第四話 僕の姪っ子、姫たん その一~照れるだわよ~
この「小日向さんち」のなかでは、一番年下の姫たんが
一番災難に遭うことになるかもしれません。
災難というのは大袈裟かも、ですが、まあ、
持ち前の正義感が仇になるとかならないとか。
どんな展開になると思いますか? と訊いて
ズバリ当てられたらショックなので、
あまり考察はしないでくださいね。
では、どうぞ。
第四話 僕の姪っ子、姫たん
姫たんは大人だ。
「ねえ、姫。ママ、あんまんが食べたいんだけど、いまお仕事してて手が離せないから、コンビニにまで買いに行ってくれる? ひとりでお買い物できたら、あとでおもちゃ買ってあげようかな」
「おもちゃなんて餌で釣られなくても、姫たんお使いするだわよ。あんまんはつぶあんとこしあんとあるけど、どっちがいいだわよ?」
このとき姫たん、三歳と七か月。
お祖父ちゃんがテレビで落語を聴いていると、
「落語はやっぱり枝雀だわよ」
と言った。
あんぐりしている僕たちを見て、逆に姫たんが驚いた。
「枝雀を知らないだわよ?」
このとき姫たん、三歳と八か月。
まだある。
政治家が賄賂を受け取るという不祥事が明るみになったとき、
「これは氷山の一角だわよ。塊のほうがばれるのを恐れて、このひとが犠牲になっただわよ。このひとは警察に捕まって前科者になるかわりにきっと裏で億の金をもらうだわよ。ああ、なんて嫌な世の中だわよ」
と頭を抱えたのだ。
このとき姫たん、三歳と十か月。
初めてさきイカを食べたとき、
「これはビールに合うだわよ」
と言った。
誰かの真似なのか、どこかで聞いたのかはわからない。
このとき姫たん、二歳と十一か月。
三歳になるほんの少し前だ。
末恐ろしい。
また、姫たんはしっかり者だ。
お父さん、お母さん、お姉ちゃんと僕、そして姫たんでデパートに買い物に行った帰りにおもちゃ売り場に寄ったとき、姫たんの目が輝いた。
「この子とこの子、かわいいだわよ。姫たんに買って、買ってって言ってるだわよ。姫たんに抱っこされたがってるだわよ。かわいいだわよ」
熊のぬいぐるみと犬のぬいぐるみを見て釘付けになった姫たんに、お父さんが
「じゃあふたりとも買っちゃおうか」
と言うと、
「じいじ、それは駄目だわよ。子どものころに欲しいものなんでも買い与えるのは、教育上よくないだわよ。ここはどっちかひとつにしなさいとか、これ買ってあげるかわりに、次に欲しいおもちゃができても我慢するって約束できる? とか言わないといけないんだわよ」
と説教した。
お父さんは面食らって、
「初めて姫たんに説教された。記念に覚えとこう」
と笑った。
姫たんが三歳半くらいのときだ。
そして、姫たんは男前だ。
姫たんが怪我をした、と幼稚園から連絡があって、お母さんが飛んで行ったことがあった。
一度目のときには、わたし、慌てたわよ、と言っていたお母さんもだんだん慌てから怒りに変わってきて、つまり何度か怪我をすることが(させられるような暴力を振るわれることが)あって、その話をあとでお姉ちゃんにするのを僕も一緒に聞いた。
お祖父ちゃんちの食卓で晩ご飯を食べながらお姉ちゃんにするものだから、必然的に、聞こうとしなくてもどの道耳に入ってしまうのだ。
覚えているのは、砂場の話だ。
姫たんが幼稚園の友達と砂場で遊ぼうとしたとき、砂場を独占している男の子たちがいて、正義感の強い姫たんが、砂場で遊びたい女の子を代表して
「独り占めはよくないだわよ。砂場はみんなで遊ぶところだわよ。いっつもあなたたちが遊んでばっかりなんだから、今日はわたしたちに砂場で遊ばせるだわよ」
と言ったら、こう返してきた。
「ひとりじゃないよ。五人だよ」
そして大笑い。
これに怒った姫たんが言った。
「そういうのを屁理屈って言うだわよ。どくだわよ」
