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第三話 僕のお姉ちゃん その五~意味深長な電話で困る~

わたしの、パンにつけたいもの第一位は、

ピーナッツバターです。ピーナッツクリーム? どっちが正解でしょうか?

ともかく、あの甘みはわたしを虜にします。美味しくて大好きです。

(本文とはなんの関係もありません)


では、どうぞ。

「姫、もしパパがお化けとか怪物とかUFOとか宇宙人とか言い出したら大声でなんて言うの?」

「助けてー。変態にいたずらされるー」

「よし。行ってきな」


 お姉ちゃんに見送られて、姫たんは高梨さんの車に乗った。


 高梨さんは三十四歳になった。

 年相応に、たとえば太るとか白髪が生えるとかするのが一般的なのかもしれないけど、高梨さんは大学生のころそのまま、とまではいかないけど若々しかった。


 これでも一時期は太ったんだよ、十キロくらい。

 でも仕事に少し余裕ができてきたから、ジムに行って筋トレ始めたんだよ。

 それで痩せた。

 適度な運動と正しい食生活が健康の一番の薬だから、麟太郎くんも、なんかスポーツ、やったほうがいいよ。


 とアドバイスされたことがある。

 そう言われて改めて高梨さんを観察してみると、たしかに痩せた、と言うよりは、引き締まったと言ったほうがしっくりくる感じがした。

 若々しく見えたのも、肌に「ハリ」があるからだろう。

 僕はすぐに感化されてジムの会員になったのだ。

 金ならあるから。


 車が走り去ると、お姉ちゃんは懐かしむような目をして、それからお祖父ちゃんちに入っていった。


「今日は五時までなにしよっかなあ?」

 とお姉ちゃんが言った。

「これから雪とDVD借りに行くから、お昼食べたら見ようよ。なんか観たいのある?」

「儂ゃ知られざる大王イカの生態っていうドキュメンタリー映画が見たい」

「またマニアックだね」


 どこまで本気なのか、僕の問いにお祖父ちゃんが答えたので、僕は少し笑った。

 結局、僕と雪のセンスに任せるということになって、お祖父ちゃんには悪いけど、知られざる大王イカの生態を借りてくることは絶対になくなった。


 昼前にお祖父ちゃんちに戻って、お母さんの作ったお昼ご飯を食べてから借りてきたDVDを見た。

 ホラー系は絶対に避けなければならず、康お兄ちゃんのコレクションにあるものをわざわざお金と時間を使って借りてくるのは賢くはないので、レンタル・ショップで僕と雪は悩んだ。

 そうして、やっぱりこれにしよう、と知られざる大王イカの生態を選んだわけはなく(でも実際にあった)、好きなお笑い芸人のコントライブをチョイスした。

 これは康お兄ちゃんでもフォローしていないジャンルだし、以前家族でテレビを見ていてみんなで笑った記憶があるから、間違いはないと肯き合った。


 間違いはなかった。

 外出中の姫たんと寝ている康お兄ちゃんを除く六人で大笑いしたのだ。

 見終わって、雪とふたりでDVDを返してきた。

 またお祖父ちゃんちの茶の間へと玄関で靴を脱いでいると、お姉ちゃんのスマホの着信音が聞こえてきた。


「もしもし。……姫、どうしたの? なにそれ? どういうこと? ちょっと待って。待って、姫。姫! ……切れちゃった」

「どうしたの?」


 茶の間に行って僕は訊いた。

 お姉ちゃんの声と発言から、なにか大変なことが起こったのだと察するのは当然だ。

 勘違いであってほしいと願いながら、お姉ちゃんの返事を待った。

 お姉ちゃんは青い顔をしていた。


「姫が、パパが泣いてるだわよ。これからお台場に行くだわよ。うちに帰れないかもしれないだわよって、それだけ言って、電話切っちゃったの。切羽詰まった声だった。絶対に冗談なんかじゃないわ。どうしよう」

「とりあえず高梨くんの携帯電話に電話してみなさい。悪ふざけかもしれないだろ」

 お父さんは冷静だった。

「本当にそんな感じじゃなかったの」

 と言いながらも、お姉ちゃんは素直に高梨さんのスマホに電話した。

「駄目。電源切ってる」


「なに? どうした? みんなでそんな青い顔して」

 起きてきた康お兄ちゃんが訊くので、お母さんが状況を説明した。

「それ、一大事じゃないですか。お台場って言ったんだな。すぐ行こう」

 寝ぐせもそのままに、康お兄ちゃんは車のキーを取った。

「待て、康。お台場って言ったって広いんだ。とにかく着替えてこい」

「しーんぱーいないさー」

 お祖父ちゃんの渾身のボケは、みんなスルーした。

 お祖父ちゃんは、やりきった、と言いたげな満足顔で自分の部屋に帰っていった。


 康お兄ちゃんが着替えたり髭を剃ったりしている間に、僕たちはお台場のひとが集まるスポットを調べた。

「大体この辺ね」

 公園に水族館にショッピングモールに催しごと。高梨さんが姫たんを連れていきそうなとこを絞り込んだ。


「お父さんと康お兄ちゃんはショッピングモールの子供服売り場とか、おもちゃ売り場とか、回って。麟と雪ちゃんはテレビ局のイベント。わたしは公園に水族館、行ってみる。お母さんはなにかあったときのためにお祖父ちゃんちに待機」

 お姉ちゃんがてきぱきと指示を出して、僕たちは車を走らせた。

「お姉ちゃん、青い顔、してたな」

「うん。よっぽどだよね」


 車中、僕と雪は話した。

 普通に考えればお父さんの言うとおり悪ふざけだろうけど、そんなのを見抜けないお姉ちゃんではない。

 高梨さんが泣いていて、姫たんがうちに帰れないという状況は、なにか鬼気迫るものがある。

 それが本当ならばと疑う気持ちは持たなかった。

 最悪、無理心中なんてことだって考えられる。

 世の中には少数派ではあるけれど、なんのきっかけで死を選ぶかわからないひとっていうのが、いる。 

 明るかったあのひとがまさかってパターンだ。

 高梨さんはそうではないと僕には言い切れない。


 お台場まで三台、列になって走った車が、別れ別れになってそれぞれの目的地に向かった。

「いてもいなくても、逐一連絡すること」

 お姉ちゃんはそうも指示した。


 僕と雪は、テレビ局でやっている夏のイベント会場で、姫たんを捜した。

 最高気温が三十五度を超える夏の盛りのなかだ。

 カップル、親子、友達連れ、スタッフの間を縫うように走っても見つけられずにいると、スマホが着信した。

 康お兄ちゃんだ。


知られざる大王イカの生態、実際にあったと書きましたが、

本当にあるかどうかはわかりません。話中のフィクションです。

でも、もしも本当にあったのを発見したら思わずクスっとしてしまいそうですね。

緊迫してきたラストのあとに、これはふさわしくないでしょうか?


では、また。

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