第二話 僕の叔父さん、康お兄ちゃん その六~変身してドキドキ~
小日向さんちに興味を持ってくださってありがとうございます。
「はじめに」から読んでくださっている方にも、心から感謝しています。
ありがとうございます。
これからも続けて読んでいただけるように頑張ります。
もう一回言わせてください。
ありがとうございます。
では、どうぞ。
僕も道順をはっきりと覚えているわけではなかったのだけど、記憶を総動員してコンビニに向かった。
なんてことはない。
コンビニに着く前にお母さんたちと合流できた。
あら麟太、どうしたの?
なんて、お母さんは暢気なものだ。
子どもが最後のひとりになって、と僕は歩きながら説明した。
保育園の通りに戻るため角を曲がると、お父さんとお姉ちゃんと雪と、お祖父ちゃんまでものすごい勢いで走ってきた。
何事か?
「麟、隠れて」
お姉ちゃんが言った。
保育園に目をやると、灯りが消えていて、ひとがふたり、出てきた。
康お兄ちゃんと、園長先生だろう。
「さっき最後に残った子のお母さんが迎えに来たのよ。それで園を閉めたみたい。で、こういうわけ」
園長先生と挨拶を交わしてから、こっちに背中を向けて歩き出した康お兄ちゃんのあとを、僕たちは追った。
プラプラとした歩きなんだけど、すいすいと角を曲がるので、距離を取っていると見失いそうになってしまう。
だから、仕方なく距離を詰めた。
お姉ちゃんがブロック塀から顔を出して確認すると、康お兄ちゃんが道を引き返そうとするまさにそのときだった。
お姉ちゃんはびくりと首を引っ込めて、
「こっち来る。戻って」
と走りだした。
僕たちはひとつ前の角まで急いで戻った。
康お兄ちゃんはさっき僕たちがいた角まで来ると、右折して、僕たちから見たら奥のほうの道へと歩き出した。
その道は丁字路になっていて、左右をきょろきょろと見たあと右へと歩き出し、お姉ちゃんがひとり、ばれないように注意して見に行くと、走って戻ってきて、戻ってきた康お兄ちゃんが左へと歩いて行った。
「なにしてるんだろう?」
僕は首をひねった。
「尾行されていることに気付いたのかな?」
雪が言った。
「それにしては、誰かを探すとか、様子を窺うとかしているようには見えなくない?」
とお姉ちゃんが言った。
やや間があってから、お母さんが言った。
「道に迷ってるんじゃないの?」
「ボランティアでしょっちゅうこの辺来てるんだから、慣れているはずでしょ。五十超えて道に迷ったりはしないだろう」
お父さんが一笑に付した。
僕も心のなかで同意した。
したのだけど……。
康お兄ちゃんは、しかし、そのあとも何度も言ったり来たりを繰り替えした。
そのたびに僕たちスパイ御一行は慌てて道を駆け戻って、
今度こそ見つかったんじゃないか?
今度こそばれたんじゃないか?
と肝を冷した。
結論。
康お兄ちゃんは迷子になっていた。
迷子になってはいたものの、目的地には(少しずつではあるが)着実に近づいていて、数分後、ようやくたどり着いた。
そこはさして綺麗とは言えないアパートだった。
その一階の一室に、リュックサックから鍵を取り出して、康お兄ちゃんは入っていった。
すぐに玄関横の小窓から灯りが漏れてきたのだけど、なかでなにをしているのかまでは、もちろんわかなかった。
小さなアパートだから、ワンルームというのか、1Kというのか、それくらいの広さの部屋だと思われた。
なかを窺うにはぐるっと回り込まなくてはならなくて、もし回り込んだとしてもカーテンが引かれていたら意味がないわけだし、うかつな真似をするとこちらの姿を見られてしまう。
その危険性が十分にあるのだから、僕たちは待つことにした。
部屋から灯りが漏れたのは、康お兄ちゃんが入室してからだ。
ということは、康お兄ちゃんが入るまで灯りを点けてはいなかったということだ。
六月とはいえもう七時を回ろうとしているのに、だ。
つまり、康お兄ちゃんが入るまで、その部屋には誰もいなかったという意味になる。
うちは金持ちだが、康お兄ちゃんがアパートを借りてるなんて話は聞いたことがないし、そんなお金の使い方は、まずしない。
みんなに内緒でアパートを借りるはずもない。
理由や必要性がないからだ。
もしも借りるなら、ちゃんと相談してから、一言断りを入れてから借りる。
それが我が家だ。
だから姫たんが
「怪しいだわよ。危険な香りがするだわよ」
と言い出すのも無理はないんだ。
「康のやつ、みんなに内緒で借りてんのかなあ?」
お父さんは腕を組んだ。
「それはないんじゃない?」
お母さんが答える。
「でも否定はしきれないだろ?」
「それはそうだけど」
「もしいけない葉っぱとか栽培してたら、どうする?」
お姉ちゃんの発した言葉に、みんな唾を飲んだ。
お祖父ちゃんだけはわかっていないようだった。