「うるさい。あっちいけ」
男の子たちのリーダーが姫たんを突き飛ばして、転倒した姫たんは肘から血を流した。
姫たんと砂場で遊ぼうとしていた女の子のひとりが先生を呼びに走って、血を見た姫たんはすぐに立ち上がった。
「暴力を振るうのはいけないことだわよ。お父さんにこっぴどく叱られるだわよ。泣くがいいだわよ」
流れる血を拭おうともしないで、姫たんが言った。
お父さんに叱られる、というキーワードを聞いたその男の子は、途端にビビり倒して顔を青くして、知らせを聞いた先生が走ってきたことで涙目になっただわよ、と姫たんが教えてくれた。
姫たんの勝ちだ。
小学生になっても男前は変わらなかった。
小学校にあがった姫たんは入学から一か月で、クラスの女の子全員に慕われるようになっていた。
男の子からは、お姉ちゃん譲りの美貌で、遠巻きから熱視線を送られるようになっていた。
休み時間になると別のクラスからも男の子が集まってきたそうだ。
そう、小学一年生でも、好きとか付き合いたいとか、考えたりするのだ。
そんなある日、姫たんのクラスで事件が起こった。
二股だ。
「わたしと付き合ってるの」
「ううん、わたしと付き合ってるのよ」
姫たんに相談をもちかけてきたふたりは、どちらも自分が彼女だと言ってきかない。
「わたしのほうがかわいいもん。わたしのことが好きなのよ」
「どこがかわいいの? わたしには大好きって言ったことあるもん」
「それくらいわたしにだってあるわよ」
意地の張り合いで埒が明かない。
挙句にはふたりともヒステリーを起こして、髪の毛を引っ張り合った。
姫たんは即座に止めて、言った。
「待つだわよ。落ち着くだわよ。つまりふたりに大好きって言ったことがあるのだわね? そういうひとのことを軟派なやつって言うだわよ。ふたりとも、軟派な男は好き? それとも嫌い? 答えなくてもいいだわよ。わかってるだわよ。本当にかっこのいい男だったら、あっちの女にも大好き、こっちの女にも大好きなんて言わないだよ。顔がよくても、優しくしてくれようとも、面白い冗談を言っても、スポーツが得意でも、そんなの上辺のことだわよ。上辺がよくても中身が不細工だったら、そんな男は不細工だわよ。よく考えるだわよ。そんな男を取り合って喧嘩するなんて、損だわよ。どっちが本当の彼女か争うよりも、二股男を振って、ふたりが友達になったほうがよっぽどいいだわよ」
って言ったら、ふたりとも同意して、仲直りしただわよ、と姫たんはお姉ちゃんに話した。
晩ご飯を食べながらの、一日報告でのことだ。
そのとき僕は十八歳で、僕と雪は大学生になったばかりのことだ。
姫たんの大岡裁きに、僕は心のなかで、姫たんって大人だなあと思ったら、お姉ちゃんが
「姫、偉いじゃない。大人になったわね」
と褒めた。
「そんなことないだわよ」
と言いながら、姫たんはまんざらでもない、という顔をした。
だからみんなで
「偉い。大人」
と囃し立てると、姫たんは
「やめるだわよ。やめるだわよ」
そう照れに照れた。
みんなが笑顔になった。
姫たんが笑うとみんなも笑う。
姫たんは僕たち家族みんなに愛されている。
いや、僕たち家族だけじゃない。
それはクラスでの人望にも表れている。
それはもちろん、姫たんが心の真っ直ぐな女の子だからだ。
姫たんは自身が望まなくても、輪の中心になっている。
そういうタイプの人間は、いる。
生まれたときからそういう星を持っているのだ。
加えてお姉ちゃん譲りの美貌だから、もう向かうところ敵なし、だ。
姫たんを書きながら、姫たんに「だわよ」を言わせるのが
良案か、正直、少し筆を止めました。
結果、ゴーサインを出しました。
わたしは良案だと思います。みなさんはどうですか?
では、また。




