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第一話 僕のお父さん、とお母さん その三~テンションは夜中の三時ごろ~

八人家族ともなれば、そりゃあいろいろあるでしょうよ。

小日向さんちはこの危機をどうやって乗り越えようとするのか?


では、どうぞ。

 今回の喧嘩の原因はなんなのか? 

 当たり前だけどお父さんと康お兄ちゃんがいないときに、お父さんちで、ぐずる姫たんをいつもより早く寝かしつけたあとで、お母さんがお姉ちゃんと僕と雪に話してくれた。

 こう切り出した。


「順を追って話すとね」


 それは、何日か前にさかのぼって、昨日の夜に発覚したことだと言った。




「兄ちゃん」

 仕事から帰ってきて着替えているお父さんに、康お兄ちゃんが話しかけた。

「んー?」

「ビデオ、BSの録るから、茶の間の、使うよ。もうひと番組録りたいのあるから、兄ちゃん録画できないけど、いい?」

「うん、いいぞ。そうだ、名人戦、六日の五局目なんだけど、こないだから削除しようと思って忘れてるんだ。削除しといてくれるか?」

「うん、わかった」

 といったん部屋を離れてから

羽生田はにゅうださん、負けちゃったのー?」

 と康お兄ちゃんが訊いた。

「そうだよ」

 苦笑いをしてお父さんが答えた。


 康お兄ちゃんの部屋にもテレビやBDレコーダーはあるけど、お祖父ちゃんちもお父さんちも茶の間やリビングでしかBSやCSが見られるようにはなってはいないのだ。

 康お兄ちゃんは茶の間に行って、自分の録りたい番組の予約録画設定より先に、お父さんに頼まれた六日の五局目の名人戦を削除した……。




「康くんはたしかに六日の五局目を削除したのよ。でも、それはお父さんの言ってた六日の五局目の名人戦じゃなかったのよ」

 お母さんは眉間にしわを寄せた。

「昨日の夜だったんだけど、お父さん、帰り、早かったでしょ。お風呂入ってリラックスしてみんながお父さんちに行ったあとで、録画しといた将棋の対局、見ようとしたら、お父さんの気に入ってた対局が削除されてたの。それも六日の五局目だったのよ。名人戦じゃなかったんだけどね」


 些細なことと思われる方がいらっしゃるかもしれない。

 でも好きなもの、大切なもの、それは人それぞれだ。

 あなたが好きで大切にしているものを、その価値のわからない人に(康お兄ちゃんはそんな無神経な人ではないが)知らない間に捨てられてしまったら、それがどれだけショックか、よく考えてみてほしい。 

 お父さんにとってはそれが録画しておいた好きな棋士の対局だということだ。


「康! 康! お前、こないだ消してって言われた将棋、ちゃんと確認したか?」

 お父さんはスマホの向こうの康お兄ちゃんに問い質した。

「六日の五局目でしょ? ちゃんとタイトル見て確認したよ」

「違うんだよ。それじゃないんだよ、俺が言ったのは。お前、間違えたんだよ」

「え、違うの? でも俺はちゃんと六日の五局目って確認して削除したよ」

「……もういいよ」

 お父さんにしては珍しく(それでも他人と比べるとわずかだが)乱暴にそう言って電話を切った。


 そうしてお父さんは醤油を取ってと康お兄ちゃんにではなく僕に頼んだのだ。

「お父さん、将棋、好きだからねえ」

 ため息交じりでお母さんが言った。

 お父さんが怒る気持ちもわかる。

 康お兄ちゃんにも落ち度があって、でも悪気のないちょっとしたミスで、ちょっとしたミスだけどお父さんにとっては大きなミスで、複数あった六日の五局目のどれなのかをしっかりと確認しなかった康お兄ちゃんに腹が立つけど、でもお父さんは説明不足だった自分を棚に上げる人ではないし、でもお気に入りの対局をけされてしまったのが許せない(康お兄ちゃんが消したのは名人戦ではなく竜王戦だったのだ)気持ちも、よくわかる。

