第三話 僕のお姉ちゃん その三~旦那の趣味に困る~
こないだ知ったんですけど、わたしの三点リーダ、
マス目の下の部分になってますよね。わたしは最初からそうだったので
そういうものなのだと思っていたのですが、
ちゃんとマス目の真ん中になってる方もいらっしゃるじゃないですか!
それ、どうしたらそうなるのでしょうか?
いや、別に今のままでもOKなのですが、やり方を知らないのが、なんか気持ち悪いというか。
ですので、教えていただけたら嬉しいです。
趣味はひとそれぞれ。高梨さんの趣味は? 今話はそんな話です。
では、どうぞ。
お姉ちゃんは大学に通い、高梨さんには仕事があって、そんなに頻繁には家に帰ってはいなかった(ご飯は高梨さんの両親がお姉ちゃんのマンションに来るか、どこかのレストランで外食するかで、結婚してから高梨家に帰ったのはそのときが二度目だったそうだ)。
お姉ちゃんは義父や義母と打ち解けようと努めていたし、向こうの両親も心の優しいひとで、お姉ちゃんになにかと気を配ってくれたそうだ。
そんなとき、高梨さんが席を立ってもう二十分が過ぎたころに。
「あいつ、どこ行ったんだ? トイレにしちゃ長いし」
「あの部屋じゃないかしら? 環奈さん、たぶん階段上がって二階の奥の部屋にいると思うから、ちょっと見て来てもらえる?」
お姉ちゃんは引き受けて、階段を上がって奥の部屋に行った。
ノックして声をかけると返事があったので、そっとドアノブを回して中に入った。
人形、仮面、フィギュア、マスク、血(偽物)のついた斧やナイフ、エトセトラ、エトセトラ。
その部屋はホラー映画のグッズで埋め尽くされていた。
そう、高梨さんはホラー映画メインのオカルト映画マニアだったのだ。
頭蓋骨のフェイクを布で拭きながら、高梨さんは言った。
「俺、こういうひとなんだよねえ」
「なんで黙ってたあ!」
笑う高梨さんを、お姉ちゃんは殴った。
曲がったことが大嫌いなのだ。
ホラー映画マニアが曲がっていると言っているわけではない。
高梨さんがお姉ちゃんの家庭教師として出会ってから四年以上、お姉ちゃんがゴキブリと稲川淳三郎の怪談話系が大の苦手だということを知っておきながら、そのときまで黙っていたことが、曲がっていると言っているのだ。
「わたしが中学生のとき、友達何人かと肝試しとか言って病院の廃屋に行って、幽霊見て以来、こういうの絶対駄目になったって知ってるわよね」
「知ってる。だから話したら結婚できないと思って隠してた。悪いとは思ってるよ。思ってるけど結婚したかったんだもん」
「だもんじゃねえ!」
また殴った。のちにお姉ちゃんは回顧する。
「あれきっかけで殴るようになったのよねえ」
高梨さんの両親には怒鳴ったことも殴ったこともばれてはいなくて、その日は晩ご飯をごちそうになって帰ったそうだ。
高梨さんはホラー好きをカミング・アウトしてから、お姉ちゃんでも大丈夫なUFOや宇宙人の話を熱く語るようになった。
オカルト映画方面の話をすると殴られると学習したからだ。
「だからそれからはオタクが顔を出したら殴るようにしたの」
そうなるとやめてもよさそうなものだが、懲りない高梨さんは、開き直ったのか捨て鉢になったのかなんなのか、ふたたび稲川淳三郎ばりの怪談話なんかをするようになったそうだ。
殴りすぎたのか、効果は薄くなり、ほとぼりが冷めるころ、頭のたんこぶがへこんだころに、またするのだそうだ、怪談話を。
脱力してしまう笑いだった。
お姉ちゃんには大学があって、金持ちだからバイトはしてはいなかったけど、やっぱりなにかと忙しくてついつい忘れていた、高梨さんにボーナスが出る時期を過ぎていたことを思い出して訊いてみた。
すると、
「あれ、使っちゃった」
高梨さんは屈託のない顔をした。
まさかと思ってお姉ちゃんが確認した。
「なに買ったの?」
「言えない。怒られるから」
「やっぱりかい!」
お姉ちゃんは一旦うなだれてから、殴った。
「そういうお金の使い方するひとってどう思う?」
帰ってきたとき、僕に訊いてきた。
十歳の僕が
「悪いひと」
と答えると、お姉ちゃんは僕の頭をポンポンとした。
それからも高梨さんは、お姉ちゃんに内緒で買ってから報告するという手法で、オカルト映画グッズを買った。
「給料はあんたが働いて稼いだものだけど、あんたひとりのお金じゃないの。両親からもらったお金は生活費であって、こんなもの買うためのものじゃない」
何度そう言っても高梨さんはやめなくて、新しいものを買っては実家のコレクション部屋にしまいこんだ。
それさえなければ、高梨さんは完璧なひとだった。だからお姉ちゃんは、不平があっても結婚生活を続けたのだ。
そして二年目。お姉ちゃんはのちに姫たんとなる赤ちゃんを妊娠した。
高梨さんも高梨さんの両親も、もちろんお父さんとお母さんも喜んだ。
でも、これで少しは高梨さんの浪費癖が治まってくれれば、というお姉ちゃんの淡い期待は露に消えることとなる。
妊娠記念に買いたいものがある。
そう言う旦那を妊婦が殴る。
臨月記念に買いたいものがある。
そう言う旦那を妊婦が殴る。
でも高梨さんのコレクションは増え続け、そのころにはその一部をマンションにも並べるようになっていた。
出産のとき、高梨さんは仕事で、どうしても立ち会うことはできなかった。
病院に駆けつけられたのは夜の八時を過ぎてからだった。
「女の子か。将来は映画俳優だ」
高梨さんの第一声に、お姉ちゃん以外は
「まあ、早くも親馬鹿だね」
と思っただろう。
僕も思った。
そのときは高梨さんの側面を知らなかったから。
その、一見親馬鹿な発言の裏に潜む真意はなにか?
