第五話 僕、麟太郎 その六~視界が揺れて~
気温がだいぶ上がってきましたね。
もう半袖のTシャツでもいい時期ですが、
わたしはまだ七分袖Tシャツで粘っています。
気温が上昇しても、地球にとっていいことは
たぶんそんなにはないと思うので、
みんなで声をそろえましょう。せーの、
ストップ温暖化!
(本文とはなんの関係もありません)
では、どうぞ。
康お兄ちゃんは、怪獣が出たのは、ざっくり言って十日に一回、みたいなことを言っていた。
僕のところにクロチャンが出てきてから五日が過ぎていた。
ざっくりなのだから、もうそろそろ来る頃合いが近づいてきたということだ。
来てもおかしくはない、ということだ。
このところの僕は六、七時間くらい睡眠を取っていて、先週あたりの睡眠不足はすっきりさっぱり解消されていた。
でもそれとは裏腹に気持ちは沈んでいた。
康お兄ちゃんは慣れたと言っていたけど、僕はまだ恐怖心を拭えてはいない。
僕がクロチャンに遭ったことは、次の日の朝ご飯のときに康お兄ちゃんがみんなに話した。
笑い話として受け止められて複雑な心境だったけど、深刻な話として受け止められてもそれはそれで困るので、僕は曖昧に笑った。
「康お兄ちゃんとネタ合わせしたでしょ」
とお姉ちゃんが笑って
「麟太、疲れてるんじゃないの?」
とお母さんも半笑いなので、
「いや、そんななんじゃないんだって。ほんとなのになあ」
と僕は説得を諦めた。
「俺の気持ちがわかったろ? 麟。俺は二十年間、こうだったんだぞ。そりゃあ寂しかったぞお」
「それはだって康がそういう話し方をしたからだろ。俺だって頭から嘘だって否定したわけじゃないだろ」
「いや、兄ちゃんは信じてくれなかったよ。最初っから」
康お兄ちゃんとお父さんとのやり取りで笑いながら、クロチャンが残した体毛と手形を思い出していた。
現実のはずだ。
でも夢のようでもあるのだ。
一日が過ぎて、僕はいまひとつ確信を持てなかった。
そうして五日が過ぎて、僕は雪と一緒に、大学で講義を受けていた。
雪はとても勉強ができるのだけど、僕は謙遜でも自己卑下でもなく、落ちこぼれだ。
だからひとの何倍も身を入れて講義を聞き、教科書を読んでノートを取らないと、ついていけなくなってしまうのだ。
入学したばかりのころは、真面目だねえなんて言っていた友達も、いまとなると、もっと頑張んないと一緒に卒業できねえぞって具合だ。
雪は僕の学力を知っているから、テストや課題のときは、空いた時間に勉強を見てくれる。
雪と同じ大学にいくために、僕はかなりの努力をして、雪と一緒に卒業するために、こうして努力を続けている。
その日も、僕は一字も見逃すまい、一言も聞き漏らすまいと目を血走られていた。
というのは少し誇張が過ぎるけれど、熱心な学生のひとりであることはたしかだった。
僕はいつものように教授の話を聞き、ノートを取っていた。
と、なにかの拍子に目の前が揺れた。
一度だけ、ぐらりと。
驚いた僕は雪を見て、周りを見渡した。
誰もが普通に講義を受けている。
なんなんだ?
僕は戸惑った。
でも疑問に思った次の瞬間に、また目の前が揺れた。
先ほどよりも激しく。
僕は瞬きをした。
教授は何事もないように講義を進めている。
なんかの病気か?
ぞっとした僕は、小声で雪に話しかけた。
でも雪は答えてはくれない。
「雪、雪」
と膝を揺すっても、僕のほうを見向きもしない。
「無駄でおじゃる」
僕はびくっと振り返った。
いま喋ったのは右側のやつだった。
「いま、そなたはこちらの世界にいるでおじゃる」
左側のやつが言った。
「ソシボワーヌ、ケチョンデレーヌ、ブザルゲレロ」
真ん中のやつが言うと、
「何語でおじゃるか!」
真ん中のやつの頬を両隣から叩いて、
どう?
と言うように僕を見た。
呆気に取られてしまって、それが冗談だと理解するまでに時間がかかった。
つまりは笑えなかった。
彼らは咳払いをして名乗った。
初めに右側のやつが
「麻呂は小石川白麻呂」
と名乗った。
面長の男で、年のころは二十五歳前後に見えた。
次に左側のやつが
「麻呂は倉持宮麻呂」
と名乗った。
少し頬のこけた男で、年はやっぱり二十五歳前後に見えた。
最後に真ん中のやつが言った。
「そして麻呂がセカイノハジマリのピエロの正体でおじゃる」
「嘘つくなでおじゃる!」
白麻呂と宮麻呂が真ん中のやつの頬を両側から叩いた。
これはもうツッコミだ。
彼らはトリオ漫才師のつもりなのだ。
残念なことに笑えないのだが。
「本当は石渡雨麻呂でおじゃる」
と真ん中のやつは改めて名乗った。
雨麻呂はそう贔屓目に見ても三十代後半、おそらく四十台に乗っていると思われた。
顔は角張っていて、白麻呂、宮麻呂と並んで座っていると烏帽子が凹んでいて、背が低いのだとわかる。
四十のおっさんが、二十五の若者につっこまれるのは、ちょっとした悲哀だ。
それが三人の漫才のつまらなさに拍車をかけているのだが、彼らは気付いてはいないようだった。
どうですか? 三麻呂の滑り具合。
この場合、面白かったらいけないけど、
つまらな過ぎてもいけないじゃないですか。
その匙加減をちょうどにするのは、けっこう難しかったのです。
一周回ったのちに思わず軽く笑けてしまう、くらいの微妙さを目指しました。
次回の三麻呂は滑らずにいられるでしょうか?
では、また。