 だからって怒りを面に出せないのも、よくわかる。


「今回の喧嘩は、いつまで続くのかな」


 四年に一度あるかないかという、オリンピックのようなお父さんと康お兄ちゃんの喧嘩は、大体いつもどちらかというと康お兄ちゃんのほうに非があるので、康お兄ちゃんのほうから和解の手を差し出すのだけど、僕は見た。

 康お兄ちゃんは目を伏せてご飯をかっ込んだのだ。

 そのときの康お兄ちゃんの眼は雄弁だった。


「見た?」

 僕はお母さんに言った。

「何を?」

 お姉ちゃんが答えた。

 僕は端的に、朝見たことを話した。

 お姉ちゃんもお母さんも黙り込んだ。

 雪も黙っていたけど、雪は喧嘩とかその手の殺伐としたもの全般が苦手なのだ。

 だから、頭を悩ませているというよりは、怖がっている、のほうが適しているのだろう。

 それに一緒に暮らしているとはいえ、まだ正式な家族ではないのだから、その辺の遠慮もあるのではと思っている。


「それで、さっきの話には続きがあってね、お父さん、朝、麟太たちが来る前の、康君が帰ってきて口を開く前にね、康の部屋のレコード、一枚だけ捨てたぞって、言ったの。それで康くんが大慌てして部屋に行って確認して茶の間に戻ってきたら、結局は嘘だったんだけど、お父さん、俺のは嘘だけど、康のは本当だもんなって」

「お父さんでもそんな嫌味言うんだ」

 僕は驚いた。

「でもだからって、じゃあ、仲直りするまで触れないでおけっていうの? そんなんじゃ息が詰まるわよ。毎朝、朝だけじゃなくて夜も、仲直りするまでこんなのが続いたら、姫が怖がるわ。わたしだって嫌だし、みんな嫌でしょ?」


 お姉ちゃんの発言を受けてみんなが黙り込んだあとで、お母さんが提案した。

「お父さんと康くんを、どうにかして仲直りさせる方法を考えようか。仲直り大作戦」


 雪の顔が明るくなって

「うん。それがいい。絶対そのほうがいいですよ」

 と賛同した。

 僕もなにもしないでいるよりは建設的だと思ったし、お父さんと康お兄ちゃんがぎすぎすしているところなんて見たくはないのだ。

 だから乗った。


 およそ一時間、お父さんちのリビング(お祖父ちゃんちは和風だから茶の間、お父さんちはモダンだからリビングという呼称が似合うのだ)で、僕たちは話し合った。

 ここまでの喧嘩は、僕の記憶しているところでは初めてだったし、いままでは三日としないうちに仲直りしてくれたから(いまはまだ二日目だが)、仲直りの方法なんて考えもしなかったんだ。

 だから仲直りのアイディアもすんなりとは出なかった。

 最初にお母さんが出した案をみんなで検討して、ボツになった。

 またしばらく考えて、次の案を、そしてまた次の案を出して、でもいまひとつ何かが足りなくて、するとお姉ちゃんが

「仲直りしてって言っちゃえば?」

 とど真ん中の直球勝負を選択した。

 お姉ちゃんはその柔和な外見とは裏腹に、案外とこらえ性がないのだ。

 僕たち家族にはもうお馴染みなので、驚きでなくて笑いが生まれた。

 ふふふって感じの笑いだ。

 その案も当然ボツで、仲直りさせるのって難しいという結論に達したのが、話し合いを始めて四十分後だった。


 僕はミネラル・ウォーターを飲みながら、まったくいいアイディアが浮かばない自分がなんだか可笑しくなってきて、でも笑っていい空気ではないので、顔がほころびそうになるのをどうにか持ちこたえた。