高梨さんの言う映画とは、オカルト映画のことだったのだ。
オカルト映画に明るくないひとでも見たことがあるだろう。
霊に憑りつかれた少女のあのシーンを。
あれだ。
あれを言っているのだ。
お姉ちゃんは気付いていたが、さすがに殴るほどの体力は残ってはいなかった。
そのときには、高梨さんの両親とうちの家族が集まって窓越しに赤ちゃんを見たり、なにか話をしていたのだけど、十二歳だった僕には出産というイベントがどれほどのものか本当のところはよくわからなかった。
でも、ただ大人たちの顔を見たり、疲れながらも微笑んでいるお姉ちゃんの顔を見たり、赤ちゃんを見たりして、なんかすごいと興奮していた。
お姉ちゃんはたくましくも、大学に通いながら赤ちゃんの姫たんを育てた。
ホラー映画の小道具の仮面を使っていないいないばあをする高梨さんを殴ったりしながら。
必然、高梨さんの両親とうちのお父さん、お母さんが育児を手伝うことになって、うちに姫たんが来たときには、今度は僕がミルクをあげる番になった。
ちょっとお兄ちゃんになった気がした。
叔父さんだけど。
高梨さんは、お姉ちゃんや姫たんとうちに遊びに来たときに、いつも話をしてくれた。
たとえばこんなのだ。
「心霊スポットってあるでしょ。ああいうところにふざけ半分で行くと霊が怒ってたたられちゃうことがあるから、気を付けるんだよって姫たんに教えてたら、お姉ちゃん、本気で殴るんだよ」
とか、
「お姉ちゃんが姫たんを寝かしつけてるときに、蝋燭立ててお香を焚いて趣味の音楽を聴いてたら、お姉ちゃんが飛んできて、すんごい怖い顔で、あんたってひとはって、耳をぐーって引っ張るんだよ」
「音楽ってどんな音楽?」
「般若心経」
とか。
ほかにも、目の脇に痣ができていたから、どうしたのって訊いたら、
「お姉ちゃんが僕の趣味を理解してくれないから、少しでも好きになってもらおうと思って心霊写真をプレゼントしたら、おもっきり殴られた」
という具合だ。
どれも面白くはあるのだけど、まだ歩くこともできない姫たんにそんなことを教えようとしたら、オカルト嫌いのお姉ちゃんに心霊写真なんてプレゼントなんてしたら、そりゃあ殴られるよ、と僕は思った。
高梨さんが僕にする笑い話は、大抵はお姉ちゃんに怒られる、殴られる、というオチだとあとになって気付いた。
お姉ちゃんと高梨さんはそうやってスキンシップをとっているのだろうか?
いまになって、僕にも彼女ができて、考え直してみても、やっぱりよくわからない。
ひとそれぞれということなのか?
それなら別れるという結論にはならないはずなんだけどなあ……。
わたしはビビりなので、ホラー映画とかは小さいときから苦手でした。
いま、大人になって、だいぶ怖がることはなくなりましたが、
積極的に見たいかと問われれば、ノーです。
でも、好きなものをコレクションしたいという気持ちは
わかる気がします。高梨さんはコレクターですが、
わたしにお金さえあれば、わたしも同類だと思うのです。
みなさんはコレクションしてるものってありますか?
では、また。




