第一話 お父さん、とお母さん その七~迷惑な訪問者~
七時二十分ごろに投稿する、みたいなことを書いたと思うのですが、
たしかにわたしは七時二十分ごろに投稿はしたのですが、
読めるようになるまでに、三分か四分かかってしまう、
つまりみなさんの手元に届くのは七時二十五分ごろになってしまうと、
いま、気が付きました。この時間差はいがいと大きいですよね。
すみませんでした。気を付けます。
では、どうぞ。
六時になると、魔法のように食卓に美味しいご飯が並ぶ。
それも毎日。
僕はそのことに感動を覚え、感謝する。
そんな潤いも、お父さんの咳払いで乾燥した。
本当に喉がいがらっぽいだけだったのかもしれないが、空気が張り詰めて、完璧に「楽しくおしゃべり」なんてできる状況ではなくなった。
でも、お祖父ちゃんが
「美味しいなあ。美味しいなあ」
と笑うと、お母さんが
「飲み込む前によく噛んでくださいね」
といつものように言った。
そしてまた沈黙だ。
いつになったら仲直りするのかなあ?
ここのところずっとこの調子で、重くて重くて仕方がないので、僕はもう耐えられなくなってきたのだ。
僕でもそうなのだから、お姉ちゃんはもっとだろう。
でもお父さんの怒りはいまだに煮えたぎっているようだし、康お兄ちゃんも意地になっているのが一目でわかる。
明日で一週間だぞ。
僕は自分に言った。
お祖父ちゃんと、お祖父ちゃんに相槌を打つお母さん以外はだれもしゃべらない晩ご飯が終わって、お祖父ちゃんと康お兄ちゃんは自分の部屋に戻って、残ったメンバーは茶の間でテレビを見て過ごしていた。
七時になるころだった。
インターフォンが鳴った。
お母さんが応対した。
警察という言葉に僕は反応した。
お母さんは門にまで出ていくから待っていてほしいと言ったのだけど、警察は何度もこちらが玄関先までお伺いしますと強いた。
声色こそ親切ぶっていたが、それは強要だった。
テレビなんて見てはいられなかった。
お母さんは玄関を開けて迎え入れた。
ふたつの男性の声、五十代と三十歳前後くらいの声が、お祖父ちゃんちの玄関先に近づいてきた。
「いやあ、すみませんね」と五十代の声。
「すぐ済みますから」と三十歳前後の声。
「なんのご用ですか?」とお母さんが言う。
「いや、いまですねえ、この辺で窃盗事件、起きたこと、ご存じですか? そのことで、まあ、このご近所のひとたちに、お話、伺って回ってるんですけど」と五十代の声。
「わたしたちもうわさで聞いただけで、詳しくは知りませんけど」お母さんが答えた。
「いや、いいです、いいです。ただちょっと質問に答えていただければ、すぐに終わりますから」
わたしは優しくて善良な警察官ですよと言わんばかりの、五十代の声。
胡散臭すぎて鼻をつまみたくなった。
「その事件、何時ごろに起こったか、ご存じですか?」三十歳前後の声。
いいえ、とお母さんは答えた。
「午後七時ごろなんですけど。この家、広いですねえ。羨ましいなあ。いま、おひとりで暮らしているんですか?」五十代の声。
「いいえ、家族とです」
「失礼ですけど、家族構成とか、教えていただけますか?」三十歳前後の声。
「……別にいいですけど、なんでそんなこと、訊くんですか?」
「いや、いまこの近所のみなさん、全員に聞いて回ってるんですよ。すみませんねえ」
五十代のほうは手慣れているようだった。
「わたしと義父と主人と主人の弟。向こうの家に娘と孫と息子と息子の恋人が住んでいます。いまはこっちで夕食を取ってみんなでテレビを見ていたところです」
「ああ、それはすみませんでした。家族団らんのときに。ちなみにご職業は?」と三十歳前後の声。
すみません、すみませんと言いながら質問を繰り返すその手口に正義はあるのかと思った。
「主人と娘は会社勤めで、義弟は警備員をしています。子どもは大学生で孫は小学生。わたしは専業主婦です」
