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第六話 僕と雪 その五~すがりつくように~

みなさんがお住いの地域では、雨で心苦しい思いをなさっていませんか?

テレビをつけると、暗いニュースが流れています。それも毎日。

わたしの小説(と呼べるほど小説ではないかもしれませんが)のなかでは

せめて明るくと思っていたのですが、この展開、みなさんはどう思いますか?

ぜひぜひ、読んでください。読み進めてください。

そして声を聞かせてください。


では、どうぞ。


 僕は記憶をたどって、知りうる限りの雪とワカちゃんの高校時代の友達で、ワカちゃんと同じK大に行った友達に電話をすることにした。

 相手としたら、こんな時間にこんな理由で電話されても迷惑だろうけど、それくらい僕は切羽詰まっていた。


 雪と話してて、ワカちゃんの話題になって、久しぶりに会いたくなって電話したんだけど、昼間っから繋がんないんだ。

 なんか知らない?


 こんな時間にごめん、と言ってから質問した。

 高校以来の久しぶりのひとはなるべく避けて、大学生になってからも(そんなに頻繁にではないのだが)顔を合わせているひと順に訊いていった。


 一人目。ううん、知らない。同じ大学だけど、学部が違うし、あんまり会ってないの。

 二人目。えー、わかんない。わたしも連絡してみようか?

 焦りながら断った。次だ。

 三人目。は電話に出なかった。

 四人目。昼間にわたし、ちょっと会ったよ。


 当たりだ。

 僕は

「変わった様子とかは、なかった? 具合悪そうだった、とか」

 と訊いてみた。


 ううん。別に普通だった。

「会ったのって、何時ごろ?」

 二時か、二時半ごろだったと思うよ。

「そう。いや、大丈夫ならいいんだ。なんかあったのかなって、ちょっと心配になっちゃって。ごめんね、こんな時間に。じゃあ、またね」


 僕は電話を切った。

 友達と言ったが、四人目で打ち止めだった、最後でヒットしてよかった。

 もしも駄目だったら、避けたかった久しぶりのひと、さらにはワカちゃんを知らない、僕と雪の大学の友達にも電話をかけて、探って回ったことだろう。

 そういうことをするひとを、最低だと思う。

 その最低な行為を、僕は躊躇わずにするところだったのだ。

 そして僕はそのとき、それを最低だとは思ってはいなかった。


 僕はスマホを置いて、考えた。


 二時か二時半に元気だった人間が、五時半になって急に貧血になることって、あるのだろうか?

 女性は、生理が重いひとは貧血を起こして寝込むことがあるって聞いたことがあるけど、それなのだろうか?

 僕は生理についてまったく知らない。

 だから答えの出しようがない。

 でも、これはお姉ちゃんにも誰にも聞けない。

 ただ、雪が嘘をついている可能性が増したのは、たしかだ。

 雪が僕とのデートをすっぽかして、そのうえどこかで一晩を過ごすほどの理由はなにか。


 僕にはどうしても、城の影が見えてしまうんだ。


 こないだの渋谷の件だけじゃない。改めて思い返してみると、雪が城とふたりで話しているところを、僕は何度か目撃している。

 雪は僕に気が付くと屈託のない笑顔で手を振るから、だから城とふたりでもなんとも思わなかった。

 でも……。


 僕はリビングに行き、自分のスマホで城に電話した。

 もしも城が電話に出たら、お姉ちゃんのスマホで雪のスマホに電話する。

 雪が城と一緒なら、城の電話から雪のスマホの着信音が聞こえてくるはずだと考えたのだ。


 何度目かのコールで女性のアナウンスに変わり、僕は電話を切った。

 次に僕は雪のスマホに電話をかけた。

 こうなったらもう裏切りと思われてもいい。

 はっきりさせたいという気持ちが上回ったのだ。


 雪はスマホの電源を切っていた。

 もうお手上げだ。


「麟、どうしたの?」

 と心配するお姉ちゃんに

「なにが? なんでもないよ」

 と言って部屋に戻った。

 目を合わせることはできなかった。


 風呂に入っているときも、自分の部屋にひとりでいるときも、電気を消してベッドに横になって眠ろうとしても、頭に浮かぶのは雪だった。

 苛立ちにも似た強い不安が心に充満して、どうすればいいのか僕にはわからなかった。


 雪を疑いたくはない。

 でも、じゃあなぜ嘘をついたのか?

 それとも本当にワカちゃんの看病のために、ワカちゃんの部屋に泊まるんだろうか?


 ……本当は、城と一緒にいるんじゃないのだろうか?


 世界は静まり返っていた。

 繁華街の喧騒も、この家までは届かない。

 お姉ちゃんや姫たんの寝息も聞こえては来ない。

 防寒のために閉めたカーテンの隙間からは月の光も漏れては来ない。


 暗闇に慣れた目で天井を見上げるのに嫌気がさして、僕は起き上がった。

 城のアパートまで行ってみようかと真剣に考えて、馬鹿げているとため息をついた。

 でもあながち馬鹿なアイディアでもないと思いなおすくらいの心境だった。


 僕は服を着替えて、お父さんちを出て、門の手前で雪を待つことにした。

 ダウン・ジャケットを着て、手袋をして、雪が編んでくれたマフラーをしていたのだけど、冬の深夜の冷気に、僕の体はすぐに熱を奪われた。

 足が指先までかじかんで震え、垂れてくる鼻水を何度も啜った。

 

 雪は朝までには帰ると言った。

 朝だから、六時かもしれないし、五時かもしれないし、もっと早い四時かもしれない。

 僕は雪の帰りを待った。

 そして雪が帰ってきたときに、雪が

「若菜の具合、よくなったよ。心配かけてごめんね」

 といつもと変わらない笑顔を見せて、僕のつまらない胸のもやもやを消し去ってくれると、期待していた。


 風が吹いて僕は肩をすぼめた。

 眠らない街の灯りがあるからなのか、空はそんなには暗くはなかった。

 雪から緊急の連絡があったときのためにスマホは持ってきてはいたが、時間をたしかめようとは思わなかった。

 たしかめたからといって雪の帰りが早くなるわけではないし、時間を気にするより雪の帰りを待つことのほうが大事に思えたからだ。


 何度か足音がして、そのたびに僕ははっとしたのだけど、近づいては遠ざかり、また近づいては遠ざかっていった。

 犬の呼吸音だとわかる場合もジョギングしている人間の呼吸音だとわかる場合もあった。

 雪ではなかった。

 犬の散歩やジョギングをするひとが現れる時間になったということはわかった。

 それでも空はまだ白んではこなかった。

 

 うちにも新聞が配達されて、始発の電車が動いている時間になったはずなのに、雪はまだ帰っては来なかった。


今話を読んで、麟太郎に対して「男のくせに情けない」って思う人がいます。

世の中には絶対に。しかもけっこう多く。

でも、男だから、女だからって考え方は間違いだと断言できます。

それも絶対です。法に触れない犯罪だとわたしは言いたいです。

麟太郎がしたことは最低だと理解したうえで。


では、また。

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