17.テコ入れのつもりはないけど、キャラ的にも状況的にもテコ入れになってくれる便利な子
ペットに囲まれて途方に暮れるリヒトは、面白がってキャッキャする紅久衣と店員さんからなんとか解放されて、大きく伸びをする。
「なんか、酷い目にあった……」
「あはははは。ごめんごめん」
もふもふほわほわの仔ペットたちに囲まれるのは幸せではあったのだが、身動き取れなくなったところをオモチャにされたのは、ちょっとシンドかった。
まぁ紅久衣ちゃんが楽しそうだったしいいか――とも思っているが。
「さて。今日は忘れずに掃除用具を買って、片付けしよっか」
「そうだね。今日はお店を堪能するようなコトしないで目当てのモノだけ買って行こうか」
そんなワケで、紅久衣とリヒトは、お店の掃除用具コーナーへと飛び込んでいくのだった。
今日は、余計な買い物やウィンドウショッピングはせずに、必要なモノの購入が完了だ。
リヒトと紅久衣は掃除用具一式を抱えて電車へ。
栗摩センター駅へと戻ってくると、駅前でランチを食べてから、『アントワープ』へと向かう。
「お? ようやく来たな」
お店に入ると、マスターがリヒトたちを見て苦笑する。
「お店には二階を片付け中で音がしますってポップ出しておくから、気にせずやってくれ」
「マスター、ありがとうございます!」
「ありがとうございまーす!」
そんなワケで、二人は二階に上がって、掃除の準備だ。
二階に上がると、二人は買ってきたスリッパに履き替える。
それから、買ってきた掃除用具を、階段脇の棚に並べた。
「よし。それじゃあお掃除ワイパーにドライシートを装着して、リビングと廊下を掃いちゃいますか」
「りょーかい!」
紅久衣の言葉に、リヒトはうなずいて、お掃除ワイパーを手に取る。
広範囲をやることになるから――と、二本買ってきたので、紅久衣の分もある。
「ボク、廊下やってくるね」
「うん。わたしはここを――リビングを中心にやっていくわ」
それぞれにお掃除ワイパーのドライシードで床を磨きつつ――
「……S2U……」
――リヒトは、紅久衣の死角になる位置で白鳥マスクの小人たちを呼び出すと、廊下の観葉植物や置物を軽く持ち上げさせたりどかしたりして、そこをささっと拭いて元に戻す。
それは紅久衣も同様だ。
「……リヒトくんの視線は……ないわね。よし、オーディール展開」
リヒトの見えないところで背中に板状の純白の羽を展開すると、それで倒れそうなものを支えつつ動かしたり、重いモノを持ち上げたりしながら、ささっとワイパーで吹いていく。
そうしてお互いに能力を解除した二人は何事もなかったかのように顔を合わせる。
「紅久衣ちゃん。廊下の乾拭き終わったよー」
「こっちも終わったわ」
ドライシートをゴミ袋に入れ、それが集めたゴミを箒とチリトリで集める。
「よし。これで床掃きとから拭きは終わりかな?」
「から拭きはね。次はウェットで拭いていくとしましょうか」
「おー!」
お掃除ワイパーにウェットシートを装着させると、二人は先ほどと同じように分担して動き出す。
お互いに床を綺麗に拭ききって、二人は合流。
ワイパーからウェットシートを取り外して、ゴミ袋へと入れた時だ。
「なるほど。二人でうおーん俺は人間掃除機だとか言いながらよろしくやってるんだ」
よく分からないことを言いながら、髪をツーサイドアップにした女の子が階段を上がってきた。
「いやゴミ吸い込んでるワケじゃないし……って、誰?」
思わずノリツッコミをしてから、紅久衣は階段を上がってきた少女を誰何する。
それに答えたのは本人ではなくリヒトだ。
