表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/58

第四話 僕の姪っ子、姫たん その四~姫たんからの啓示だわよ~

冒頭で姫たんは点滴を打ちますが、

みなさん、注射が怖かったのって何歳くらいまで続きましたか?

わたしは小学二年生のときに泣いたことは覚えています。

三年生になったときは、たぶん泣かなくはなったと思うのですが、

まだ「怖い」と思ったことは記憶にあります。

今話を書いていて、そんなことを思い出しました。


では、どうぞ。

 体温を測り、聴診器を当てて、喉を見て、風邪と診断されて点滴を打つことになった姫たんは、

「注射なんてへっちゃらだわよ」

 と焦点の定まらない目で言った。


 点滴をして横になっていた姫たんは、いつの間にか眠っていた。

 まだ八歳の姫たんにとって、その日はひどくハードな一日だったのだ。

 点滴が終わってから、お姉ちゃんは眠っている姫たんをそっとおんぶした。

 お姉ちゃんはきっと、いや、絶対に、僕なんかよりずっと心配していたんだ。


 車の後部座席にお姉ちゃんと眠っている姫たんが座って(姫たんはお姉ちゃんが膝枕をしていた)、僕の運転で帰路についた。

 混み合った東京の大通りを走っていると、寝言なのか目を覚ましたのか、姫たんが言った。


「雷が鳴って雨が降るだわよ。信号が黄色になっても急いだら駄目だわよ」


 よく聞き取れなかった僕は、お姉ちゃんに訊いて少しだけ怖くなった。

 超能力というのか、霊的というのか、なにかはわからなかったけれど、計り知れない不思議な出来事であることは間違いなかった。


 瞬きよりも短い時間、街が明るくなって、その数秒後には土砂降りになった。

 お姉ちゃんは

「怖い、怖い」

 と姫たんを抱きしめた。

 守るためなのか、すがっていたのか。

 次は黄信号でも急いじゃいけないだったな、とハンドルを握る手に自然と力が入った。


 間もなく信号機に近づいていった。

 青ではあったのだけど、黄色に変わるという確信があった。

 五十メートル、四十メートル、まだ青だ。

 三十メートル、二十五メートル、二十メートル、十五メートル、黄色に変わった。

 普段なら行ってしまうところだけど、ブレーキを踏んだ。


 後ろの車に悪いことをしたと思った刹那、右折してきたバイクが目の前で転倒した。

 僕は振り返ってお姉ちゃんを見た。

 お姉ちゃんも驚いた顔で僕を見ていた。


「行ってたら轢いてたわね」

「うん。轢いてた。完全に」


 姫たんは眠っているのか、しんどいのか、目を閉じて動かなかった。

 大通りから住宅街に入ると、雨はすぐに止んだ。

 こんなこともあるのかと、ほんの少し身震いするような思いでいた。

 ひとを轢きそうになるなんて、滅多にない経験だ。


 家に着いて、お姉ちゃんは姫たんをおんぶしてお父さんちに行った。

 僕はお祖父ちゃんちに行って、お父さんたちに話した。

 姫たんの寝言のようなうわ言のような発言と、危うく事故を起こすところだったことを。


「雷なんて鳴ってないし、雨なんて降ってないぞ。本当か? その話」

 お父さんが言うので、僕は言葉に詰まった。

 そんな嘘をつくひとじゃないのだが、それはわかっているのだが、お父さんのほうが本当のことを言ってるの?

 という気持ちだった。


 お姉ちゃんの前では雷も鳴ったし雨も降ったってことにしなかきゃいけない、明日は姫たんがなんて言っても絶対に学校を休ませよう、と意見がまとまって、僕はお祖父ちゃんちをあとにした。




 次の日、姫たんは大人しく学校を休んだ。

 代わりにお母さんが学校に行った。

 ICレコーダーを持って。

 どんなやり取りがあったのかは推して知るべし、だ。


 夕方には、向こうの両親が子どもを連れて謝罪しに来たので、お祖父ちゃんちの玄関にとおした。

 お姉ちゃんがキレかけていたので、お母さんも立ち会った。


「このたびは本当に申し訳ありませんでした」


 父親が頭を下げて、次いで母親も頭を下げた。

 子どもは俯いていた。


「給食に消しゴムのカス、入れてくれるんだってねえ。姫の髪の毛引っ張りまわしたり、蹴飛ばしたりしたくせに、嘘ついてくれたんだってねえ。お父さんが偉いから、左遷させるんだってねえ。親とか先生の前ではいい子ぶって見せて、裏ではそういうこと、してるんだってねえ。返す気もないくせに、お金、借りるんだってねえ」


