第三話 僕のお姉ちゃん その六~捜したけど困る~
わたしは(わたしだけではないのかもしれませんが)
よく言えば節約家、悪く言えばケチです。
118円のお菓子が96円になったときを狙って買います。
22円でも、一度節約してしまうと、なんだか
ものすごく損した気分になってしまうので、118円では買う気がしないのです。
(本文とはなんの関係もありません)
では、どうぞ。
「麟、いたか? こっちはいない。いま兄ちゃんが環奈のとこに電話してる。次に移動するところだ」
「こっちもいない。でももう少し捜してみる。ひとの多さがすごいから、見逃してるのかもしれないから。でも車走らせながら考えたんだけど、高梨さん、泣いてたんでしょ。そんなひとがにぎやかなイベント会場とか、行くかな?」
「どこまでが本当か、わからないからな。それ言い出したら、お台場に行くってのも、本当かどうかって、わからないだろ」
僕は
「たしかに」
と思った。
「でも高梨くんが姫と会うときにこんなことって、いままでなかっただろ? やっぱり非常事態なんだよ。だから俺たちが……ちょっと待って。兄ちゃんがなにか言ってる」
康お兄ちゃんが会話を中断して、お父さんと話しているらしかった。
そして。
「いま、兄ちゃんが環奈と電話して、高梨くんから電話あったって。ごめんってひとこと言って、そのあとなに訊いてもごめんって、それしか言わないで、電話切ったって。これは相当だぞ、麟。兄ちゃんと俺は二手にわかれてそのあと、なんてったっけ? 一番大きな公園」
「うん。わかる」
「わかるだろ。そこで合流することになった。麟と雪ちゃんもそこ捜し終えたら公園で合流だ。じゃあな」
康お兄ちゃんとの会話を雪に伝えて、僕たちがまた姫たんと高梨さん捜しを始めようとすると、お姉ちゃんからの着信があった。
「もしもし、麟」
走りながら話しているようだった。
「お姉ちゃん、いま、康お兄ちゃんから聞いた。こっち捜し終えたら公園に行くから」
お姉ちゃんは「うん」としか言わなかった。
心配をとおりこして狼狽しているのが声色でわかった。
お姉ちゃんには、高梨さんと多くの時間を過ごしているからこそわかる部分というものがあるのだろう。
僕も心に重いものを感じた。
お台場の人気スポットで、僕たちはいるかいないかわからない姫たんと高梨さんを捜して回った。
いや、もう少なくとも僕は姫たんひとりを捜していた。
どこを捜しても見つからなくて、見つからなくて、でも焦っていたのは僕と雪だけではなかった。
公園で姫たんを捜しながら、お父さんと康お兄ちゃん、お姉ちゃんと合流すると、みんなの服にたっぷりと汗が染みこんでいた。
見つからなかったと、顔を見てわかった。
「どこ捜そうか? もうめぼしいところはあらかた回ったよ」
と僕。
「だからやばいんだろ」
と康お兄ちゃん。
「おい、康」
「あ……」
お姉ちゃんがうつむいていた。
それだけでみんな痛いほどにわかった。
「これだけ捜してもいないんだから、やっぱりこれは嘘で、遊園地かどっかで遊んでるんじゃないか? きっとそうだ。な」
康お兄ちゃんが言うと、一番に口を開いたのはお姉ちゃんだった。
「そうね。これだけ捜してもいないんだから、もう打つ手なしね。きっと高梨さんが姫を言いくるめてからかってるのよ。きっと悪ふざけよ。ごめんなさい。わたしが大騒ぎしたせいでみんなに迷惑かけちゃって。帰りましょう。いまから帰れば五時前には着くわ。そしたらなに喰わぬ顔で姫を連れて帰ってくるのよ」
お姉ちゃんが明るく言うと、雪の目から涙がこぼれた。
「どうしたの? 雪ちゃん、泣かないで」
困った顔でお姉ちゃんが言うと、雪がしゃくり上げた。
「だって、環奈さん、が、一番、心配してる、はず、なのに、なのに」
そのあとは言葉にならなかった。
お姉ちゃんが雪の頭を撫でて、今度は本当に明るい顔をした。
「泣かなくても大丈夫。帰りましょう。そんで五時になっても帰ってこなかったら警察に通報すればいいこと。ね」
雪がうん、うんと肯いて、僕たちはそれぞれの車で帰路についた。
帰りの車中で僕が運転していると、僕のスマホが着信して、お父さんからだったので、代わりに雪に出てもらった。
「もしもし、雪です。はい。はい。麟、いまからお義父さんの言うこと、繰り返すね。もしもし、どうぞ」
雪が、お父さんが言ったことを伝えてくれた。
お父さんはこういうことを言った。
さっきお姉ちゃんは笑ってたけど、無理してるって、わかるよな。
一時でも自分の妻になった女性を泣かせるような、そんな男は、お父さんは我慢ならない。
もしも冗談のつもりだったとしても、お父さんは許せない。
許せる範疇を超えた。
だから、もしもやつの顔を見たら、お父さんは殴りかかるかもしれないから、そのときは麟太、止めてくれ。
でも殴れるならまだいいよな。
もしも万が一ってことが現実になったら、なってしまったら、殴ることもできないんだからな。
お姉ちゃんは、好きになった男のことだから、結婚した相手のことだから、俺たちよりわかるんだろう。
だから余計につらいんだ。
心配なんだ。
きっとやりかねないって思ってるんだろう。
あんなに心配して……。
いいか?
麟太、悪いほうの話をしたけど、大丈夫。
そう思おう。
大丈夫。
姫たんは無事だ。
そう思って悪い考えを頭から離そう。
心配ばっかりしてても、事態が好転するわけじゃないからな。
家に帰ったら、お姉ちゃんとみんなと、姫たんの帰りを待とう。
それから、麟太ならわかってるだろうけど、家に着いたら、なにがあってもなくても、普通に優しくするんだぞ。
普通に、だ。
僕は車を運転しながら
「うん。わかったって伝えて」
と雪に言った。
そうして電話を切ってもらった。
普通に優しく。
これは難しく考えると難しい。
なかなかできそうにない。
でも僕たちは家族だ。
いがみ合ってなんかいない。
憎しみ合ってなんかいない。
自分で言うのもなんだけど、目には見えない愛情という絆で結ばれた家族だ。
家に着いたら、いま、お姉ちゃんの心にのしかかっているものが少しでも軽くなるように、よく冷えた麦茶なんかを、すっと出してみよう。
日曜のこの時間だからだろう、道は混んでいた。
家に近づくと、雪は僕に、ぽつりぽつりと話しかけてきた。
お姉ちゃんと姫たんが心配だ。
わたしにできることってなにかな?
そんなことだ。
僕はお父さんも言ったとおり、普通が一番だよ、くらいのことしか言えなかった。
こういうときに頼りにならないなんて、と自分が情けなかった。
お姉ちゃんはもしかしていま……と頭に浮かんで、いたたまれない気持ちになった。
そんなことにならないでほしいと、強く願った。
危機的状況のひとに言葉をかけるのって、本当に難しいですよね。
冗談で紛らわせられないとわからないのは論外だし。
かと言ってなにが正解かも、判断に困るところでもあるし。
でも、なにも言わないのも、それはそれで違うっぽいし。
その空気を気丈に読んだお姉ちゃんは、
やっぱり麟太郎の思っているとおり、かっこいい女性です。ね。
では、また。




