第三話 僕のお姉ちゃん その四~せざるを得なくて困る~
怪談話をすると霊が怒る、なんて言いますが、
高梨さんをオカルト映画マニアにしたせいか、体調を崩しました。
謝るのでご容赦ください。塩とか、体にかけたほうが効くでしょうか?
やっぱり霊的なものは怖いです。
では、どうぞ。
ある日、お姉ちゃんが姫たんを連れて大荷物と一緒に帰ってきた。
お姉ちゃんが帰ってくるのはよくあることだけど、今度は違った。
まず表情が違った。
なにかを固く決意したような表情だった。
僕には笑いかけてくれたけど、その顔から笑みはすぐに消えて、大荷物を玄関に置いたまま運びもせずに、リビングに行った。
「お父さん、お母さん、わたし、離婚する」
これこそ晴天の霹靂だ。
「また急ね」
「お母さんには急でも、わたしはずっと考えてたの」
「いつから?」
「姫を産んで三か月目にはもう考えてた。向こうの家にはもう言ってある」
「高梨くんはなんて?」
「さんざんごねた。最初冗談で言ってると思ったみたいだけど、わたしの目を見てから、嫌だよ、子どもができてこれから家族三人で幸せになるんじゃん、姫はどうするの? だって。だから、オタクやめて真っ当なお金の使い方してって何回言っても聞く耳持たなかったのは誰よって言ったの」
「そしたら?」
「黙った。もちろん、離婚の原因はそれだけじゃないのよ。積み重ねがあるの。積み重ねありきで離婚を決断したの。姫のことを思ったら、離婚はしないほうがいいって、それはわかるわよ。わかるけど、もう我慢の限界」
「お父さん、どう思う?」
ため息をついて、お母さんが訊いた。
ずっと黙って話を聞いていたお父さんが、口を開いた。
「……環奈が一番いいと思う道を選んだらいいんじゃないかな。ただ、姫たんを養うために働きながら育児するのは、きっと環奈が思っているよりずっと大変だぞ。俺たちも手伝えることは手伝うけど。大学だって、どうするんだ?」
「大学はやめない。ちゃんと卒業する。でも姫の面倒を看るのは、みんなに手伝ってもらうことになると思う。ごめんなさい」
とお姉ちゃんは頭を下げた。
「働くのはいまは無理。でも就活して就職して、駄目ならバイトでもなんでもやって、姫に不自由はさせないつもり」
「僕も手伝えることは手伝うよ。まあ、最悪うちは金持ちだから、お姉ちゃんが働かなくても、姫たんは養えると思うけどね」
「そうね」
とお母さんが笑った。
「麟太、うちが金持ちなのは、ぐうたらするためじゃないぞ」
「わかってる。ごめんなさい」
お父さんに注意されて、僕は謝った。
それから何日かして、お父さんとお母さんはお姉ちゃんと一緒に、高梨さんの実家に行って、話をした。
正式に離婚したのは、お姉ちゃんが二十四歳になったときだった。
大学を卒業したのもその年だ。
お姉ちゃんは離婚に向けての話し合いの最後の日に、姫たんをオタクにしたかったと言った高梨さんを殴らなかったらしい。
殴る気力も失せたのか、なんなのか……。
お姉ちゃんがうちに帰ってきてからの約二年間、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもまだ元気だったから、僕が姫たんにしたことは遊び相手になることくらいだった。
かくれんぼとか、追いかけっこだ。
おむつ替えはお母さんがしたし、絵本の読み聞かせはお祖父ちゃんかお祖母ちゃんがした。
姫たんは、理由はわからないが、あるいは理由などないのかもしれないが、お祖母ちゃん子だったから、お祖父ちゃんはちょっとだけ寂しそうな顔をすることもあった。
本当にちょっとだけだけど。
大学を卒業する前から、お姉ちゃんは仕事を始めた。
渡りに船というのか、お姉ちゃんが就職活動で苦戦しているときに、お姉ちゃんの大学の元同級生の、大学を先に卒業して働いていた友達に、会社を立ち上げるから手伝ってほしいと頼まれたのだ。
会社が軌道に乗るまでは給料はそんなには出せないけど、日曜休みで残業なしの五時帰宅という、お姉ちゃんにとっては願ったり叶ったりの条件で、お姉ちゃんはふたつ返事で引き受けた。
いまもその会社で働いている。
離婚してからも、高梨さんは三か月に一回のペースで姫たんに会いに来た。
来るたびに姫たんの写真を撮って帰った。
姫たんが四歳になる少し前くらいから、動物園とか遊園地に連れて行くようになった。
オカルト映画のオタクにしようとしたのかしなかったのかはわからなかったけど、姫たんはオカルト映画オタク色には染まらなかったから、お姉ちゃんは、
「遺伝しなくてよかった」
と胸を撫で下ろした。
もっとも、お姉ちゃんが
「姫をオタクにしたら、わかるわね」
としっかり釘を刺していたおかげでもあるだろう。
それを面白がってか、高梨さんが姫たんをうちまで送り届けた帰りに、
「今度はアダムスキー型UFOの話をしようね」
などと言ってお姉ちゃんに殴られたことも多々あったのだけど。
「お姉ちゃんが、僕が公園でいじめられてたときに飛んできていじめっ子を殴ったこと、思い出した」と言うと、
「わたしだっていつでもどこでも手ぇあげてるわけじゃないわよ。高梨さんはちょっと違うのよね。なんか、好きだから、逆に我慢できなくなっちゃうの。わかる?」
とお姉ちゃんは質問してきた。
僕にはよくわからなかったから、そう正直に言うと、
「麟、雪ちゃんを大切にしなさい。女は怒らせると怖いわよ」
そう笑った。
雪も怒ったら殴るのだろうか?
僕にはわからない世界の話だけど、それまでのところ僕と雪が殴り合ったり罵り合ったりしたことはないので、神妙な顔をして、うん、わかった、とだけ答えた。
そんな昔の話を思い出した。そして明日、また高梨さんが姫たんに会いに来る。
離婚は軽く扱っていい問題ではないという方もいらっしゃるでしょうが、
判断を誤ること、我慢しきれないこと、というものはあると思います。
結婚した時に離婚も選択肢のひとつとして生まれているのです。
お姉ちゃんは離婚を選びました。その善悪を云々するのではなく、
結果として受け止めて、「その後」。「その後」の話をしようと思ったのです。
間違っていたなら謝ります。みなさんの声を聞かせてください。
では、また。




