第六話 僕と雪 その十二~L・O・V・E~
最終回です。みなさん、準備は整いましたか?
では、どうぞ。
雪の荷物を取りに行ったのは、その日の夜、七時過ぎだった。
僕が中古の国産車を走らせたのだ。
雪の両親には、しっかりと頭を下げた。
「喧嘩するほど仲がいいってね。古いか。これからも喧嘩はするだろうし、雪は我が儘も言うだろうけど、これからもよろしくお願いします」
と逆に雪のお父さんに頭を下げられてしまって、こんなときに大人はなんと言うのかわからない僕は、ただただ恐縮してしまった。
荷物を載せ終えてからもう一度、雪の両親に挨拶をして、家に向かった。
家に帰る前にちょっと寄り道をして、クリスマスのイルミネーションを観た。
周りも僕たちのようなカップルばかりだったのだが、そのなかに六十歳くらいの、言っちゃ悪いがお爺ちゃんお婆ちゃんのカップルがいて、雪はイルミネーションと同じかそれ以上に、そのふたりに感動していた。
「いくつになってもああやってデートしようね」
僕の目を覗き込んで、雪は言った。
喧嘩した十日間の空白を感じさせない、これまでどおりの雪だった。
かわいい。
でも僕は、雪が気にしいなところがあるのを知っている。
だから、僕が喧嘩した十日間を感じさせないと思えるのは、雪が一生懸命に空白を感じさせまいとしているからだと考えられた。
情けないというか、申し訳ないというか、そんな気持ちになった。
もっと大人に、もっと男にならなきゃいけない。
口にするのは恥ずかしいから言わないが、雪の笑顔を守るのが僕の使命だ。
そんなことを考えていると、うちに着いた。
車庫に車を停めてお祖父ちゃんちの玄関を開けると、クラッカーが鳴った。
「せーの、お帰り、雪ちゃん」
みんなが勢ぞろいして、声を合わせて出迎えてくれた。
姫たんの「だわよ」だけはみ出したのだが。
雪が話し出す前に、お母さんが、そしてお姉ちゃんがこう言葉をかけた。
「待ってたよ」
「雪ちゃんがいなくて寂しかったよ」
「ただいま、帰りました」
雪は目に涙を浮かべていた。
お祖父ちゃんが拍手をして喜んだ。
なんの記念日でもないが、一年のうちの一日に過ぎないが、僕たちにとっては重要な意味を持つ一日になった。
みんなで玄関から茶の間に移動して、家族全員でいろんな角度から僕が悪いとこき下ろした。
雪が笑った。
僕も笑った。
みんな笑った。
思えば十日間、笑いらしい笑いはなかったのだ、僕のせいで。
笑いに変わるのなら好きなだけこき下ろしてくれて構わない。
お祖父ちゃんの就寝時間が来てお開きになり、お父さんちに行くために外に出た。
ほとんど無風状態だった街に北風が吹き始めて、小さな月が半分、顔を出した。
僕と雪は月を見上げて、どちらからともなく手をつないだ。
「ねえ、雪」
「なに?」
「雪」
「なに?」
「雪」
「だからなに?」
「結婚、しようよ」
雪は目を丸くした。
「自分で言ったんだろ。結婚してって」
「それはお祖母ちゃんのことがあったから」
「もちろん、いますぐってわけじゃないよ。一年後かもしれないし、二年後かもしれないし、五年後かもしれない。いつかはわからないけど、雪がそばにいなかった十日間は、寂しかったよ。雪はもう俺の人生の一部だ。だから、好きです。結婚してください」
「はい」
雪は真っ直ぐに僕を見て、簡潔に答えた。
あまりに簡潔なので、僕は「えっ?」と訊き返した。
「はいって言ったの。せっかくのプロポーズなのに」
雪は不満を言ったが、笑っていた。
僕も決まりが悪くて、笑った。
「そのはいね。ごめん、ごめん」
「それ以外にどのはいがあるの?」
「……幸せになろうな」
「うん」
野良なのか、飼われているのか、いつの間にか、暗がりのなかで大人の猫が一匹、僕と雪を見つめていた。
僕たちが驚くと猫も驚いて、塀から飛び降りた。
白い息をはいて僕たちは笑った。
雪の手がかじかまないように、雪の手を僕の上着のポケットに入れて、歩き出した。
いつもどおり六時を十分かそこら回って、ウイニング・ランのような余韻を残したあとに、雪が起こしてくれた。
目を覚まして最初に見るのが雪だと「幸せだなあ」という気持ちになる。
そう、僕は馬鹿だ。
おはようと挨拶を交わして、雪のうしろ姿を見送る。
冬の朝はことのほか寒い。
だから僕はエアコンを六時に設定している。
電気代はかかるが、大丈夫、うちは金持ちだ。
程よい暖かさの部屋だから、布団から出るのもまったく億劫ではないのだ。
パジャマの上からダウン・ジャケットを着こんで、お父さんちからお祖父ちゃんちに向かう。
自然、早足になる。
食卓を囲んでお茶を飲んだり新聞を読んだりしている手を止めて、おはよう、と挨拶をくれる。
僕も返す。
いつも六時三十五分を過ぎなければ来るこのない姫たんが、六時半になるころに「おはようだわよ」とやってきた。
姫たんが小さいからそう見えるのか、大きな本を抱えていた。
十分読書なるものを始めるらしい。
誇らしげな笑顔に、こちらも釣られてしまう。
お母さんの「ご飯できたわよ」を合図に、新聞を片付ける。
食卓におかずの皿が、そしてご飯と味噌汁が運ばれてくる。
この日のメニューは、わかめの味噌汁、ご飯、里芋と豚肉の煮物、春菊の胡麻みそ和え、キムチ。デザートは(これをデザートと言うのかはわからないが)果物の代わりにヨーグルトだ。
お祖父ちゃんが手を叩いて喜んだ。
みんながそろってから「いただきます」を言って、食べ始める。
お祖父ちゃんは
「美味しいなあ、美味しいなあ」
と例によって言ったのだけど、この日は続きがあった。
「和恵さん、儂ゃ塩水が飲みたい」
「塩水なんて駄目ですよ、お義父さん」
「わはー。丈夫、お前の鬼嫁が儂に塩水飲ませんって言うんじゃあ」
「いや、お父さん、塩水は飲んじゃ駄目だよ」
「そうかあ? そうなのかあ?」
「そうです。誰が鬼嫁ですか」
みんな声を上げて笑った。
お爺ちゃん、お父さん、お母さん、康お兄ちゃん、お姉ちゃん、姫たん、雪、僕のみんなだ。
僕は思った。
家族って、温かい。
〈了〉
長らくお付き合いくださいまして、誠にありがとうございました。
これにて「小日向さんち」のお話は、おしまいです。
この物語がみなさんの心にすこしでも残ったなら、
みなさんにすこしでも楽しんでいただけたなら、
わたしとしてはとてもとても嬉しいです。
では、次回作でお逢いしましょう。
……逢っていただけますよね? ね?
では、それまでの間、お互い元気でいましょう!
さらば!




