12 後輩のお願い
放課後——
隣の席に座っていたかぐやから声を掛けられた。
「そういえば、あなたは部活入らないの?」
部活か。確かにそれも青春の一つだ。
だが、俺が入ればそれは部活とは言わず、ただの蹂躙になってしまうからな。
入りたいとは思うが、この世界では無理そうだな。
「俺が入っていいと思うか?」
かぐやは少し考え、首を横に振った。
「確かにあなたが入れば、部活じゃ無くなる気がするわ……」
改めて人から言われると心が痛いな。
俺ももう少し、手加減というものを覚えなければいけないかもしれん。
体育の授業では教師も生徒も皆、びびっていたことだしな。
「だから、入るつもりはないな」
時間はたっぷりあることだ。その辺は後々決めればいいだろう。
「そういうお前は入ってるのか?」
かぐやは完全に虚を突かれ、びっくと反応した。
俺に聞いときながら、自分は聞かれないとでも思っていたのか?
「……入ってないわよ。私には向いていないし」
かぐやのどこが向いてないのだろうか? 特に思い当たる所はないのだが……。
「入れば、友達もできるだろう」
かぐやは少し不服だったのか、こちらを睨んできた。
今の少しまずかったか、と思い至る。
俺が友達関係のことを話題に出せば、変な対抗心を芽生えさせてしまう。そんな対抗心を抱かれてもあまり気にすることではないのだがな。
「あなただけには言われたくないわ」
「そうか。ならば――」
俺は視線をイザベルの方にやった。
「お前が言いってやれ、イザベル」
イザベルは俺の方に来て、何が? という風な顔をしていた。
「かぐやが俺には友達関係のことは言われたくないらしくてな――」
俺がそう口にするとかぐやは慌てて俺の言葉を遮った。
「ち、違うわよ! そういうことじゃなくて……」
俺が駄目なら他の人ならば大丈夫なのでは無かったのか?
よく分からんものだな。
「どういうことだ?」
「そ、それは……と、取り敢えず、その話は終わりにしましょう」
かぐやは慌ただしく、話題を無理やり切った。
「それで、俺は来る必要はあったのか?」
イザベルは全く話の流れについて行けず、首を傾げている。
「なかったな。まあ、丁度いい機会だ。三人で『思念伝達』を試さないか?」
「私は出来ないわよ」
かぐやは少し不服そうにこちらを見てくる。
「そこは大丈夫だ。魔力は誰にでもある。この世界にも膨大な魔力を持っている奴もいるが、魔法の概念がないこの世界では気づくことはないだろうがな」
ふーんと言った風に二人は俺の話を聞く。
「俺が魔法行使の仕方を教えてやる」
俺はかぐやの頭に手を伸ばし、『送憶』で魔法行使の方法と使えそうな魔法を何個か送った。
「うぅぅ。頭が痛いわ……」
「それは仕方がない。早速、『思念伝達』を使うぞ」
俺は『思念伝達』でかぐやとイザベルに話しかける。
⦅聞こえるか?⦆
⦅こっちは聞こえるぜ⦆
最初に答えたのはイザベルだった。
数分が経ってもかぐやからの返事がない。
⦅かぐやはどうだ?⦆
⦅ぼん……としか聞き取……ないわ⦆
聞き取りは、まあ、何とかなっていそうだが、発信するのは壊滅的だな。
練習すれば問題はないと言ったところか。
⦅かぐやはもう少し練習する必要があるな⦆
俺は『思念伝達』を切った。
「便利わね。でもやっぱり、頭が痛いわ」
「無理もない。その内、慣れるさ」
***
俺が帰宅していると、後ろで誰かが尾行しているような気がする。
今まで会った誰の気配でもない。転生者の一人の可能性はあるが、敵意は感じられない。
俺の勘違いならばよいのだがな。
家の近くまで来れば、後ろの方から声が聞こえてきた。
「あの、すみません」
後ろを振り向くと、そこには恥ずかしがっているのか、視線を斜め下に向けた一人の少女がいた。短く鮮やかな薄い水色の髪は、さらさらとしたストレートである。髪の色と同じような瞳に、整った鼻筋だ。
かぐやをモデルに出そうな可愛さと例えれば、この少女はあどけない可愛さだ。
制服は俺が通っている藤塚高校の制服だ。同じ学年では見ないし、他学年か?
「どうした?」
俺は種を返すと少女は逸らしていた視線を俺に向けた。
「……その、相談が……」
そう言いかけて、訂正するように一言加わえた。
「……あ……私の名前は蒼井鈴花です。……一年生です」
その表情には感情と言った感情があまりなく、無表情に近い。
感情表現が苦手なのかもしれない。
もう家の前何だが、どの道やることもないので相談に乗ってやっても特段問題はない。
「俺は藤條悠太。……それで、相談とは何だ?」
結局、俺はその相談を受けることにした。
「……実は妹が誘拐されて」
なるほど。確かにそれは誰かに頼るしかないだろう。しかし、妹が誘拐されたと言っても、鈴花からは焦りが感じられない。感情表現が苦手だとしてもだ。
「それで、俺に助けを求めたと? 警察には言ったのか?」
俺がそう質問すると彼女は首を横に振った。
警察に言わず、俺に助けを求めたということは警察に言えぬ理由でもあるのか?
「……警察が絡んでる」
警察が誘拐に協力するとは……まあ有り得ない話でもないだろう。
しかし、俺は誘拐された居場所を特定できないのだがな。一度、会ったことがあるのなら話は別なのだが……会ったことがないとなると話は別だな。
「俺が力になれるとは思えないのだがな」
俺がそう答えると、鈴花は首を横に振った。
「……場所は分かる」
場所は分かっているのか。それならば出来なくもないのだが、俺でなくとも親に頼ればいいと思うのだがな。見知らぬ人よりもよっぽど安心だろう。
「親はどうした?」
「……親はいない」
親はいない、か。
何か事情があるのだろう。そういう家庭もなくはないか。
「そうか。時間もあることだ。いいだろう、手伝ってやる」
「……ありがとう……」
鈴花は続いて、ついてきて、と言い、俺はその後ろを歩く。
妹が誘拐されているというのに歩いているのは腑に落ちぬな。
まあそもそも彼女は体が弱いのなら、納得は行くがな。
ある程度、歩くと、廃棄された工場の近くに着いた。周りはさびた鉄格子で囲まれており、人通りもない。
確かに誘拐するにはもってこいと言った場所だ。
「ここにいるのか?」
「……ん」
鈴花は短く返事をし、首を縦に振った。
俺が魔眼で建物を見ても、人はいないのだがな。嘘を吐いているのか、それとももう移動いてしまったのか。
「本当にいるのか? 人がいる気配はなさそうだが」
「……ついてきて」
鈴花は俺の質問に答えず、廃棄工場の中に入っていった。
もしかすると、俺の死角にある場所にいるのかもしれん。あるいは、俺の魔眼が作用にしない何かが働いているのか、そうなると面倒なことが起きるな。
廃棄工場に勝ってに入っていいのかは、いささか疑問ではあるが、誘拐されているのならば問題ないだろう。
俺はそのまま彼女の後について行った。