「そうですか。昨日はなにをされてました?」三十歳前後の声。
「疑ってるんですか?」
「いえいえ、そう気分を悪くなさらないで。確認です。単なる。昨日の午後七時ごろ、なにをなされていましたか? 外出したひととか、いませんでしたか?」と五十代の声。
お母さんは即答しなかった。昨日の七時の出来事は、僕と雪はデートをしていた時間で家にはいなかったから、知りえない情報だった。お母さんが言った。
「義弟がコンビニに買い物に行くって、自転車で出かけました」
僕は息をのんだ。
そして、不味い、と思った。
警察は最初から康お兄ちゃんを疑っていたんだ。
見事な誘導尋問だ。
「ああ、そうなんですか。その弟さん、いま、ご在宅ですか? できたらちょっとお話、お伺いしたいんですけど。すぐすみますから」ひとのよさそうな声色の、五十代の声。
「……いま、呼んできます」
お母さんはそうせざるを得なかった。二分とかからずに、康お兄ちゃんが来た。
「ああ、すみません。お寛ぎ中のところを。弟さんですね。ちょっとお話聞かせていただきたいんですけど、よろしいですか?」
「よろしかろうがよろしくなかろうがなんだかんだ理由をつけて、結局は聞くんだろ。そんなの霊感商法と大差ねえじゃねえかよ。質問に答えなかったら、怪しいとかなんとか疑いかけて、答えるまであの手この手で質問したり、ちょっと署まで、なんて言いだすんだろうが。よろしいですかって言葉は下手でも、やってることは強請じゃねえか。そんな卑怯な態度取らねえで、本性さらせよ」
「まあまあ、そんなに興奮なさらないで。そっちがそんなに興奮してたら、こっちだってそれ相応の態度を取らざるを得なくなっちゃいますよ」と三十歳前後の声。
「そっちでひとが興奮するような態度をとっておいて、それ相応の態度を取らざるを得なくなるって言い草はなんなんだよ」
康お兄ちゃんが言うと、三拍くらい間が空いた。五十代の声がこう言った。
「ほんの少し質問に答えていただければ、すぐすみますから。お名前、教えていただけませんか?」
だれもテレビなんて見ちゃいなかった。
雪と姫たんは顔を青くしていたし、お姉ちゃんは警察の態度に苛立っているのがありありとわかった。
お父さんは無表情でテレビに目をやってはいたが、神経は玄関に向いていると僕にはわかった。
「教えたくねえけど教えなかったら不審者扱いするんだろ」
「そんなことしませんよ。お名前、教えていただけますか? 言いたくないんだったら免許証の提示でもかまいませんよ」と五十代の声。
康お兄ちゃんは渋々と名前を言った。
なぜそんなに警察に牙をむくのかはわからなかったが、康お兄ちゃんの言っていることに間違いはない。
僕も何度か職務質問をされた経験があるので、いま、警察が手帳のようなもの、あるいは手帳に、康お兄ちゃんから聞き出した名前や年齢や住所を記録していることは、見なくてもわかる。
どちらかの警察の足音が遠ざかった。
無線でだれかと会話して、康お兄ちゃんの身元を洗っているのだ。
遠ざかった足音が近づいてきて、言った。
三十歳前後の声だった。
「なんでそういう態度取るのか、わかったよ。逆恨みはよくないなあ」
声でしたり顔をしているのがわかった。
それは康お兄ちゃんの神経を逆なでするには十分であることも、わかった。
でも康お兄ちゃんはそれに対してなにも答えなかった。
我慢しているのだ。
「さっきの勢いがなくなっちゃったねえ。昨日の七時、夜の。どこでなにしてたか、ちょっとこっち来て教えてもらえる?」
康お兄ちゃんは我慢しています。なんにも悪くないのに。
でも人間の我慢には限界というものがあります。
我慢の限界を超えさせた向こうが悪いのに。
次回、どんな展開になるのか、楽しみにしていただけたら幸いです。
では、また。