ツッコミを入れつつ、少女を紹介する。
「そもそも掃除機でよろしくってのもよく分からないけど……あ、この子は恵琉ちゃん。マスターのお孫さんだよ」
「こんちゃっす! 原部 恵琉! 中2でーす! ヒト兄が女を連れ込んでるって聞いて茶化しにきました!」
いぇい! と、ピースを自分の顔に当てつつ、恵琉が笑う。
そのストレートな物言いと明るい笑顔を見た紅久衣は、思わず笑みを零した。
「そうなの。連れ込まれちゃったわ」
「紅久衣ちゃん!?」
「冗談よ冗談。むしろお世話になってるって感じ」
「ほほう……ヒト兄のからかいかたがよく分かってますな?」
「まだ出会って二日目だけど、それなりにマスターしてきた感じね」
二人して親指と人差し指の間に顎を乗せ、目を光らせあいながら怪しく笑う。
「とまぁ冗談はさておき。リヒトくんの彼女の綺村 紅久衣よ。
しばらくはここの二階でお世話になるから、よろしくね」
リヒトくんの彼女を強調する言い方に、横で聞いていたリヒトが少し赤くなる。
けれど、恵琉はそれを気にした様子はなく、紅久衣に挨拶を返した。
「はい! こちらこそよろしく、グイ姉!」
「グイ姉……」
恵琉からの呼ばれ方に、むぅ――と唸る紅久衣。
その様子に、恵琉はちょっとダメだったかな……という顔をしながら訊ねる。
「えーっと、ダメなら呼び方変えますけど……」
「いいえ! むしろ新鮮でいいわ! よろしく!」
「やったー! グイ姉!」
「はーい!」
名前を呼びながら紅久衣に飛びつく恵琉に、それを抱き止める紅久衣。
その光景は、今日が初対面とは思えないほど仲良しな感じである。
「挨拶が一段落したところで訊くけど、恵琉ちゃんは何しに来たの?」
「学校の帰りにお小遣いが欲しくなって、ここらで看板娘のバイトをがんばろうとやってきたら、二階にヒト兄が女の子連れ込んでお掃除してるって聞いたから茶化しに?」
「ああ。学校帰りにお店を手伝いに来たついでに、ボクらに挨拶しにきた、と」
「そうとも言いますね!」
「だいぶ愉快な言い回しになってたわね」
恵琉が学生服を着ていたのは、学校帰りだからのようである。
「それじゃあ、あたしは下でお爺を手伝ってますんで。必要があったら呼んでください。今日はお客さん少なそうだし、お手伝いとかできると思うんで」
「うん。わかった。ありがとう」
「手伝いが欲しかったらお願いするわね、恵琉」
紅久衣に名前を呼ばれて嬉しいのだろう。
恵琉はこちらも笑顔になりそうな破顔を見せながら、手を振って、サイドテールを揺らしながら階段を降りていった。
「なんか面白い子だったわね」
「あれでしっかりモノだし、根は真面目な子なんだよ。学校の成績も良いみたい」
「そうなんだ。ふふ……妹分ってあんまり経験ないから、新鮮ね」
「紅久衣ちゃん嬉しそうだね」
「うん。自分でも不思議なんだけど、嫌な気分ではないなー」
口笛でも吹き始めそうな上機嫌な顔をする紅久衣の横顔を少しだけ堪能してから、リヒトは切り出す。
「さて、紅久衣ちゃん。そろそろ続きしようか」
「そうね。床が終わったから、棚や壁をやりましょうか。使ってないところは、埃も多そうだし」
「おっけー」
二人は、ハンディワイパーに棚掃除用のもこもこのシートを付けて、それぞれに動き出す。
この時も、二人はそれぞれ気づかれないように能力を使って作業をした。
リヒトはS2Uの小人たちに、予備のもこもこシートを持たせて、あちこち拭かせる。
紅久衣は、羽の先端にもこもこシートを付けると、やや高所をそれで拭いていく。
そうして二人は、互いの想定よりも遙かに早く作業を終えるのだった。
