第六話 僕と雪 その十一~そばにいてほしいひと~
大切なひとを信じること。それができるようになった麟太郎。
言葉遊びみたいになってしまいますが、
「信じる」より「疑わない」ほうがいいかもしれませんね。
雪ちゃんが隠していた真実が明らかになります。
では、どうぞ。
翌日、雪は大学を休んだ。
代わりに、城が一週間ぶりに姿を見せた。
「麟、前に電話で言伝した話なんだけど、ちゃんと説明したいから、雪ちゃんがいる前で言いたいんだ。悪いけど、それまで待ってもらえる?」
「いいよ」
僕はもう雪に対してはもちろん、あんなに殴ってやりたかった城にでさえ、腹を立ててはいなかった。
城が少しやつれていたせいもあるかもしれない。
ちゃんと説明するために雪を待つ必要があるのなら、待とうじゃないか。
自主製作映画も終盤に入り、自分の書いた脚本が映像になっていく快感を僕は知った。
やっぱり僕は脚本家になりたいんだと、再確認した。
振り返って話しかけようとして、そこにいてほしいひとがいないのは、寂しかった。
僕と雪と城が三人きりになったのは、木曜の午後だった。
人目を避けて、大学の庭を歩きながら、話した。
雪は
「ほんとにいいの?」
としきりに城に訊いた。
言えない事情ってのは、城にあるようだった。
「言わなきゃわかってもらえないし、麟なら大丈夫だよ」
と城は笑った。
そしてカミング・アウトした。
「麟、俺、同性愛者なんだよ」
僕は面食らった。
雪が好きなんだよとか、雪と付き合ってるんだよと言われるかもとは想像していたが、よもや、とはこのことだ。
城は続けた。
「俺、誰とは言わないけど、映研のなかに好きな人がいたんだけど、麟じゃないよ。あと過去形だよ。好きなひとがいて、実らない恋だってわかってるから、思いを胸に仕舞っておいたんだけど、バイト先で好みのひとと出会って、どうせと思ってたら、そういうひとたちが集まるパーティーにそのひとが来てて、俺、告白したんだ。すぐ付き合うことになって、浮かれてたら、遊ばれてただけだった」
城が涙声になったのを受けて、雪があとを継いだ。
「わたしは城が同性愛者だって知ってから、相談に乗ったりしてたのね。もちろんみんなには内緒で。麟がわたしと城を渋谷で見たってときは、たぶん相談に乗った帰りだと思うの。嘘ついてごめん。でも言えないの、わかるでしょ」
「ちょっと待って。雪はどうやって城が同性愛者だってわかったんだ?」
「俺が教えたんだよ。雪ちゃんになら言っても大丈夫だって思ったから。今年になってから、夏前、七月になるころだったよね」
七月というと、僕が雪と城のツーショットを頻繁に見るようになった始まりだ。
雪は、うん、と肯いた。
「俺が女の子から告白されて、もちろん俺の恋愛の対象は男だから、断るよな。そしたらその子泣いちゃって。それを雪ちゃんに見られて、それで雪ちゃんにだけ、実は俺は……って。そのころにさっきの男と知り合ったんだ」
「城が……、つまり、そういう目に遭ったのは……、ライブの日の」
「俺が遊ばれてたってはっきりしたのが、麟が雪ちゃんとライブを見に行く約束をしてた日なんだ。そんな大切な約束してたなんて知らなかったから、俺、飲んじゃって」
雪が言いづらそうにしているのを見て、今度は城が引き継いだ。
城が飲んだと聞いて、僕は頭を抱える思いをした。
泣くとか笑うとか暴れるとか、酒癖にはいろいろあるが、城の場合は鬱になるのだ。
これは聞く以上に危険だ。
「雪ちゃんは止めてくれたよ。でも冷蔵庫開けたら彼用の缶ビールがあって。俺、とにかくもう自棄になってて。……飲んじゃった。飲んじゃったらあとは半分も覚えてないんだけど、今度のはひどかったみたいで、雪ちゃんがいなかったら、俺、死んでたかも」
「かもじゃないよ。死んでたよ。包丁握りしめてじっと見つめたり、泣きながらベランダに出て行ったり、目、離せない状況だったんだから。だからライブには行けなくて、でもほんとのこと言うわけにもいかないって、わかるでしょ? だから、嘘ついたの。あの日は城のアパートに泊まったの。でももちろんなにもなかったよ。ただ城ひとりにはしておけなかったから、悪いとは思ったけど、アルコールが抜けるまでって」
「立ち直るまでに一週間かかった。電話で麟と雪ちゃんが喧嘩してるって聞いて、雪ちゃんに電話して事情を教えてもらって、言ってもいいって言ったんだけど、雪ちゃんは言えないって。だから俺が、自分の口で同性愛者だって、あの日、だけじゃなくて、いままでずっとやましいことはなかったって、ただ相談に乗ってもらってただけだって。それを麟に伝えたくて」
僕はこんないいやつを殴るところを何度も何度も想像していたなんて。
恥ずかしい。
そして、すべての事情を知ったいま、申し訳なさで雪の顔をまともには見られなかった。
きっと僕はいま、みっともない顔をしているだろう。
「城、正直に話してくれてありがとう。雪、疑ってごめん。俺はやっぱり雪が好きだ。うちに帰ってきてほしい」
「もし嫌だって言ったら?」
「ストーカーになる」
「麟は本当になりそう」
雪は笑った。
雪は笑ってる時が一番かわいいんだ。
「冗談。持って帰った荷物運ぶの手伝ってよね」
僕は、うん、と肯いた。
これでお祖父ちゃんが言うところのハッピー・エンドだ。
安心したら、風が吹いた。
僕たちは身震いをして、冬の屋外は寒いという当たり前のことに気が付いた。
コーヒーでも飲もうと、僕たちは走り出した。
次話で最終回です。(わたしにしては)長かった
小日向さんちも、次でおしまいです。ちょっと
悲しいような、切なくて祝福すべきことのような。
みなさんに共感していただけたら嬉しいです。
では、また。




