09 凛の真実
「イザベル。お前はこの建物を探れ。もしかすると仕掛けがあるかもしれん」
「分かった」
「罠にだけは気を付けろ。俺は光希を追う」
イザベルはこの部屋を出ていった。
まあ、光希の行く場所はある程度分かる。
だがここはあいつの領域だ。迂闊に近づけば気づかれてしまう。
俺は『透明化』の魔法を使い、姿を隠す。
あいつが魔法を使えるか分からないが一応、魔力を隠蔽する『魔力隠蔽』の魔法を上乗せする。
俺は魔眼でこの建物全体を見る。だが何も見ることが出来なかった。
そうやら魔法とは違う別の力が働いているようだ。
まあ、凛には一応『発信機』の魔法をかけてあるので、そこを辿れば光希もいるだろう。
俺は『発信機』の魔法を『映像』の魔法にて頭の中で彼女の視覚と聴覚を流す。
***
凛がトイレから出れば、辺りは真っ白だった。
先程までカラオケ館に居たはずが、別の空間に移動されていたのだ。
「どういうこと?」
凛がそう口にすると、後ろの方から足音が聞こえてきた。
足音が聞こえる方を向いたが、そこには誰もいなかった。
「どこを見てるんだい? こっちだよ」
声のする方向を向くとそこに立っていたのは光希だった。
「何のつもり?」
「ただ君と話したいだけさ。かぐや」
「かぐや? 誰よ」
「君のことだよ。どうやら君は転生の際に記憶を無くしているらしいね。僕が思い出させてあげるよ」
その声は優しい声なのだが、それとは裏腹に言葉が優しくない。
それが光希の不気味さを際立てている。
「転生? 何の話?」
光希は凛に近づいていく。
遠ざかろうとする凛だが、後ろに下がっても下がってもその場から動かない。
「大丈夫。僕が今から思い出させてあげるよ。君の千年の記憶を呼び覚ましてあげるよ」
光希は凛の頭に手をかざし、魔法陣を描く。
その魔法陣は俺のいた世界をは違った魔法陣だが、魔力は似通っている。
「『記憶復元』」
魔法名は同じだが、術式そのものは違う。
魔法名が同じなのも偶然ではないのだろう。
凛に千年もの記憶が一瞬にして流れ込んだ。
俺はそれを見ようとしたが『映像』の魔法では限界があり、見ることが出来なかった。
「あぁぁぁぁ、ああ、ああああああ」
凛は苦しそうに頭を抱え、その場に倒れこむ。
人間の体に千年の記憶を流せば、耐えきれるはずもない。
一体何が狙いなのか?
「どうだい? 思い出した? 千年の記憶を」
「はぁはぁ。……私は……」
凛が絶望の淵に立たされたかのような顔をした。
「君は人を裏切る月の姫、かぐや姫。君は君を育てた両親を裏切り、最愛の人とその配下を殺した」
「……めて、やめて…………」
「事実を話してるだけじゃないか。君がやった残虐な行為を」
光希は不敵な笑みを浮かべながら言った。
優しさの欠片もないな。
「やめて……。お願い、もう、許して」
「いいよ。君がゲームに辞退すれば、君の記憶を消してあげる」
彼は勝ち誇った顔をしながら言った。
「わかっ――」
彼女がそう言いかけたとき、俺は『転移』の魔法でその空間に転移する。
俺は光希の肩を二回ほど叩いた。
「思ってた以上に早く来たね。でも、もう遅いと思うよ」
「お前の目的はそこのかぐやを辞退させるのが目的だろ?」
光希の狙いは始めからかぐやだけだった。
それで凛と接点のある俺をそして俺と接点のある海を利用したのだろう。
「良く分かったね。君には彼女を助けられないよ」
そう言いながら、光希は空間に映像を映し出す。『空間映像』の魔法だ。
そこに映っていたのは、眠っているイザベルだ。
「後数分もすれば、彼は一生目は覚まさないよ」
イザベルを殺そうとしないのはゲームオーバーになるからなのだろう。
目が覚めなくなるくらいならば、簡単に起こせる。
「くははは。お前はその程度の脅しで俺が退くとで思ったのか?」
「余裕そうにしているけど、彼の目が覚めなければ彼は悪夢を見続けるよ」
本当にこれしきのことで脅せていると思ってるのか。
頭が悪いのか、それとも何か裏があるのか?
