近所で評判の良い病院が噂にならない
評判は良いのに噂にならない不思議な病院を一つ紹介しようと思う。
その病院は病床数は三百ほどあった。全国の平均からするとやや多いぐらいの病院だ。
医師の数、対応出来る治療や器具、看護士の数なども同様だった。全国を探せばこの病院よりも条件の良い病院はいくらでもあるだろう。
病院内の患者の大半が救急車で搬送されて、そのまま入院する。
どんな病気や怪我でも救急搬送されて来ると、たらい回しされる事がなく、必ず入院出来ると評判の病院だった。
人気の秘密は入院費用の安さもあると思われる。看護士のケアも完璧なのに、八名用の大部屋ならばかかる費用は三食の食費と部屋代くらいで更に安くなる。
何らかの理由で運ばれて来たが最後────最期まで面倒を見てくれると、それもまた評判になる病院だった。
入院は簡単に出来るのに、退院は簡単に出来ない。患者は次々に運ばれて来る。それなのに病床は埋まる事がないという。しかし‥‥その事について触れる人はあまりいなかったように思えた。
────どうして私がそんな病院を知ったのか。それは転職して引っ越しをした友人が、その病院の近隣に住むことになったためだ。
良い転職先を見つけたと喜んでいた矢先の事だった。
友人は慣れない職場環境と生活環境で過ごしていたようで、体調を崩してしまったのだ。
友人は一人身のアパート暮らし。入居の際にアパートの大家さんから、近所で評判の良い病院の話を聞かされていた。
困った時は無理せずに救急車を呼ぶといい……縁起の悪い話だ。しかし友人を安心させるためか、大家さんはニッコリと微笑みながら教えてくれたというのだ。
体調不良で高熱が出た友人は、自力で救急車を呼びその病院へと、しばらく入院することになった。
転職間もないこともあり、入院費用もあまりかけられない友人は大部屋へ入る事になった。
友人の病状は不慣れな状況下で緊張と不安が続いた事によるストレス性の病気だった。
入院するのも大げさなくらい、診断結果としては軽いものだった。それでも入院となったので、私は心配して友人のいる病院へとお見舞いに行く事にした。
────友人は元気そうだった。
「寝れば治る類のものだったよ」
そう恥ずかしそうに友人が告げるのを聞いて、私も安心してホッ‥‥と胸をなでおろした。
実際は入院する事によって、身体の緊張が取れて休めたからだろう。病院食とはいえ、三食きちんと食べて規則正しい生活をしている。
転職前の血色の良さが戻っていたので、すぐに退院になるだろうと思った。
────あんなに元気そうな友人の急死を聞いたのは、それから間もなくの事だった。
「この分だと明日にでもベッドを追い出されるよ」
そう言って笑い合っていたのが嘘のようだ。友人の死因は不明だ。死亡原因を確認するための検視が行われ、原因特定のために解剖まで行われたという。
私は友人を失って初めて、その病院にまつわる評判の良さの本当の意味に気がついた。
噂にならない理由は……そうしてくれた方が助かる身内がいるという事実だ。異常に安い入院費用──退院出来ないことが多いのに、埋まる事のない病床。
導き出された答え……全ては私の推測に過ぎない。その地域に暮らしているわけでもないのに、憶測でものを言い、壊すわけにはいかないだろう。
それに──余計なちょっかいをかけると、私も友人の後を追うことになったかもしれない。
何故なら入院せずに、普通に外来で通院する人たちの評判も非常に高いからだ。
アパートに引っ越して来た友人を見て、ニッコリ微笑んだ大家さんに話を聞けば何か知っているのかもしれない。
友人の身内に頼まれて遺品整理と引き払いのためにアパートを訪れたが、大家さんもまた急病で病院へ運ばれた後だった。
友人が暮らしたアパートや、あたり一帯は取り壊されて、大きなマンションが建つらしい────。
お読みいただきありがとうございました。公式企画参加作品となります。