈴花は魔法の才能があるようだ。彼女の中に秘められた力を感じた。転生前に相当な腕前だったのかもしれない。
「ところで親はいるのか? 前の話ではいないと言っていたが」
「……あれは嘘じゃない」
予想はしていたが、やはり親はいないか。
「そうか。引っ越しは大変じゃないか?」
鈴花は首を横に振る。
「……平気」
「怖いもの知らずだな」
鈴花は首を傾げる。
「……そんなことはない」
これで怖いもの知らずでないのならば、世の中、ほとんど怖がりということになるぞ。
「俺の魔法を見ても怖がっていなかったではないか」
「……覚えがあったから」
一理あるな。俺が魔法を使うと知っていならば、怖がることもないな。
「……悠太はある?」
「ははは。まさか、そんなことを聞かれるとはな。まあ俺自身が強いというものもあって今のところはないな。魔族の前の人生ではあったかもしれぬな」
「……意外」
鈴花は目を丸くした。
俺に怖いものがあることがそんなに珍しいのだろうか。
「俺とて、怖いものはあるさ。怖いものがないとすれば神族ぐらいだろうな」
やつら親族は恐れ知らずで自分達が全知全能だと勘違いしているからな。
何をしても怖がることはない。それだから人や魔族の気持ちを考えられぬのだ。
数分歩くと、学校前に着いた。今日は文化祭なので学校の校門にはいろいろな装飾がしてあり、地味な校門が色とりどりな校門に変わっていた。
校門をくぐり、待機室である空き教室に入ると、後ろの席には凛と海が座っていた。
俺は隣の席まで行き、荷物を下ろしながら挨拶をした。
「おはよう。今日は随分と早いな」
いつもはもう少し遅い時間に来るであろう二人が今日は俺よりも早くきていた。
「何と言っても、今日は待ちに待った文化祭だからな」
張りきったように海が言う。
「おはよう。私はたまたまだわ」
凛がそれに続くように言う。
「そうだったか? 確か……ぶんか——」
「ち、違うわよ! 本当にたまたまだわ!」
海が何か言いかけたところを遮るように凛は顔を赤くして抗議する。
「熱でもあるのか? 顔が赤いぞ」
俺が言うと、凛は俺から顔を隠すように横を向き、小さな声で言った。
「……誰のせいだと思って……」
俺は思わず微笑んでしまった。彼女の照れた反応が可愛い。
「そういや、あれから物語の神との接触はないのか?」
「ああ」
俺は短く答える。
あの出しゃばり屋がここ一か月、接触してこないのは珍しい。よからぬことでも考えていなければいいがな。
「凛はあったか?」
「……ないわよ」
凛が弱々しく答える。
「今後、接触があったら、俺に教えろ」
凛と海は頷く。
「さて、もうそろそろ始まる頃だな」
「何が?」
凛は首を傾げる。今日は文化祭だというのになぜ分からぬのやら。
「文化祭に決まっているだろう。寝ぼけているのか?」
「そんなことないわよ!」
凛は俺を睨む。
「行くか」
俺たちは自分たちの教室に向かう。
今日は午前にシフトが入っているため、朝から働くことになっている。
「存分に怖がらしてやるか。海、どちらがより怖がらせるか勝負だ」
「今回は負けねぇぜ」
海が挑発する。
「この魔法具で悲鳴の声が大きかった方が勝ちだ」
俺は手のひらから二つの『音魔測定器』を出し、一つを海に渡す。
「それはやめなよ……」
凛は呆れたような視線をこちらに向けてくる。
「お前も入りたいか?」
「やらないわよ」
それぞれ持ち場に着く。俺の持ち場は中盤で、いきなり後ろから追いかける役だ。『透明化』を使い、透明になることで、バレることなくぎりぎりまで潜伏することができる。
数分が経つと、最初の客が入って来た。何度か悲鳴が聞こえたが、まだまだだな。
俺のところに一人の客が来て、その客はびくびくしながら俺の前を通り過ぎる。数歩通り過ぎたところで、『透明化』を解除し、魔力でその客を威嚇する。
神話の時代、『透明化』にて姿を隠し、威嚇してから脅かすのは鉄則だった、が、この世界でもそれは変わらないようだ。
「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
その客は全力で逃げていった。『音魔測定器』に映し出された結果は「8962」。まあまあの結果だ。
数分後、先程の客がまた悲鳴を上げていた。おそらく海の持ち場からだろう。俺は『思念伝達』を使う。
⦅そちらはどうだった、海?⦆
⦅「8031」だったぜ⦆
⦅俺は「8962」だ。惜しかったな⦆
⦅次は負けねぇ⦆
⦅客が可哀想だわ……⦆
凛が呆れたような声で言ってくる。
俺たちはその後も続けて本気で怖がらせていった。
「9041」 「9763」 「8762」 「9001」 「8111」……
そんな感じの結果になった。一方、海の数値はというと……
「7921」 「7543」 「7992」 「8562」 「8867」……
結果的には俺の勝ちといった感じだ。それでもここまで良い戦いができるのは前の世界でもそうそういない。四天王というだけはあるな。
⦅くぅ。今回も負けちったな⦆
⦅なかなか良い試合だったぞ。俺相手にここまで戦える奴はあまりいない⦆
⦅それはありがてぇな⦆
⦅呆れたわ。本当に何をしてるのかしら……⦆
⦅やはり、参加したかったか?⦆
⦅だから違うわよ!!!⦆
素直になればいいだろうに。
⦅この後の昼食だが、どうする?⦆
⦅待機室で食べるんじゃないの?⦆
⦅生憎と先着があってな。俺は食堂に行こうと思うのだが、どうする?⦆
⦅俺はついて行くぜ⦆
先に答えたのは海だった。
⦅凛はどうする?⦆
⦅私もついて行くわ……⦆
⦅十二時半に食堂前に集合だ⦆
俺は『思念伝達』を切り、次の人と持ち場を交代する。
本気で怖がらせに行く魔王……。少し行ってみたい感じもしますね。