「プレゼントも駄目。姫たんに三人で遊ぼう作戦も駄目。お祖父ちゃんの世話をふたりに押し付け作戦も駄目」

 お母さんはソファに背中を持たれかけながら、つぶやくように言った。

 いや、実際つぶやいただけなのかもしれない。


「わたしのは?」

 お姉ちゃんが訊いた。

「駄目」

 お母さんは即答した。

 そして唸った。

 漫画のような、腕組みからの「うーん」だった。

 僕にはこのやり取りもツボだったのだけど、なんとか笑わずに済んだ。

 

 落ち着いてから、これじゃいけないと真面目に考える。

 お父さんから謝ることはない。

 かと言って、康お兄ちゃんが先に謝ることも、今回ばかりはないだろう。

 お互いに謝る気のないふたりを、どうやって仲直りさせるか。

 三人寄れば文殊の知恵と言うが、四人集まってもいいアイディアは出なくて、僕も唸った。

 お姉ちゃんも唸った。

 雪も唸った。


「お母さんはいままではどうしてたの? お父さんと康お兄ちゃんが喧嘩したとき」

「そりゃ仲直りするように言ったわよ。もう許してあげたらって」

「今回は?」

「取り付く島もなし。言える状況じゃないわよ。昨日の今日って言葉があるけど、それで言ったら昨日の夜九時の昨日の夜九時五分よ。それからの今朝よ。ピリピリしてて怖かったわ。とてもじゃないけど言えないわ」


 お姉ちゃんは、残念という目をしてコーヒーを飲んだ。


「ほっとくわけにもいかないし、いいアイディアも浮かばないし、自然解凍を待ってたんじゃいつまでかかるかわからないし。どうしようか?」

 僕は言った。

「それを話し合ってるんでしょ」

「知ってる」

 雪を見ずにソファにもたれかかって天井を仰ぎ見た。


「ここであきらめちゃ駄目よ」

 お母さんの眼は光っていた。

 お母さんのポジティブ・シンク力が半端ねえことを、僕は思い出した。


「なにかある。なにかあるのよ。考えましょう」


 なにかあるったって……。さっきからそれを考え続けて小一時間。

 まったくないじゃないか。

 でもお母さんを見ているともう一度考えてみようという気になり、また四人でうんうんと唸った。


 そうしていると、閃いたのだ、思わず膝を打つ妙案が。

 お姉ちゃんだ。

 それいくことでみんながまとまった。


 ほどなくしてお父さんが車を車庫に入れるエンジン音が聞こえてきて、お母さんは

 「じゃあ、明日。抜かりないように」

 と言ってお祖父ちゃんちに帰っていった。

 残された僕たちも、ベッドに行くまでの時間を思い思いに過ごした。


 お姉ちゃんの妙案、それは「お姉ちゃんが僕に醤油差しを取ってと頼む。僕がそれを無視する。もう一度頼む。僕が邪険にする。お姉ちゃんが怒る。僕も怒る。そのときにお母さんが割って入ってきて、姉弟喧嘩はいけないとお父さんに同意を求める。僕が康お兄ちゃんに謝らなくてはいけないかと問う。姫たんに仲良しが一番だわよ、の決め台詞を言ってもらって、お父さんと康お兄ちゃんの顔を見る」

 というものだった。

 夜中の三時ごろはテンションがおかしくなって、普段の冷静なときなら引くほどつまらない冗談で腹を抱えて笑ったりするらしいが、予想外の事態にテンパっていて、その上話し合いが混迷した末のこの案は、果たして本当にみんなが膝を打つほどの妙案だったのか。

 

 それは次の日、あきらかになる……のか?

余談になってしまいますが、わたしは徹夜も覚悟で

夜中の二時、三時くらいまで文章を書き続けたことがあるのですが、

あとで見返してそのひどさにがっかりしたことがあります。

徹夜してもいいものなんて生まれない、という教訓を学びました。

みなさんは、そんな経験、おありですか?


では、また。

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