「リヒトくんって作業すごい早いのね。そのわりには丁寧みたいだし」
「紅久衣ちゃんこそ。手が届かなそうなところもきっちりやってあってすごいね」
お互いの仕事を褒めつつ、でも褒められた方はちょっと反応しづらそうに苦笑しつつ、今日の掃除は平和に終わりを迎えた。
「とりあえず床や棚、壁はこれで大丈夫かな?」
「そうね。あとは屋根裏だけど――」
「そっちは今度にしようか」
時計を見れば気づくと、日が暮れ始めている。
夕飯どうしようかな――などと、どちらともなく考え始めていると、マスターが階段を上がってきた。
「随分と綺麗になったじゃないか。二人ともすごいな」
「それほどでもー」
上機嫌にマスターへ返事をする紅久衣。
その姿に、マスターは微笑みつつ、訊ねてくる。
「夕飯、良かったら一緒に賄い作るけど、どうだい?」
まさに渡りに船だ。
二人はちょうど良いね――と顔を見合わせてうなずきあった。
「それじゃあ二人前お願いします」
「あいよ。すぐ出来ると思うから、手を洗ってから降りておいで」
「わかりました」
そうして二人は、掃除用具を片付け、給湯室で手を洗うと、下の階へと降りていく。
「ヒト兄、グイ姉。お疲れさま~」
お客さんのいない店内で、客席のテーブルを拭いている恵琉が声を掛けてくる。
「せっかくお手伝いしてくれるって言ったのに呼ぶ前に終わっちゃった?」
「ええ、そんな感じ。気を遣ってくれたのにごめんね?」
「いやいや。お手伝い必要ないなら問題ないでーす! でしょ、ヒト兄?」
「そうだね。また別の機会にお願いするかもだけど」
「おまかせあれー!」
そんなやりとりをしながら紅久衣がお店を見回して、ふと口にした。
「こんな時間なのにお客さんいないのね」
「そーなの。うちはディナーにチカラ入れてないからねー。どう思うグイ姉?」
「どうもこうも、それは店長であるマスターの方針次第でしょ?」
「むぅ、ヒト兄と同じような正論を……!」
恵琉としてはもうちょっと夜にも人が入るようにしたい――と思っているのは、リヒトも良く知っている。
ただ、マスターは赤字にならず生活が出来る程度のほどほどの客入りで良いと思っているので、噛み合わないのだ。
「残念だったな恵琉。綺村さんも味方にはならないってよ」
「むー! お爺の欲のなさはなんなのー?」
「そりゃあジジイだからだよ」
シニカルな笑みを浮かべてそう答えると、マスターはキッチンから皿を持って顔を出す。
「ほら。二人ともカウンターに座って。恵琉もそこ拭いたらこっちにおいで」
どうやらメニューは薄切り肉を使ったショウガ焼き風の炒め物のようだ。
飴色になったタマネギやピーマンと一緒に、大きめにカットされた薄切り豚バラ肉が何枚も入っている。
それが、ライスと千切りキャベツと一緒に、ワンプレートに盛られていた。
「おかわりもあるから欲しかったら言ってくれ。マヨネーズやタルタルも合うから、好みでね」
皿の縁に添えられている2種類の白いソースは、マヨネーズとタルタルソースらしい。
「美味しそう。いただきまーす」
「いだただきまーす」
紅久衣とリヒトはそれぞれにそう言って、カトラリーを手に取った。
「うん。美味しいです」
「やっぱりマスターのご飯はいいなぁ」
軽く口にして、紅久衣とリヒトが舌鼓を打ち始めたところで、恵琉もカウンター席に着く。
「そうだヒト兄。ちょっと確認したいんだけど」
「なに、恵琉ちゃん?」
「ヒト兄って、グイ姉とここで同棲するってコトで合ってる?」
恵琉の疑問に、リヒトは口に含んだご飯を吹き出しそうになるのだった。