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第六話 僕と雪 その六~涙、ひとしずく~

冬の夜から朝まで、麟太郎は雪ちゃんを待っています。

そうせずにはいられないほどの麟太郎の心を、

わたしはうまく文章にできでているでしょうか?

みなさんの声を聞かせてください。


では、どうぞ。

 自転車に乗って、康お兄ちゃんが帰ってきた。

 車庫のシャッターを開けて駐輪しシャッターを閉めると、新聞を取って門をくぐってきた。


「おお、麟。なにやってんだ?」

 体をびくっとさせて、康お兄ちゃんが言った。


 僕は正直に言うと、誰とも話をしたくはなかった。

 なぜここに立っているのかを説明するのが、単に嫌だったのだ。

 でも康お兄ちゃんにはなんの罪もないし、無視するのは幼稚な八つ当たりに思えた。


「……雪が、帰ってこないんだ」


 僕は絞り出した。


「帰ってこないって、なんか、あったのか?」

「あったのかもしれないし……、なかったのかもしれないし……」

「麟、何時からそこにいるんだ?」

 と康お兄ちゃんは手袋を外して、僕の頬に触れた。

「冷たいじゃないか。とにかく家に入れよ」

「大丈夫だから」

「大丈夫じゃないだろ。ほら」

 腕を引いて、康お兄ちゃんはお祖父ちゃんちに僕を連れて行こうとした。

「ほんとに大丈夫だから」

 康お兄ちゃんの手をそっと押して、離した。


 康お兄ちゃんはそれ以上なにも言わずに、お祖父ちゃんちに入っていった。

 二分もしないうちにお母さんが来た。


「麟太、なにやってんの?」

「康お兄ちゃんに聞いたんでしょ。雪が朝には帰るって言ったから、待ってるんだよ」

「待ってるって。……まさか寝てないんじゃないの? 麟太」

「大丈夫だよ」

「とにかく家に入りなさい」

「大丈夫だから」

「麟!」


 反射的に振り向いて、お母さんの目を見た僕は、素直に従った。

 お祖父ちゃんちでは康お兄ちゃんが温かいカフェオレを淹れて待ってくれていた。

 お母さんも康お兄ちゃんも、なにも言わないでいてくれた。

 僕は二杯おかわりして計三杯のカフェオレを飲んだ。

 

 三十分が沈黙の中で過ぎていった。

 そのうちにお父さんが起きてきて、お母さんがお祖父ちゃんを連れてきた。

 この状況が異常事態であることを、お父さんはすぐに察した。


 僕は渋々だけど説明した。

 お祖父ちゃんはなにも知らない顔をしていた(実際事情をなにも知らないのだが)。

 お父さんは僕を見て微笑んで言った。


「いいか、麟太。泣きたいときは泣いてもいいんだ。雪ちゃんは友達の看病をするって言ったんだろ? だったらそれを信じてあげなきゃ駄目だ。でももしもなにかの間違いがあったのなら、麟太から別れを切り出すにしても、雪ちゃんから別れを切り出すにしても、受け入れて、受け止めるんだ。それは辛いことだ。だからこそ、思いっ切り泣いちゃえ。塞ぎ込んだってなんにもいいことなんてありゃしない。でも、人間は理屈で動くロボットじゃない。頭ではわかっていても心がついてこないときもある。だから気の済むまで泣いて、そしてまた顔を上げて前を向いて、歩き出せ。いまは泣いてもいいんだ」


 僕は泣きたいわけじゃなかった。

 むしろ腹を立てていた。

 なのに涙が一筋だけ、頬を伝った。


「ご飯の用意、始めるわね」

「カフェオレ、飲め。康お兄ちゃんが淹れた最高級だぞ」

「いや、別に泣きたいわけじゃないんだよ。そんなんじゃないんだ」


 僕は慌ててフォローした。

 でもお父さんもお母さんも康お兄ちゃんも微笑んでいた。

 ただひとり、お祖父ちゃんだけが


「麟太郎、なぜ泣くんじゃ? みんな、麟太郎が泣いとるぞ。泣くな、麟太郎。どうしたんじゃ、なにがあったんじゃ」


 と騒いだのだけど、お父さんと康お兄ちゃんが、大丈夫だよ、なんでもないから、とお祖父ちゃんを落ち着かせた。


 四杯目のカフェオレを飲むと、心が少し、ほんの少しだけど軽くなった。

 自分の心が、自分でもよくわからなかった。

 憤怒と嫉妬と悲哀をごちゃ混ぜにして、さらになにか言葉にしきれない感情を加えた胸の内が、ほんの少しだけ中和された気がした。


 六時四十分になる前に、お姉ちゃんが姫たんを連れてきた。


「雪ちゃんが起こしてくれなかったから、寝坊しちゃったわよ」

 ぶち壊しだ。

「まったくママは。今日が日曜日でよかっただわよ」

 おはようだわよのあとで、姫たんが言った。


 康お兄ちゃんが

「そうだ、俺、今日」

 と話し始めたそのとき、玄関のドアが開く音がした。

 雪だ。

 姿を見なくたって、声を聞かなくたってわかる。

 案の定、雪がパタパタと小走りできた。


「おはようございます。朝ご飯、間に合いましたよね」


 僕は場が、どういうリアクションをするんだ、麟太郎、という空気になったと感じた。


「間に合ったよ。とにかく座りなよ」

 と僕は言った。


 自分でも驚くほど優しい声だった。

 雪は隣に座った。

 無理に明るく振舞っているでも、後ろめたそうでもない表情だった。




 このまま問い詰めなければ、いままでどおりでいられるのだろうか?




 もし問い詰めたら、この関係は壊れてしまうのだろうか?




 いままでどおりでいるために、僕は一切の疑念を無に帰さねばならないのだろうか?




 無理だ。


 そうしなければ壊れてしまう関係なら、壊れてしまえばいい。


麟太郎の決断は、どのような結果をもたらすのか?

楽しみにしていただけたら嬉しいです。


では、また。

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