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第六話 僕と雪 その七~言葉の刃で~

追い詰められた麟太郎がとる態度は?

 

では、どうぞ。


「雪、ほんとはワカちゃん、貧血なんて起こしてないだろ。誰と一緒にいたんだ?」


 雪は嘘をつかなかった。

 言い訳もしなかった。

 ただなにも言わなかったのだ。


「言えないのか?」

「若菜が貧血起こしたから、看病してたの」

「それが嘘だってのは、わかってんだよ」

「……違う意味で言えないの。わかって」

「つまりワカちゃんの貧血は、嘘だって認めるんだな」

「……だって、……それは」

「嘘だって認めるのか、認めないのか、どっちだ」

 僕は苛立った。

 雪は俯いていた。

 だから顔はよくは見えなかったけど、困っているのはたしかだった。


「認める」

 消え入りそうな、か弱い声だった。


「……じゃあ、誰と一緒にいたんだよ」

「……それは、言えない。でもちゃんと事情があって、とにかくいまは言えないの」

「じゃあいつなら言えるんだよ」

「……わかんない」

「ワカちゃんの看病してたって嘘ついて、誰だか言えないやつと一晩一緒にいて、俺は雪のなんだ? 彼氏じゃないのか? なんで話せないんだ?」


「事情があって話せないの。わかってよ」

 雪は涙声だった。


「なにをわかれって言うんだよ」

 僕はテーブルを力いっぱい叩いた。


「麟太」

 お母さんが言った。


「なんで俺がたしなめられなきゃいけないの。雪が悪いんじゃないか。雪が悪いのに雪にはなにも言わないで俺を注意するのは筋違いだよ」


 興奮のあまりお母さんに反論した。

 それくらい怒っていたことに、自分で驚いた。

 それでも怒りは収まらなかった。

 僕は言った。


「雪、お前、ほかの男と寝たのか?」


 雪は大きく目を見開いて

「麟太郎なんて大嫌い」

 と怒鳴ると、玄関を閉めもせずにお祖父ちゃんちを出て行った。

 泣いていた。


「麟、なにやってるの。追いかけなさい」

 とお姉ちゃんに言われても、頑として聞かなかった。

 僕だって怒っていたのだ。




 次の日、僕がひとりで朝の電車に行くと、僕と雪が喧嘩をしたことが大学の仲間内にあっという間に知れ渡った。

 いつもべったりのふたりが、一緒にいない、口も利かない、目も合わせないじゃ、誰にだってわかるだろう。

 講義で雪の姿を見かけたから、大学を休むほどのショックではなかったとわかったのだが、完全に僕を無視していた。


 いつもの仲間といつもの席で、ではなく、女子たちは雪を気遣って雪と一緒に僕から遠くの席に座っていた。

 僕をちらちらと見て、目が合いそうになると気まずそうに目を逸らした。

 僕に近寄りもしなかった。

 雪と同調して僕を避けるなら、それもいい。

 僕はそんな一切を無視してずかずかと歩み寄り、

 

 今度は誰が貧血を起こすんだ?


 なんて嫌味を言ってやろうかとも考えたが、想像だけに留めておいた。


 想像だけと言えば、城は避けて通れない。

 僕のなかでは、雪が一晩一緒にいたのは城しかいないという結論に達していた。

 僕は喧嘩、子どもの口喧嘩などではなく、殴り合いの喧嘩なんて一度もしたことがない。

 ひとを殴ったことなんて、もちろんない。

 もしも生まれて初めての暴力を振るうとしたら、それは雪の浮気相手の城だ。

 僕は何度も城を殴るところを想像していた。


 その城は、大学にも撮影にも顔を出さずに、大学を休んでいるようだった。

 

 僕の推測では、喧嘩の原因を知っているのは、僕と雪と城だけだった。

 城が大学に来ないのは、逃げだと僕は受け止めていた。

 映研仲間の彼女を寝盗るようなやつだったなんて。

 ひとは見かけによらないってのは、本当だ。


 次の日も、その次の日も、そのまた次も、城は大学を休んで、雪は僕を避け続けた。

 怒りは日に日に増していった。


「城のやつ、インフルエンザにでも罹ったのかなあ?」


 男三人でお昼ご飯を食べているとき、事情を知らない(知りようがないのだが)やつが僕の前で言った。

 城に関しては名前さえ聞きたくはなかったのだけど、電話してみるわ、とスマホを出したので、僕は薄情だと思われようとかまわないと、席を立とうとした。

 だけど、さすがに感ずかれてしまう、それは雪のためにも避けなければいけない、と思い直し、こんなときでも気遣ってしまう自分にため息が漏れた。


「俺と雪が喧嘩してるから仲裁してよって言ってみて」


 僕が雪との喧嘩のことでイラついているのは周知の事実だ。

 でもみんなそれには触れずにいてくれた、と言うよりはどう扱っていいか困っていたので、この発言に驚いて、瞬時に空気が凍り付いた。

 でも僕が、冗談じゃなくて、と言うと、言ったとおりに言ってくれた。


 電話を切ってから

「風邪ひいてたんだって。肺炎になりかかるくらいひどくて、アパートで寝てるって」

 と僕にとっては的外れな情報を伝えてきた。


「喧嘩のことは、なんか言ってなかった?」

「今度、大学に行ったときに話すって。麟、城とも喧嘩してるのか?」


 本当のことを言うわけにはいかないので、そうだとだけ答えた。


 夜になり、晩ご飯はファミレスで済ませた。

 ここ数日、そうしている。

 雪と喧嘩して以来、なるべく家族と顔を合わせないようにしているのだ。

 大学の仲間とも、距離を置いていた。

 僕と雪の喧嘩をからかうようなやつなんていない。

 でも、それで気を遣われてしまうのが、逆に気を遣うからだ。

 少なくとも気を遣われているような居心地の悪さは、感じていた。


 いまは独りでいるほうが楽だった。


 僕は夜の渋谷を目的もなく、歩いた。

 そのつもりはなかったのだが、自然と例の本屋に足は向かっていた。

 漫画を立ち読みして、八時になる前に店を出た。


 次の脚本には、まだあらすじを考えている途中で、取りかかってはいなかった。

 こんな状況ではなかったら、空いた時間は脚本の推敲に使うのだが、とてもそんな気にはなれなかった。

ついに言ってしまいました、麟太郎が。

でも麟太郎を一方的に責めるのは違うと思います。

……間違ってますか?

ひとそれぞれに考えがあるわけですから、

間違っていると言われたら、それも間違いではないのかもしれません。

でも、とわたしは思うのです。


では、また。

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