「悪夢? お前は何を言っている? その目でよく見ることだ」
「君がいいなら、別にいいけど。彼が可哀想と思わないのかい?」
可哀想か。全く面白いことを言うな、本当に頭の悪い奴だな。
「可哀想だと思われているぞ?」
俺がそう言うと、俺の後ろの方からイザベルがゆっくり歩いてきた。
その姿を見て光希はただただ驚いていた。
「な! なんで、確かに捕らえたはず……」
「言っただろう。その目でよく見ろと」
映像をよく見るとそこにはイザベルの姿がなかった。
先程まで映っていたのは俺が魔法で作った石ころだ。
その石ころに『偽造変形』でイザベルの姿に変えていたのだ。
「お前は俺が来るのが早かった、と言ったな」
俺は一歩前へと歩く。
「俺がこんなに遅く来たのにか?」
更に一歩歩く。
「遅い? ここは、どんなに頑張っても二十分はかかるのだぞ!」
恐怖のあまり光希は地面に腰がついた。
「どうやら魔法は使えるようだが、『転移』はしらないようだな」
俺は光希の前に立ち、髪を掴む。
「確か、二つ目の試練が殺し合いをせずにゲームオーバーをさせる、だったな。ここにいる三人でこいつをギブアップさせる」
「許可する」
この空間に物語の神の声が響く。
「さてギブアップをしてもらおうか?」
「だ、誰が、する、か!」
口だけは堅いようだな。
さてどうやってゲームオーバーにさせようか?
「そうだな。ゲームオーバーさせる前に名前くらい聞こうか」
「誰が教えるものか!」
ふむ。名前も教えてくれないのか。
凛と同じで頑固な奴だな。
「お前の名前はなんだ?」
「……僕に名前はない。月華七聖人の一人の配下……」
言葉に魔力を込めただけで簡単に白状をしてくれるとは、口が堅いのか軽いのか。
相手にならないな。
「このゲームを辞退しろ」
「辞退します」
聞き分けがいいと思ったら、恐怖のあまり気絶していたか。
俺は掴んでいた髪を離す。
「辞退を確認した。イザベル、ノエル、かぐやの第二試練突破を認める」
物語の神の声が響き渡る。
俺はゆっくり凛の元へ歩く。
「来ないで。私は……」
俺はそれを無視して、近づく。
「一つ問う。お前は死にたいか?」
「……死にたい。私なんか……」
酷く心がやられているな。
前の世界でなにがあったのかは俺には分からない。
「そうか。お前はやり直したいと思わなかったか?」
「そんなことはもう出来ない」
俺が記憶を消してやれば、簡単に解決する。
だがそれでは根本的なところが解決しない。
「やり直しならばできるぞ。俺も昔、何度も仲間を死なせ、配下を死なせた。俺の決断が誤ったからだ。だが、俺はそれを後悔だとは思ってはいない。それを後悔だと思えば俺のせいで死んだ仲間、配下がただの無駄死になってしまう」
俺はさらにもう一歩歩く。
そして凛に手を差し伸べる。
「もう一度やり直さないか?」
凛は俺の手を取り、立ち上がった。
その顔はまだ不安が残っている。
「……私は、やり直したい。もう、傷つけたくない」
彼女の目から涙が零れる。
千年の時を生きてきたのなら、それは辛いこともあるのかもしない。
だが、それでも一歩前へと進むのが生きるということだ。
「俺の名は魔王ノエル・ルシファー。お前の名は」
「私の名前はかぐや。月から来たかぐや姫よ」
かぐやは涙を拭きとり、少し微笑みながら言った。
今まで、彼女に抱いていた違和感が全て消えていくようだった。
「なあ、俺のこと忘れてないか?」
後ろの方からイザベルが声を掛ける。
「そんなわけないだろう。傷心中の少女を助けていただけだ」
俺がそう言うと、凛はそっぽを向く。
「……ばか……」
かぐやが何か言っていたようだが、聞き取ることが出来なかった。
「何か言ったか?」
「何でもないわ」
かぐやはいつものように冷たい声で言った。
しかしいつもの鋭い視線を向けてくることはなかった。
仮だった題名を変更しました!
まだこの作品に合うような題名を探し途中なのでまた題名を変更するかもしれません。
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