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第六話 僕と雪 その九~命の灯が消えるとき~

喧嘩の非を認めて謝りに行った麟太郎。

雪の唐突な発言に驚きます。

雪の発言の真意は?


では、どうぞ。

 驚く僕をまるきり無視して周囲を見渡した雪は、僕の車を見つけて言った。


「病院まで乗せてって」


 病院に行くってことは、誰かが怪我したとか病気になったとか、なにかただならないわけがあるって意味だ。

 雪の親御さんがそうなったのだろうか?

  雪に手を引かれながら、とにかくこれは一大事だと思った。


「お父さんかお母さんになにかあったのか?」


 車を走らせながら、僕は訊いた。

 雪はしばらくなにも答えなかった。

 それは無視ではなく、一点を見つめてどう説明したものかと思案しているらしかった。


「お祖母ちゃんが、もう持たないだろうって」


 雪はやっとのことで絞り出した。

 僕は雪のお祖母さんについては何度か話に聞いていたし、一度だけ、雪の家族に同伴して病院にお見舞いに行ったこともある。

 何年か前に仙台の病院に入院していて、お祖父さんとふたりで暮らしていたが、そのお祖父さんが亡くなってから、向こうに身寄りのないお祖母さんは雪の両親、つまり自分の子どもを頼ってこっちの病院に転院してきたのだそうだ。

 そうか。お祖母さんか。


「そんなに悪いのか?」

「金曜の朝に容体が悪化して、いったん持ち直したんだけど、先生はこれ以上よくなりはしないと思いますって。今朝もお父さんとお母さんと、病院に行って、わたしだけいったん戻ってきたんだけど、さっき電話があって、急いで来いって。どうしよう。お祖母ちゃん、死んじゃう」


 ここ二日、大学で雪の姿を見なかったのは、そういうわけか。

 信号を待っている間、雪を横目で見た。

 雪のお祖母さんは、優しそうなひとだった。

 死か……。

 少なくともいまは謝るとか考えている場合じゃない。


「……お祖母ちゃんがね、雪の花嫁姿を見たいって。それを見るまでは死んでも死にきれないって。笑ったの。病気で苦しいはずなのに」


 それから僕たちは、病院に着くまで一言も喋らなかった。




 雪のお祖母さんは、先週の頭ごろに、集中治療室から一般病棟の個室に移されていたそうだ。

 病院の入り口に雪のお母さんがいた。

 僕を見ても悲痛な面持ちで会釈しただけだった。

 僕と雪を連れて、病室まで歩いた。

 日曜だから、病院に人気はなく、足音は耳障りなほどに廊下に反響して、吸い込まれていった。


 雪のお母さんにしたら、彼氏の家で仲睦まじく同棲していたはずの娘の突然の帰宅の理由は聞いているはずだから、怪訝に思ったことだろう。

 僕に文句のひとつもあったのかもしれないが、それを口にはしなかった。

 義母の危篤が重なって、それどころではなかったせいかもしれない。


 病室には、雪のお父さんと女性の看護師さんがひとり、いた。

 お祖母さんの傍らには、仰々しくも思える医療器具があった。

 はた目には、意識があるのか疑わしかった。


「お祖母ちゃん、雪だよ。わかる?」


 耳元に口を寄せて雪は話しかけた。

 当然、返事はない。

 それでも雪は続けた。


「お祖母ちゃん、わたし、結婚するよ。わたしの花嫁姿見たいって言ってたよね。もうすぐ見られるよ。だから元気になって」

「雪、お祖母ちゃんはな、天国に行ったんだ」


 雪のお父さんが言って、看護師さんに頭を下げた。

 看護師さんが先生を呼んできて、医療器具のスイッチが切られた。


 雪はすぐには泣かなかった。

 ひとの死という現実を、そんなに早くには飲み込めないのだ。


 これからお通夜とかお葬式とかのための話し合いがあるのだから、僕はいても邪魔だろう。

 雪と話をするのはひと段落ついてからにしよう。

 と思い、雪の親御さんに挨拶をして帰ろうとしたのだけど、雪のお父さんに呼び止められた。


「麟太郎くん。わたしたちと一緒に病院に残ってくれないか。一通りすることが終わるまで、雪についていてやってほしいんだ」

「はい」


 内心では怒っているのかもしれないが、穏やかな物言いに大人を感じた。

 雪のお祖母さんが家に帰るという段になって、雪は僕が送っていくことになった。

 雪もこうなったいまでは、僕の運転する車には乗りたくはないのかもしれないが、不満を言わずに従った。


 病室から車までの道のりは、やけに長かった。

 僕の三歩うしろを、雪は歩いた。

 僕たちは無言だった。

 車に乗って、雪の家を目指した。


「実家に帰ってたのか?」

 そんなことを言いたいんじゃない。

「男の家にいると思ったの?」


 まだ雪は怒っている。

 僕にだって怒りはある。

 でも僕はまだ雪が誰かと過ごした夜になにがあったのかを、真実を知らない。

 雪が嘘をついたうえに話せないの一点張りだからだが、僕は、真実を、知らない。


「ごめん」

「……謝んないでよ」


 じゃあどうしろと言うのだ。

 雪は成人している。

 つまり大人の仲間入りをしている、と言ってもまだ二十歳の女の子なんだ。

 今し方お祖母さんを亡くして、大きなショックを受けている、か弱い女の子なんだ。

 僕がしっかりしなくちゃ、とは思うものの、情けない話だが、かける言葉が見当たらない。


不幸はこちらの都合を聞いてはくれません。

不幸が重なった雪の心は、しっちゃかめっちゃかでしょう。

麟太郎は、どうするのか? どうもしないのか?

期待していただけたら嬉しいです。


では、また。

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