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第五話 僕、麟太郎 その十一~なにもここで出なくても~

こないだ六月になったと思っていたら、もう下旬ですね。

二十歳過ぎると時間が経つのが早くなるって本当でした。

麟太郎は学生としての本分のほかに夢である脚本書きをしているので、

ことさら早く感じていることでしょう。


ベタなことを言います。

夢を追って頑張っているひとって、かっこいいと思います。


では、どうぞ。

 十月もあっという間に下旬になって、五度目の直しでオーケーをもらい、映研での自主製作映画の脚本を書き終えた僕は、ひとつ肩の荷が下りてやっと自分の脚本に集中できるぞと、十一時の門限に間に合うように、渋谷の居酒屋を十時半にあとにした。


 たっちゃん以降、怪獣は出てきてはいない。

 とはいえ、まだ一週間も経ってはおらず、康お兄ちゃんが言っていた十日にはまだ四日、猶予があるのだけど……。

 正直なところ、僕はこのまま出てこないで欲しかった。


 康お兄ちゃんは怪獣と話し込んだと言っていた。

 僕も怪獣とは話をした。

 でも康お兄ちゃんとは根本的に違うと思う。

 歓迎した康お兄ちゃんと、恐る恐るの僕。

 僕も慣れれば恐れずに話せるようになるのだろうか?

 それまで繰り返し繰り返し、あの感じ、血の気が引くようなあの感じを味合わなければならないのだろうか?


 そんなことを考えていて、ふと気が付いた。

 大きな違いだ。


 お父さんに、康が誰もいないところに向かってひとりでぶつぶつ言っていると言われたと、康お兄ちゃんはたしかに言った。

 つまりそれは、康お兄ちゃんは怪獣の言う「こちらの世界」ではなく、こっち側、現実の世界で怪獣に遭っていたということだ。

 僕が怪獣と遭うのは夢のなかで、だ。いつの間にか眠っていて、いや、眠らされているのかもしれない。

 そこで僕は奇妙な体験をする。

 でも目覚めればそれで終わりで、「こちらの世界」から現実の世界へと帰ってこられる。

 じゃあ康お兄ちゃんが見た怪獣は、現実の世界にまでやってきたのだろうか?

 どうして怪獣は、僕のときは「こちらの世界」で、康お兄ちゃんのときは現実の世界でと、違う遭遇方法をとったのだろうか?


 光が見えた。

 強い光だ。

 目を開けてはいられない。

 左手で目を覆い、薄目を開けて指の隙間から光のほうを見た。

 誰かいる、ようだ。


「麟、麟。家に着いたよ」

「んあっ」


 雪に声をかけられて、僕は自分が眠っていたのだと気付いた。

 タクシーの運転手が僕の顔を見ている。

 支払いをすませてタクシーを降り、お祖父ちゃんちに行って帰宅したことを告げて、お父さんちに行った。

 リビングでお姉ちゃんと姫たんが地上波の映画を見ていた。

 雪に先に風呂を勧めて、僕はリビングで映画を見ながら、ぼんやり思った。


 さっきの光の先にいたのは、絶対に怪獣だ。

 四度目だから確信が持てる。僕が見るのは人型だけど、眠るのは嫌だな……。


 そう思うそばから睡魔に襲われて、コクン、コクンとしてしまった。

 なんとか眠らずに済んだのは、雪が入浴を終えてそれを僕に告げたからだ。


 ああ、いま入る。

 もごもごと言って、僕は浴室に向かった。

 脱衣所で、湯船に浸かって温まってしまったら眠るだろうなと予感したので、シャワーだけですまそうと決めて浴室に入ったら、先に入っているひとがいた。


 いや、ひとではない。

 いやいや、ひとはひとなのかもしれないが、人間とは異なるフォルムの生命体だ。

 わかりやすく一言で言うと、リトルグレイだ。


「ふああ!」


 僕はみっともなく叫んだ。リトルグレイはからからと笑って言った。


「最初はみんなそうだ」


 湯船に浸かり頭に折りたたんだタオルを乗せているリトルグレイを、滑稽だとも思わなかった。

 いや、思えなかった。

 僕は震えながらもまじまじと見ていた。


「そんなに緊張するな。そして見過ぎだ」

「すみません」

 反射的に謝った。

 するとリトルグレイは咳払いをして言い直した。


「そんなに緊張することありまへん。そして見過ぎどすえ」


 はんなりしてる!

 リトルグレイ、はんなりしてる!


「あんさんの脚本、ようおまんなあ」


 ようおまんなあは、褒めてるのか? けなしてるのか?

 きょとんとした僕の顔を見たリトルグレイは言い直した。


「きみの脚本は、好感が持てる」


 それはテレビでよくある宇宙人の声ではなく、落ち着いた、少し低い紳士的な五十代の男性の声だった。


「好感ですか。ありがとうございます」

 僕は声も震えていた。


「慣れるまではわたしが話そう。まず自己紹介を。わたしの名前はユーミルトン・グラハム。友達からはユーミと呼ばれている。きみもそろえてくれたまえ。ユーミと呼んでおくれやす。大きな声じゃ言えまへんけど、うち、UFOに乗ってきたんどすえ。嘘やおまへん。ほんまどす。いまもうちがサインを送れば、この家の上空に母船を呼ぶこともできるでごわす……どすえ」


 間違えた!

 ユーミさんはいまいちキャラ設定がなっていないようだ。

 ユーミさんが気まずそうな顔をしたので、僕は目を伏せて知らんぷりをした。


「それはそれとしてだ、ともかく、わたしはきみに危害を加えるつもりがないということは、わかってほしい。力になりに来たのだ。きみをよい脚本家にするために。緊張が少しほぐれたようだね。きみの目がそう言っている」

「もしかして、間違えたの、わざとですか?」

「むろん、そのとおりだ」


 嘘だ。

 でもそこがまた可笑しくて、僕の緊張はまた少しほぐれた。

 ユーミさんで四人目で、慣れが生じているおかげもあるのかもしれない。でも一番人間離れしているユーミさんは続けた。


「これを見ておくれやす。そんなに怖がらんと。さあ」

「どれですか?」

 ユーミさんは見たこともない機械(だと思われるもの)を出して、スイッチ(だと思われるもの)を押した。

 映像が風呂場のタイルに映し出された。


「これはあんさんの脚本どす。一番新しい、今日図書館で書いたところまでフォローしてます。どうやって手に入れたか訊くのは野暮どすえ。うちの科学力、舐めたらあきまへんえ。あんさん思いましたなあ。このままじゃ弱い、あかん、って。それでうちがうちなりに考えて、この脚本をブラッシュ・アップしたんどすえ」

「ちょっと待って、……ください。それじゃ僕は脚本を、ユーミさんの力を借りて、書くことになるじゃないですか。それじゃ僕のオリジナルじゃなくなってしまうじゃないですか。それは……ちょっと」

今話の最後の部分を受けて。

脚本は(脚本に限ったことではないかもしれませんが)、

ひとに読んでもらって意見を聞いて、それを参考にして

直したほうが、断然よくなります。それはほぼ絶対です。

麟太郎が言っているのは、自分が赤く塗りたい絵に

緑の絵の具を使われたら、自分の絵じゃなくなるということです。

上手くても下手でも、自分の作品に手を加えられるのは嫌ですもんね。


では、また。

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