第六話 僕と雪 その十~もう一度、手をつなごうよ~
前話で、雪ちゃんのお祖母さんが亡くなってしまいました。
ひとの死を軽々しく書くのはわたしは嫌です。
わたしが書いたお祖母さんの死は、
みなさんから見て軽々しく見えましたか?
もし見えたなら、反省して頑張ります。
では、どうぞ。
雪はというと僕にそっぽを向けていた。
怒っているのか、泣いていると悟られたくないのか……。
僕は雪のお祖母さんに初めて会った、お見舞いの日を思い出した。
そのころはまだ、ベッドに寝たままではあったものの、話ができるくらいの病状だった。
点滴をしている細い腕は生気がなく老いていた。
呼吸をするのも苦しそうな青白い顔で、お見舞いに来た家族と他人の僕に、にっこりと笑ったんだ。
「お母さん、このひとは雪の彼氏、恋人だよ」
雪のお父さんが言った。
耳元で大きな声を出さなければ聞こえないようだった。
雪のお祖母さんは、
あら、まあ!
と言うように口を動かしてからうんうんと肯いた。
三十分くらいのお見舞いで、僕が月に一度、雪の家族と晩ご飯を共にしていること、雪はもうぼくの家族と暮らしている間柄であることを告げた。
雪のお祖母さんは喋るのにもかなりの体力を使うようで、息継ぎをしながら返事をした。
帰り際、雪たちが、じゃあまた来るからね、と手を振ると、僕に向かって
「雪をよろしく、お願いします」
と手を合わせた。
いまなら、雪を幸せにします、と答えられるが、そのときの僕はただ曖昧に、はい、こちらこそ、なんて受け答えしかできなくて、恥ずかしい。
それを雪に話そうかと一瞥すると、その寂しげな頬にはっとした。
そういえば、少し痩せたようでもある。
僕はなにも言えなかった。
もうすぐ家に着く。
雪が怒っているのなら、僕は家に入れてもらえない。
振られるならなおさらだ。
雪と喧嘩の原因について話したいのだが、それをいまするのは無神経だと思えた。
でも、いまを逃したら次はまたいつかわからないし、こんなことになってるなんて知りようがなかったから、僕は決着をつけるつもりで来ていたのだ。
肩透かしを食らうのを受け入れたほうがよいのだろうか?
日を改めろと言われているのだろうか?
雪の家に着いてシートベルトを外す。
雪は口を開きかけて、閉じる。
そしていくぶん早口な小声で言った。
「麟、上がっていって」
僕は、うん、とだけ返事をして、車から降りた。
心臓がドクンとした。
雪はわざとそうしているのか、僕に顔を見せずに玄関のドアを開けて、飲み物の用意をしに行った。
僕はソファに座って待っていた。
慣れ親しんでいるはずになのに、敵意が満ちているような居心地の悪さがあった。
コーヒーを持ってきた雪に、ストレートな言葉で訊いた。
「雪、俺のこと、好きか?」
「知らない」
こわばった顔で、困ったような声で、雪は言った。
そして続けた。
「お父さんに言われたの。雪にも悪いところがあるって。でも言えないものはどうしたって言えないの。ちゃんと事情があるの。それなのに、麟はわたしを疑った。彼氏なのに、わたしが一番困ったときに味方でいてくれなきゃ駄目なのに、疑った」
雪の目が僕を刺した。
「ごめん」
と僕は謝った。
お祖父ちゃんに言われたとおりだ。
事情を知らずに答えを出すのは短絡的だ。
僕が間違ってる。
「その事情を言える日が来るまで、俺、待ってるから。いまは、言える?」
「……言えない」
「じゃあそれでいいよ。別に怒ってるとか、変に冷めてるとか、そんなんじゃないよ。自分を見つめ直したって言うと大袈裟かもしれないけど、雪がいなくなってよく考えて、結論は雪が言えない事情を知ってからでもいいって思ったから」
「ほんとに怒ってないの?」
「ちょっと怒ってる」
「怒ってんじゃん」
僕と雪は少しだけ笑った。
懐かしい肌触りだった。
「それじゃあ、俺、行くよ。もうすぐお祖母さんの遺体も来るはずだし、いろいろ忙しくなるでしょ。コーヒー、ありがとう」
僕はコーヒーを飲み干して、立ち上がった。
多くの言葉を交わしたわけではないが、胸の支えが取れるとはこういうことだと実感した。
家に帰ってお祖父ちゃんちに行くと、みんなが待っていた。
「雪ちゃんは?」
とお姉ちゃん。
「雪のお祖母さんが亡くなって、連れて帰るどころじゃなかったよ」
「え、亡くなった」
「入院してたのは知ってたけど」
お母さんが驚いて、お父さんが同調した。
康お兄ちゃんが言った。
「雪ちゃんとは仲直りできたのか?」
「うーん、微妙。でもギスギス感はなくなったと思う」
「思うか。頼りないな」
と言いながら、康お兄ちゃんは安心したように笑った。
「麟太くん、憑き物が落ちたみたいな顔してるだわよ」
「どこで覚えたの、そんな言葉」
とお姉ちゃんが言った。
「これくらい姫たんのクラスじゃ、みんな当たり前に言ってるだわよ」
それは嘘だよと、みんなで笑った。
家族の笑顔を見るのが久しぶりに感じられて、申し訳なかった。
結果、麟太郎は雪ちゃんを連れて帰ることは
出来ませんでした。でも、前進しました。
明日、今後、麟太郎と雪ちゃんの関係はどうなるのでしょう?
みなさんに考えていただけたら嬉しいです。
では、また。