「お金はちゃんと返します」

 父親が返答した。

「お金を返せばそれで済む話ですか? 違うでしょう。問題は返す気もないくせにお金を借りる、返済を迫られると、嘘をついたり逆切れしたりしてうやむやにする、その考え方にあるんじゃないですか? それもわからずにお金はわたしたちが返します。あなた方がそんなふうだから、子どもが非常識になるんじゃないですか? 違いますか? うちの子は、悪くもないに、謝らせられたんですよ。間違ってるのはあなたの子どもなのに。謝るべきはあなたの子どもなのに。それが、子どもの心に、ひとりの人間の心に、どれだけの傷を残すか、その年になってもわからないんですか? あなた方は子どもをどんなふうにしつけているんですか?」

 向こうの両親は押し黙った。


「子どもの前にあなた方が教育を受けるべきなんじゃないんですか?」

 お姉ちゃんは辛辣だった。

 でも間違ってはいないと、僕は思った。

 お母さんがフォローした。


「子どものしたことですけど、今回のはあまりに度を越してるんじゃないですか?」

「はい。わたしたちも、正直、ショックを受けました。まさかうちの子がこんなことをするなんて、信じられませんでしたけど、自分たちが甘やかしすぎたと反省して、もう二度とこのようなことがないように、きつく言って聞かせましたから」

「言って聞かせるだけで矯正されるくらいなら、初めからこんな態度はとらないんじゃないですか? あなた方の仰る『きつく』というのはどの程度ですか?」


 ふたたび押し黙る。沈黙を破ったのは男の子だった。


「ごめんなさい。反省してます。もうしません」

 と泣き出したのだ。

 それがお姉ちゃんの怒りに油を注いだ。


「そういうふうに上辺だけいい子ぶって泣いてれば、大人が誰だって優しくすると思ったら大間違いよ。あんたらが家で、悪いのはこっちだから、なに言われても我慢して、すみません、すみませんって申し訳なさそうな顔して、頭下げて反省してますってアピールすればいいって話し合ってるのはわかってるんだから。文句は帰りの車中で言うんでしょ? そんなの証拠なんてなくてもばればれよ。心の底から反省する人間が、学校に来なくなるまでいじめてやるなんて言わないのよ。自分が子どもであることを武器に涙流したって、馬鹿以外は同情なんてしないのよ。わかる?」

「子どもが泣いてるのに、それはひどいんじゃないですか? わたしたちは頭下げてればいいなんて思ってません」

「さっきの問いには黙ったのに、自分たちの評価が下がる発言に対しては口を開くんですね。上辺だけだと認めたくないから。そして子どもが泣こうが大人が泣こうが、それで治まる問題じゃないでしょう? 泣けば済むなんて子どものころから味をしめたら、ろくな大人にならないと思うんですけど」


 三度みたび、押し黙る。

 僕はお姉ちゃんがキレるんじゃないかと心配になってお父さんを見たら無言で肯いたので、茶の間から玄関に行った。

 お母さんがフォローした。


「まあ、落ち着いて。そんな剣幕じゃ、お互いまともに話もできないわよ。あなた方も、我が子がかわいいのもわかりますけど、もう少し、ねえ? ただ申し訳なさそうな顔で、反省してます。言って聞かせました。もうこんなことはさせません。じゃあ、ねえ? 立場が逆だったら、納得できます? 言って聞かせたなら、もうこんな悪さはしないなって思えます? もう一回ICレコーダー、聞きますか?」


 お母さんも相当怒っているみたいだ。当然だ。今度は母親が泣き出した。


「すみませんでした。本当にもう二度とこんなことはさせませんから」

 父親も頭を下げた。

「すみませんでした」

 それを見た男の子は、両親から目を逸らした。

 涙は枯れていた。


「頭を上げてください」


 お姉ちゃんはひとつため息をついてから、努めて冷静な声色で言った。

 父親と母親が、一瞬顔を見合わせた。

 と、お姉ちゃんが裸足のままで降りていって、男の子の胸ぐらを掴み、右手を振り上げて、握った拳を男の子の左頬に寸止めして、こう言った。


「あんたはいま、ただ怖い思いをしただけで痛くも痒くもない。でも姫はあんたに蹴られて脅されて、すごく傷ついたの。痛い思いをしたの。自分がされて嫌なことはひとにもしたらいけないの。もし今度姫をいじめたら、寸止めなんてしないでぶん殴ってやるから。わかった?」


 お姉ちゃんは諭すように優しく言った。

 でも目つきは鋭かったのだろう、男の子は震えて肯いた。


「うちの子もお宅の息子さんを殴ったと聞きました。理由がどうであれ暴力はいけないことですから、謝ります。申し訳ありませんでした」


 向こうの両親に向き直ったお姉ちゃんがそう謝罪した。

 悪いのはこちらですから、とかなんとかのやり取りがあって、

「長居するとご迷惑になってしまいますので」

 と何度も謝罪の言葉を言って頭を下げながら、向こうの両親と男の子は帰っていった。

ここでみなさんに、行間を読んでいただきたいのです。

姫たんをいじめた子どもとその親が、

帰る道すがら、家に着いてから、お姉ちゃんに説教されているとき、

なにを思い、どんな会話をしたと推測するのが正解でしょうか?

作者としてのその答えを、行間に込めたつもりです。


では、また。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