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第六話 僕と雪 その三~ノスタルジア~

わたしは仕入れた情報では、人間の空腹感は糖分が

不足していることでうまれるそうです。

わたしはお腹が空いたときにははちみつを舐めるようにしています。

小さな容器から垂らして、ペロッと。

それで意外と小腹の空腹感は治まります。

みなさんもお試しあれ。

相変わらず本文とはなんの関係もありません。


では、どうぞ。

 僕と雪は、ひとつ屋根の下に暮らしている。

 でも、ライブには家から一緒に行くのではなく、ライブ会場の近くで待ち合わせをしていくことに決めていた。

 これはこのとき、雪から提案されたアイディアだった。


「そのほうがデートっぽいじゃない」

 と笑った。


 僕と雪はお昼ご飯を食べたあとで、別々に家を出た。

 ライブは七時開演で、入場は五時からとなっていた。

 待ち合わせの時間は六時にした。

 会場までの移動に電車と徒歩で一時間はかかるから、さて、あと四時間近くはなにをして過ごそうか?

 僕の足は本屋さんに向かった。

 中古の本からCDからトレーディング・カードまで手広く扱っているあの本屋さんだ。

 僕は漫画が好きなのだ。

 定価千八百円の小説も百十円で買えるしね。


 僕より先に来て立ち読みをしているひとたちの、横から後ろから漫画や小説を手に取って、立ち読みの列に加わった。

 立ち読みに疲れたらフロアを変えて、中古のCDやBDなんかを見て歩いた。

 欲しいものが安く手に入ってほくほくした。


 結局、小説を二冊とCDを一枚買って本屋さんをあとにして、ライブ会場に向かった。


 時間はまだ二時間以上余裕があるけど、小説を読んでいれば、二時間なんてあっという間だ。

 ライブ会場限定のグッズも欲しいし。


 電車はところどころに空席があった。

 そのなかのひとつに座って、買ったばかりの小説を取り出した。

 右隣には誰もいなかったのだけど、左隣に座っていた五十代くらいの女性に肘がぶつかりそうになってしまい、頭を下げた。


 小説は、帯にある賞をとったものだと謳われていたので期待していたのだけど、いままで読まずにいたことを後悔するような、会心の小説だった。

 それを百十円で買えたことも相まって、僕は一度本と目を閉じ、深呼吸と同時に感謝した。

 このめぐり逢いに、だ。

 もちろん、紐のしおりを挟むことを忘れなかった。


 目的の駅に着くまでにも、停車はする。

 これももちろん、だ。


 制服姿の高校生の男女が入ってきて吊革に掴まった。

 僕と雪にもこんなころがあったなあと懐かしく思い、しばらく見ていた。

 そうして僕は、雪と出会った中学生時代からいままでを、電車に揺られながら、会場まで歩きながら、会場で時間が過ぎるのを待ちながら、なんとなく振り返った。


 僕と雪が付き合うきっかけは、単純というかベタというか、席が隣同士になったからという、要するに「ありきたり」な理由だった。

 それまでも、遠目から見て、かわいいと思うことはあった。

 けれど、それだけだ。

 席替えがあって、運命の歯車が音を立てて噛み合った。

 僕はいっぺんで好きになった。

 間近で見てもかわいかったし、話をしていても楽しかった。

 そんな理由で好きになる。

 いくつになっても、ひとってそういうものではなかろうか。


 告白は僕のほうからした。

 夏休みになる前の、放課後の教室で、だ。

 本当はもっと早くにしたかったのだけど、なかなかふたりっきりになるチャンスを作れなくて……というのは言い訳だ。

 告白をずるずるとあと送りにしたのを、思い出すと恥ずかしくなる。

 僕はよく言えばシャイ、悪く言えば根性なしなのだろう、きっと。


 そんな僕を雪は好きになってくれた。

 返事はオーケーだった。

 僕は雪以外の女性と付き合ったことがなく、これから先も雪以外の女性と付き合うことはないから、人生の、最初で最後の大一番ということになる。

 それは天に昇るような、いやもう天に昇った瞬間だった。

 天使のファンファーレと天女のライン・ダンスで祝福されて、そうして交際が始まった。


 雪を初めて家に招いたのは、中学三年のとき、一緒に受験勉強をするためだった。

 女の子をひとり、家に連れてくるということは……、当然そういう関係だと家族みんなに知らせるのと同じ意味なわけだ。

 僕は照れもあって緊張もしたのだけど、雪はそんな素振りは微塵も見せずに、お父さんとお母さんに挨拶をした。

 いまになれば、僕の目が曇っていたせいでそう見えただけで、雪も雪なりに緊張はしていたのだとわかるが、そのときは、彼氏の、しかも初対面の、両親に、挨拶をするというハードルが、雪には低かったように、僕は受け止めたのだ。

 だから僕はそのとき、肝が据わってるな、いい意味であっけらかんとしているな、いや、天真爛漫だと言うべきか、と考えた。

 まあ、そのおかげで家族ともすぐに打ち解けた。

 姫たんは遊ぼう、遊ぼうってせがむし、お父さんとお母さんも、麟太をよろしくね、なんて気の早いことを言い出す始末だった。

 お祖父ちゃんは高梨さんとのこともあってか、麟太郎が好きならそれでいい、としか言わなかった。

 思えば、姫たんはあのころ、二歳だったかな?

  お祖母ちゃんもまだ元気で、いまはお祖父ちゃんちにいるお父さんとお母さんも、まだお父さんちにいたっけ。


 僕はお祖母ちゃんのことを思い出すと、いまでも泣きそうになる。

 目頭を擦って、また雪との日々を振り返った。


 高校生になると、僕と雪はほぼ月一のペースでお互いの家で盤ご飯を食べるようになった。

 どちらの家族にも公認の仲になったのだ。


 雪の家は雪がまだ小学生のときに建てた家で、まだ築五年も経っていない二階建ての綺麗な家だった。

 雪はひとりっ子で両親と三人で暮らしていた。

 雪の親御さんは、当然、僕を値踏みするような目で見るような、そんな失礼な人間とはかけ離れていた。

 緊張している僕に社交慣れした大人然とした話し方で、話題で話しかけてくれて、僕は雪の親御さんにすぐに好意を持った。


 雪の場合はというと、高校生のときにはもうすっかりうちに馴染んでいて、そのころからお母さんと並んで台所に立って、料理を作ることもあった。

 なのになぜ雪の作った弁当が口に合わなかったのかが疑問だ。


 僕は雪と同じ高校に進学できた。

 僕の学力では無理かもしれない学校だった。

 でも雪に僕の学力にあった高校に来させるのが嫌で、最悪別々の高校に通うっていうのも考えたのだが、やっぱり一緒の学校に通いたかったし、なにより雪に励まされたのが効いて、こんなに勉強することはもうないだろうってくらいに勉強したのだ。

 

 三年後の大学受験ではそのときを超えるくらいの勉強をする破目になるのだが。


今更かもしれませんし、読者であるみなさんに自由に

イメージしていただきたいので細かい設定は伏せてきましたが、

背の高いほうから順に、男性陣は康お兄ちゃん、麟太郎、お祖父ちゃん、お父さん。

女性陣はお姉ちゃん、雪、お母さん、です。

麟太郎と雪ちゃんの身長差は、十センチです。


では、また。

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