「馬鹿言うな」
お父さんには珍しく、強めの言い方だった。
「ごめん、言い過ぎた。でもお父さんが、内緒で借りてるなんて言うから」
「え、俺のせい?」
そのとき、雪が合掌するようにパンと手を合わせて
「さっきの喫茶店の女のひとから受け取ったなにかって、このアパートの鍵だったんじゃないですか? もしかしてですけど」
と気が付いた。
みんなが
「おおー」
と感心した。
お祖父ちゃんはひとりだけ遅れて
「おおー」
と声を上げたけど、たぶんなにもわかっちゃいないと思う。
「じゃあやっぱり付き合ってたのかな?」
僕は興奮した。
「そうかもしれないよ。でももし付き合ってたんなら、なんであのとき別れたのかなあ。一緒にアパートに来るのが自然じゃない?」
雪の言い分はもっともだ。
「愛の巣説は消えたわね。じゃあ、このアパートにはいったいどんな秘密があるのか」
お姉ちゃんの問いに、みんなが考えた。
お祖父ちゃんは考えているふりをした。
お母さんが一番に回答した。
「さっきの女のひとじゃなくても、やっぱり誰かお付き合いしてるひとの家なんじゃないかしら? これから帰ってくるのかもしれないじゃない」
「愛の巣説再浮上」
とお姉ちゃん。
「もし誰か女のひとが入っていったら、スパイごっこは終わりな」
お父さんは真面目だ。
「謎を解き明かしたいだわよ」
「そうじゃ、そうじゃ」
姫たんの意見に、お祖父ちゃんが乗っかった。
「女性と会うためにこのアパートに来たんじゃないなら、スパイごっこを続けてもいいけど、これから康お兄ちゃんが女性と会ってお話したりするんだったら、それはいけないことでしょ? 盗み聞きはいけないことでしょ?」
「姫たん反省するだわよ」
お父さんの姫たんにもわかるようなお説教で、姫たんは謝った。
「いけない葉っぱは冗談としても、こんな時間に、誰もいないアパートに入っていって、
いったいなにやってるのかしら?」
私やっぱり様子見てこようかしら、とお姉ちゃんが言うので、協議した結果、ゴーサインが出た。
お姉ちゃんはぐるっと回って、玄関側から部屋側のほうへと行った。
待っている間、僕はお祖父ちゃんを心配した。
お祖父ちゃんはもう八十八歳だ。
米寿だ。
こんなに歩いたり走ったりしたら、膝や腰が痛くなるんじゃないだろうか。
「お祖父ちゃん、大丈夫? こんなに歩いて、膝とか痛くなったりしないの?」
「ああ、大丈夫じゃ。儂ゃ若いころは半魚人って言われるくらい水泳が得意でな。体は人一倍丈夫なんじゃ。麟太郎は優しいのお」
半魚人が誉め言葉なのかどうかは置いておいて、大丈夫ならよかった。
みんなでお姉ちゃんが帰ってくるのを待った。
五分としないうちに帰ってきたお姉ちゃんは、テレビで青汁とかせんぶり茶とかを飲まされたひとのような顔をしていた。
一目見て失敗だとわかった。
「見つかったの?」
「ううん、でも、なんか怖い。なんか怖い」
僕の問いにお姉ちゃんは答えた。
「なにが?」
と僕は訊いた。
「カーテンが引いてあって、なかは見えなかった。だからこっちも見られなかった。でもね、カーテンに影が映って、なんかとんがってた」
「とんがってた?」
僕の驚きの声は、そのままみんなの驚きを代表していた。
お姉ちゃんが持ってきた新たな謎に、みんな首をひねった。
「なんか、声とか聞こえなかった? なかには康くんひとりだけだったか、確認はできなかった?」
「なにも聞こえなかった。康お兄ちゃん以外のひとの気配はしなかったわ。少なくともわからなかった。影はひとつだけだったし、ほかの窓からはテレビの声とか聞こえてきたけど、あの部屋からは話し声もなにもしなかった。だからやっぱりひとりだと思う」
「とんがってたっていうのは、なんだわよ?」
姫たんが訊いた。
「わかんない。影がとんがってたの」
お姉ちゃんは不思議そうな困惑したような表情をしていた。
わからなかったけど、見たまんまのことをありのままに伝えました、そういう顔だった。
そういう話をしていると、小窓から漏れていた灯りが消えた。
「出てくる」
お姉ちゃんが言って、近くに七人が隠れられるちょうどいい場所がなかったので、僕たちは一番近い曲がり角まで走った。
灯りが消えてから十秒、二十秒と時間が経って、やっとアパートのドアが開いたとき、僕たちは呆気にとられた。
アパートから出て来たのは、幼児みんなに愛されている、僕もドはまりしたあのアニメの、ドキドキさせるあの子だった。
著作権とかにひっかかりはしないか、康お兄ちゃんとは違う意味でドキドキです。
大丈夫だとは思うのですけど、もし駄目だったら教えてください。
直し方がわかる場合は直します。
次回にはもっと冷や汗ものの展開が待っているので、
わたしの心が折れないようにまたお読みいただけたら嬉しいです。
では、また。




